例えば
それがどうしても欲しいものだったとして
でも
それがどうしても手に入れられないものだったら
諦める？
それとも・・・
2st anniversary SS ： nightmare
* before floor * Side-K
「クラブ―― ですか？」
俺は目の前でにっこり笑う桐羽センパイを眺めた。
「聖と…ですか？」
俺の反応が意外だったのか、桐羽センパイは小首を傾げる。
「どうして？聖じゃ間に合わない？」
「…いや…そんな事は……ないですけど」
一琉と涼センパイが研修に行ってしまって、俺と聖は２人で捜査に行く事になった。
どの案件をこなそうかと考えていた俺に、桐羽センパイがどうしてもやって欲しい案件があると言って持ってきたのがコレだ。
「でも―― こんなクラブに男２人じゃ・・・・」
そこはこの辺りでは有名で、人気のあるクラブだった。
それはいいんだけど、客としていくのは若いカップルが多い店なのだ。
「大丈夫。僕にいい考えがあるから」
桐羽センパイのいつもの笑い。その笑いをするときは、いつもとんでもない事を言う。
その予想通り、センパイはデスクの横から何かを取り出した。
「―― これを…ですか？」
桐羽センパイはそのブツを俺に見せ、これで聖と２人で捜査に行けと言う。でも・・・・・
「俺が、聖に言うんですか・・・・？」
「そりゃそうだよ。センパイでしょ？」
「―― はぁ・・・・・」
センパイに押し切られ、俺は聖を捜査に連れて行く事にする。
「なんて説明すっかな・・・・」
俺は顔をしかめて、そのブツを眺める。
たぶん、ものすごく嫌がると思うのだが。でも仕方ない。
捜査は明日。
俺は聖を説得する方法を考え始めた。
+-------- + † + ----------+ +-------- + † + ----------+ +-------- + † + ----------+
「清人クン、聞いてる？？」
今日のデートのお相手は、知り合いのアゲハ嬢。
ヒマしてるから、飲みに連れて行けといわれたので、下見ついでに問題のクラブに来てみた。
「―― うん…聞いてる・・・」
彼女の話を上の空で聞きながら、店の中を見回す。
何回か来た事ある店だから、聖を連れて来ても何とかなりそうだ。
「ねぇ、今日は遅くなってもいいの？」
「―― あ？」
「もう飲むのも飽きちゃった。ね、次行かない？」
次、の意味は聞かなくても解る。いつもこんな感じで、遊んでいるから。
解るんだけど。
「悪ぃ・・・今日はちょっと・・・・」
「えーっ…つまんない〜 この前もダメって言ってたしーー」
アゲハ嬢はホッﾍﾟを膨らませて、俺を睨んだ。そういや、この前もそうやって誘われたっけ・・・
っていうか、この頃の俺は、誰に誘われても断っている。
それがどんな良い女でも、ものすごい好みのタイプでも。
前ならゼッタイに断らなかった相手でも、最後までできない。
「―― 本命彼女でもできたの？」
アゲハ嬢の言葉に、ドキリとする俺。
「―― んな…わけねぇよ。俺は本命なんか作らないって言ってんじゃん・・・」
「そう…？でもこの頃の清人クン、なんか上の空なんだよね〜 だから、本気で好きな彼女でもできたのかと思ってた」
「…俺が・・？まさかぁ・・・」
本命は作らない。
それが俺の信条だった。
ヒトリに真剣になるなんて、どうも性に合わないし、今までそんな風に考えたこと無かった。
一琉にはよくそれで怒られるけど、そんなの気にしてたら楽しく過ごせない。
ずっと、そう思ってきたのに。
「―― ゴメン・・・俺帰るわ・・・」
「え？！ちょ…清人クン！！」
カウンターで呆気に取られてるアゲハ嬢を残して、俺は店を出る。
夜の風が、冷たくて気持ちいい。
クラブから帰る途中、ふと足を止めた。
街路灯の下に自販機。その角を曲がると、奴のマンションがある。
あの夜も、何の気なしにソコへいった俺。
でも。
その夜から俺は、見るもの全てが変わって見えるようになってしまった。
「……ムリだよなぁ・・・」
酒の勢いだったと、済ませてしまおうと思った。
そうしなきゃ、顔が合わせられなかった。
行かなきゃよかった。
行かなかったら、こんな自分の気持ちに気がつかずに済んだ。
部屋のソファで、ぐっすり眠ってる後輩を見て、思ったことは。
―― 今なら、なにしてもいいかもしれない。