例えば
それがどうしても欲しいものだったとして

でも
それがどうしても手に入れられないものだったら


諦める？

それとも・・・

暗いフロアに蒼いライト。音楽に混じる笑い声。
週末のせいか、やけに人が多い。
フロアの隅では、人目を避けたカップルが身体を寄せ合ってる。


黒のレースがふんだんに使われたワンピに、ニーソックス。
くるくると巻いた髪が肩の下で揺れる。
どっからみても女の子のなりの聖を連れて、俺はフロアを見回す。

「すごいヒトですね・・・・」
「…まぁな…この界隈じゃ、この店は一番人気だからな・・」
聖は俺の背中を掴んだまま、キョロキョロと店を見渡す。

「良く来るんですか？」
「あ？」
「この店」
「ああ、前はよく来てたけど最近来てねぇな…こんな混んでちゃ、楽しめないだろ？」
「…まぁ…確かに・・・」

こんなに人気が出る前は結構来てたけど、この頃はあんまり足を運んでなかった。
人が増えると雰囲気も変わるし、飲んでても落ち着かない。
とりあえずはどっかに座ろうと、空いてるボックスを探す。
都合よくカウンターに近いボックス席が空いていたので、俺は聖を連れてそこへ向かった。
はぐれないように、その手を掴んで引っ張っていく。もしかしたら怒るかもしれないと思ったけど、案外大人しくついて来た。


「どうぞ」
今日はいちおう『彼女』扱いだから、大切に扱わないと。そう思って、俺はいつも店でお客にするみたいに聖を先に座らせた。
ふわりと、スカートがソファに広がる。
そんな感覚が落ち着かないのか、聖はスカートのレースを引っ張りながら座りなおしたりしている。
俺はそんな聖の隣に座って、そのまま腰を抱き寄せた。

「…ちょ・・・センパ…イっ…何すんですか…っ」
案の定、そのアクションにはクレームがついたけどこれも仕事。俺は聖の耳に口を寄せ、小声で言う。
「シッ…こうしないと話が回りに聞こえる」
肩から落ちるくるくると巻いた髪を指で弄びながら、聖にカウンターを見るように言った。
「あそこ、バーテンの向かいに座ってる女がいるだろ」
「―― んー…」
「赤いミニスカの」
「…ああ、すっごい美人ですね・・・」
「あれが売人のオンナらしい。」
「…オンナ？本人じゃなくて？」
「あの女は繋ぎ役で、商談が成立したらオンナが誘われる振りしてホテルに連れてく。そこで売人が待ってるって仕組みらしい」
「じゃあここでやり取りするわけじゃないんですか？」
「―― たぶんな。桐羽センパイの話じゃそうらしい」
長いまつげを上下させながらカウンターをじっと観察している聖を眺めて、俺はふーっと息をつく。

これだけそばで見ててもやっぱり可愛い。
―― これは……拷問に近いかも・・・・
正直仕事じゃなけりゃ、このまま飲ませてお持ち帰りしたいくらいだ。


一息ついて、俺は今日の任務の話の続きを始めた。
「今日はオンナがホテルに連れてくとこまで追って、ホテルで売人を確認したら終了。の予定だから」
「―― へ・・・？」
「行くのはどのラブホか解んねぇけど、ま、このカッコだから、入るのは全然問題ねぇしな」
スカートのすそをヒラヒラさせてやると、聖はきゅーっと目を大きくした。
俺としては問題ないどころか、行かずにはいられない気分だけどそれは言わずにおく。
「入るんですか？！」
「バーカ。入らなきゃ相手が解んねぇだろーが」
「そりゃ…そうですけど・・・」

俺の言葉に聖はうつむいて考え込む。
なんだ。女装でラブホに行くのはやっぱりイヤなのか？
そう思いながら、聖を眺めていたら・・・

「―― 僕…そういうところに行ったコトないんですけど・・・・」
ぼそりという聖を見て、俺はへっ？と聞き返してしまった。
「―― そーなのか？」
「・・・・・はい・・・・」


行った事ない事が気が引けるのか、聖はちょっと戸惑いがちに目を伏せる。
そんなのを見てたら、ついからかいたくなって冗談半分に言ってみた。
「―― じゃあ俺が初ラブホの相手？」
「…そういう言い方はやめてくれます？仕事でしょ？」
「まーね。そうなんだけど」

くだらないコトをなんだかんだと話しているうちに、頼んだドリンクが来た。
仕事とはいえ、まったく飲まないのもおかしい。という訳で、少しだけならと桐羽センパイに許可をもらってきた。

「わぁ！綺麗ですね！」
運ばれてきたカクテルを見て、聖は目をキラキラさせた。こういうのを見たことがないのか、めずらしそうに眺めている。
グラスをちょっと揺らしたりして、俺のほうを見てニコニコ笑う。

―― もー…ヤバいから・・・・そんな顔で笑うなよっ・・・・
その笑い顔が可愛くて、俺は反応に困ってしまう。
「まーな…こういう店じゃ、そんなの多いぜ」
「ふぅん」
「そうやって出された方が女の子は喜ぶだろ？だから男はまたこの店に来るって訳」
「―― ああ。なるほど」
俺の説明に納得したのか、聖はうんうんと大きくうなずいてみせた。ホントに解りやすい奴。

ずいぶんとお気に召したようなので、その勢いで、ちょっと誘ってみたりして・・・
「また連れて来てやろうか？」
きゅっと腰を引き寄せて、俺は聖の髪を撫でる。仕事中なのに、それをすっかり忘れそうな自分が怖い。
聖はそんな俺の誘いに、ベーっと舌を出して見せた。
「結構です。お断りします」
「ツレナイなぁ。んなコト言うなよ」
「もー…酔っ払ってるんですか？！ちゃんと仕事して下さい」
ドサクサ紛れにホッﾍﾟにキスしようとしたら、ぎゅーっと手のひらで押し返された。
仕方ないので、俺は自分の頼んだ水割りを一口飲んでカウンターに視線を移す。

「…来ませんね・・・」
客になる相手がそろそろ来てもいい頃なのに、カウンターの女の所には誰も来ない。
「ちょっくら聞き込みしてくっか」
うーんと目を細めて真剣にカウンターを睨んでいる聖の頭を撫でて、俺は片目をつぶると席を立つ。
「ナンパされねーように、気をつけろよ」
「されません！さっさと聞き込みしてきてくださいよ」
キッと俺をにらみ付けると、聖はテーブルの上のグラスを取ってカクテルを一気に飲む。
俺はそんな聖を見てくすっと笑うと、カウンターの女のところへ向かった。



カウンターへ歩きながら、俺は半分蕩けかけた自分の思考を元に戻そうと努力する。
後輩の女装が可愛すぎて聞き込みに失敗しました、なんて、理由にもならない。


「隣、いいですか？」
カウンターで飲んでいたターゲットは俺の申し出を嫌がりもせず、どうぞと笑う。
「独り？」
俺がそう聞くと、彼女はふふっと笑うだけで答えない。
遠めにみただけでもかなり綺麗だったけど、そばで見るとさらに綺麗な女だと解る。
これなら、簡単にエサがつれる訳だ。
俺はちらりと聖のほうを確認して、バーテンに注文を出す。

聖は独りでかしこまって座って、おとなしくカクテルを飲んでいる。
時々こっちを確認しつつ、フロアで踊ってる客とかを眺めていた。
―― しばらくは大丈夫そうか・・・・
子供じゃないんだからしばらくは一人にしておいても大丈夫だろうけど、こういうところは初めてだし、なりがなりなだけに変な輩が寄ってこないとも限らない。
ターゲットから上手く話を聞きだしつつ、俺は時々聖にも目をやっていた。






「そうねー最近はこの店も人が増えて・・・」
ターゲットの女は時々ちらちらと入り口の階段を見ながら、俺の話に相槌を打つ。
一人で時間を持て余していたのか、いろいろ聞いたらすんなりとあれこれ答えてくれた。
この店に来だしたのは４ヶ月くらい前からで、週に２回くらいくる事。ここのオーナーとは顔なじみだということ。
仕事は昼間、エステシャンをしているらしい。
「よかったらどうぞ」
彼女はそう言って、俺に自分の勤めている店のカードをくれた。俺は受け取ったカードを見ながら、水割りを飲む。

それから、ふっと聖の方に視線を移すと――



「…あのバカ…っ・・・・」
俺はチッとし舌打ちすると席を立つ。
「どうかしたの？」
いきなり席を立った俺に驚いて、彼女は目を大きくした。
俺はもらったカードをさっと上げて、返事を返す。
「ごめん。ちょっと…あ、これありがとう」
もらったカードをジャケットのポケットにしまい、俺は聖が座るボックス席へ早足で歩く。



ボックス席ではソファの隅まで追いやられた聖と、どっからか沸いてきた軽そうな男が座っていた。
男は半分無理やり聖の腰に手をやって、こともあろうにスカートの中に手まで入れてやがった。
「あんまり遊びなれてないんだ？」
聖のコトを完全に女だと誤解してるそいつは間抜け面でニヤニヤ笑って、白い首筋に手を掛けた。

やられている方の聖は、パニくっていて固まって声もでない状態だった。
男の腕は、聖の顔を無理やり自分の方へ向けさせて――
「…あ！ヤダ・・・・・っ！」
小さく叫ぶ聖の声。
俺は、反射的にテーブルの上のグラスを掴む。

―― ざっけんじゃねぇよ
自分でもビックリするくらいに取り乱していて、今すぐにでもそいつをぶっ飛ばしたくなってる。
怒りが瞬間的に沸騰する感覚が、こういうものなんだと初めて感じた。




フロアに、ばらばらと撒き散らされる氷。
野郎の背中に、オレンジカクテルの染みが広がる。




「―― すみません。その子の連れのものですが」
襟首を掴んで１発ぶん殴ってやりたい感情を抑えて、俺はにこやかに言ってみる。
聖はやっと俺に気がついて、固まったまま、じーっとこっちを見ていた。


「っ…テメー！何しやがる！」
「何しやがる、はこっちのセリフだ。人のオンナに勝手に触んなっつーの」

オンナ、ってのは正確にはちょっと違うけど。でもそんなの今は関係ない。
俺はどうしようもなくムカついて、仕事のコトなんてもう頭から吹っ飛んでしまっていた。
「―― 行くぞ」
「え・・・・」
聖の手首を掴んで、そのままフロアから出口まで一気に歩く。
野郎が何か叫んでいるけどそんなのは無視。ターゲットの女もきっと俺のこんな行動を見てたんだろうけど、それももうどうでもいい。



俺は店から出た階段を無言で上がっていく。聖は引っ張られたまま、黙って俺についてきていたけど…。
「センパイ！ねぇセンパイ！聞き込みは―― ・・・・」
階段を上がりきった所で、後ろから聖は俺に仕事の事を聞き始める。
「今日はもういい。客も来なさそうだし」
「でも！まだこんな時間だし。もうちょっと待てば―― 」
そのまま構わず歩こうとする俺をちょっと引っ張って、聖は店に戻ろうとした。
俺はそんな聖の方を振り返って――
「そんな事、してられるか。お前があんな目にあってんのに、仕事なんかしてられる訳ないだろ」
「―― え・・・・？」

―― 誰のせいで、こんなにムカついてるか解ってんのかよ…
大事なものに手を出されて、それに馬鹿みたいにムカッ腹を立てて。しかも襲われてる姿に煽られて欲情して。
もう、どうしようもない。


聖は俺のこんな気持ちなんかさっぱりと解っていない顔をして、きょとんとしている。
それがさらにムカついてしまう。

俺はふいっと顔を逸らして、また歩き出した。






+-------- + † + ----------+ +-------- + † + ----------+ +-------- + † + ----------+







夜の歓楽街のネオンに照らされて、俺は聖を引っ張ったままどんどん歩く。
行き先はもう決めてて、やめた方がいいかもなんて躊躇ってる余裕は無い。

街のネオンが、飲み屋とは違う雰囲気になってきて、周りはカップルだらけになってくる。
右も左も怪しげな雰囲気を醸し出したネオンに照らされて、そこへ２人連れの男と女がどんどん吸い込まれていく。
「セ…センパイ・・・ねぇ、帰らないの？」
さすがに聖もその雰囲気を察したのか、俺をちょっと引っ張って帰ろうと口に出した。
でも、そんなの聞いちゃいられない。

―― 全部、お前が悪いんだからな…
俺は訳の解らない押し付けで、聖を悪者にして目的のホテルに向かう。
売人とターゲットの女もそのホテルをよく使うらしい。

ピンク色のネオンのドアが光る、なんともいえない玄関のビル。
「センパイ？ここなんですか？」
聖は戸惑いがちに俺にそう聞いてくる。俺はそれに答えずに、フロアの案内図をちらりと見た。
週末だけあって、最上階の高い部屋しか空いてない。
俺は空いている部屋番号を確認して、そのままエレベーターに乗り込んだ。


最上階の一番奥の部屋。ちょっと高級な感じの漂うそのドアの前に立って、俺はノブに手を掛けた。

「もう仕事はおしまい。ホラ」
部屋のドアを開け、俺は聖の背中を押す。
押されたほうの聖は、俺のほうを戸惑いがちに見ながら、部屋に入る。




「―― ひゃっ！」
小さな身体を抱き上げて、そのままベッドまで運んだ。
薄暗い照明で照らされた部屋はなんとも言えない雰囲気がする。

「うきゃ！」
ダブルよりも広いんじゃないかと思う大きなベッド。軋んだ音を立てて、聖はベッドの上で跳ねた。




もう無理だ。

やっぱり
無理だ。


欲しいものは欲しい。








「―― や…！ちょ・・・・セ…ンパイ・・・・！！」
そのまま肩を抑えて、唇を塞いだ。
雰囲気を楽しむ余裕なんて全く無くて、まるで犯すみたいに舌を捻じ込んで―― ・・・・


「…ん…ぅ・・・・」
苦しそうに息を逃がす聖の唇から声が漏れる。
「イヤ……っ・・・・センパイ…ダメ―― ・・・・」
いきなりこんな事されて、びっくりしているのか聖は泣きそうな声でそう言った。
そんな声にすら煽られて、俺の理性はもうひとかけらも残らず消え去っていく。
淫らな音を立てながら舌を絡ませて、そのままスカートをたくし上げて―― ・・・

「―― あんなトコ見せられて、我慢するなんて…ムリだろ・・・」

それだけいうと、俺は首筋に舌を這わせた。躊躇うことなく、襟元から一気に服を脱がせる。

「や…だぁ…センパイぃっ…ダメっ…や…めてぇ…っ・・・あ…ぁ・・っ」
胸の蕾を舌で舐め上げると、聖はビクリと身体を震わせて拒否しつつも甘い声を零す。
甘噛みしながら、唇と舌で吸ったり舐めたりを繰り返すと、しだいに拒否の声は少なくなって、吐息の混じった喘ぎに変わる。
「は…ぁん…あっ…あ・あ・ぁぁ・・・ん…イ…ヤぁ・・・・ダメぇっ・・・・・はぁぅっ……」

突起を舐めて愛撫しながら、スカートの中の熱塊を指で弄る。
上から下まで容赦なく指を滑らせると、目に涙をためて堪えきれないような表情で俺を見た。

「は…うんっ…清…人セ…ンパイ……おねが…い…も・・・ダメ・・・・っ・・・・」
薄く目を開けて首を横にイヤイヤとしながら、聖は俺を見上げた。そんな聖に俺はくすっと笑って聞いてみた。

「―― こんなに感じてるのに……？イヤなの・・・・・？」


「ちが…っ…感じてなんか―― 」


「…ウソツキだな・・・聖は・・・」

くちゅ、ちゅくっと水分を含んだ音を立て、聖のソコは熱を帯びていく。
甲高い声を上げる場所を突き止めて、俺はそこばっかりをイジワルに責めたりしてみる。
「や・・・・っ…あ！あ・あ・あ・ああん！！ひ…あぁぁ！ダメ！だめぇ・・・・っ！」

俺の肩にしがみついて、さっきよりも淫らな声を上げる聖。
感じるところ探し当てて繰り返し扱くと、腰を捩って泣きそうな声を上げた。

「ああぁぁぁん！！…んはぁあん…っ・あんっあんっ…は・ああぁぁっ…ん…ぁああ…っ…イ…ヤぁ！も…イっちゃ…う！！」





あの夜と同じ。
それ以上かもしれない。


一度だけのはずが、手放せないものに変わっていく。
こんな姿を見せられたら、もう離れられない。






「セ…ンパイ……っ……」

途切れそうな息を繋いで、聖は俺を呼ぶ。





「 …も……っと・・・・・」


「―― ん…？」


耳元で恥ずかしそうに、でもねだるみたいな聖の声。
続きは解っているけど、それを言わせたくて俺はわざと聞き返した。



「―― もっと・・なに・・・？」




聞き返した俺を恨めしそうに見ると、聖は肩に額をくっつけて小声で言った。





「・・・・もっ…と・・・・・欲しい・・・・・」







それから先は、もう仕事の事なんて一切思い出さなかった。
今まで他の誰かとしてきた行為なんかとは比べ物にならない感覚に、全身が麻痺しそうになる。




「あぁ…っ…はぁっ…あっあっあ・あ・あ・ぁぁ・・・ん…やぁっ・・・ひぁあぁあん！！はぁっ・ああっんあぁぁぁんん！」

がくがくと揺れながら壊れそうに声を上げて、聖は俺の名前を呼んだ。


「セ…ンパイ・・・・清人センパ…イ・・・・」
「―― ん…？」
「…キス―― して・・・・」
麻薬みたいな声で囁かれて、俺は言われるまま、その唇を塞ぐ。
キスだけでもイってしまいそうになるくらい気持ちよくて、おかしくなりそう・・・・





「―― すごい…可愛い―― …大好きだよ・・・・」



自分でも、なんでそんな事口走ってるのか解らない。
解らないけど、勝手に言葉が口をついて出てきた。

でもそんな言葉に嬉しそうはにかまれると、心臓が壊れそうになる。



それは絶対に確定で。
間違いなく、俺は聖に惚れてしまっていて。

欲しいものはそれだけで、他には何もいらないとさえ思えてしまう。




「好きだよ―― ・・・・」

繰り返しそう囁いて、壊れるくらいにその身体を抱く―― ・・・・










+-------- + † + ----------+ +-------- + † + ----------+ +-------- + † + ----------+





「あーあ・・・仕事し損ねた・・・・」
腕にくっついてウトウトしている聖の頭を撫でて、俺はふーっとため息をついた。
聖はそんな俺の言葉に、目だけこっちを向けて反応した。
「―― え・・・・？」
「ゼッタイ裏取ってきてくれって桐羽センパイに頼まれたのに…・・・・」
俺はあーあ…と呟きながら、昼間センパイに言われた事を思い出していた。



『この案件、無理に本店からもらってきたんだよ。だから頼むね』
桐羽センパイはいつにもなく真剣な顔で俺に言った。
『ぜんぜん裏が取れなくて、本当は１課に回るはずの案件だったんだけど―― ・・・』

どこもろくに裏が取れないってんで有村先輩頼みになりそうだった案件を、桐羽センパイはごり押しで取ってきたらしい。
その辺りは桐羽センパイも意外にやり手というか、有村先輩に引けをとらない。
一琉と涼センパイの事もあるから、余計にそうなるのかもしれないけど。

―― なんだけど…やっちまったなー・・・
クラブ絡みの仕事は俺の得意分野だから、落としたことなかったのに・・・

はぁ、とため息をつく俺を、ビックリした顔で眺めて飛び起きる聖。
「なんでこんなことしてるんですか！調べに行かないと―― 」
大きな目をさらに大きくして、じっとこっちを見てくる。
でも、もう遅い。遅いけど、それも仕方ないのだ。
本当は最初から、そうなる気もしてたから―― ・・・・

「ダメな気がしてたけど、ダメでしたー」
「は？」
「お前が着替えてきたの見たら、あんまり可愛すぎてもう仕事なんてしてらんねーって思っちゃって。他の男に襲われてるのみたら、我慢できなくなった」
「―― なにそれ・・・」


起き上がって座り込んでる聖のひざに頭を乗せて、俺はふふふとゆるく笑ってみせる。
「ずっと―― こうしたいって思ってたから・・・」
「…なに…を・・・？」
「…こうやって、もう一回抱きたいって・・・あの夜から、ずっと思ってた」
「…セ…ンパイ・・・・」
「―― 聖・・・」



俺を覗き込んでるその首筋に指を滑らせて引き寄せる。
聖は小さく笑って、俺の髪に指を絡ませてきた。
そのままキスして抱き寄せると、俺はまた、その身体に溶かされていく―― ・・・







+-------- + † + ----------+ +-------- + † + ----------+ +-------- + † + ----------+






「失敗ねえ・・・・そんな事もあるんだね」
桐羽センパイは紅茶のカップの中のスプーンをくるくるかき混ぜながら、俺を見た。
「まぁいいけど。裏が取れるまでは任せようと思ってるから」
センパイはそういいながら、うーんと手元の書類を眺める。
―― 次って事は…また・・・・
俺はセンパイのその言葉を聞いて、妙な期待をしてしまう。次もあんな可愛い聖が見られるなら、何度でも行きたい。
そうやって考えてる俺に、桐羽センパイは・・・

「―― 次は、涼と行く？」
「え…っ…聖じゃなくて…ですか・・・？」
俺の反応があまりに解りやすかったのか、桐羽センパイはくすっと笑う。
「なぁんだ…やっぱり。聖のせいで失敗したんだね」
―― この人はやっぱり只者じゃない。超能力でもあるのかも・・・・
俺はそんな事を考えながら、必死に言い訳をしようとする。
「や、え、あのっ。違いますけどっ・・・そうじゃなくて・・・」
ガラにもなく慌てる俺を見て、センパイは紅茶を一口飲むと、うふふと笑う。


「あんまり入れ込みすぎて、涼に怒られないように気をつけてね」
「―― 」
もう、何て答えていいか解らない。
でも、それもある意味当っているかもしれない。自分でも、きっと入れ込んでしまうんじゃないかという気がするから。

―― ハマりすぎだな…俺・・
ホテルでのことを思い出してしまって、また意識がトリップしそうになる。


次は―― どんなカッコで―― ・・・

そんな事を考え出す自分に俺は自分でも呆れながら、小さくため息をついた。







2st anniversary　SS：nightmare �U　*Side-k

END

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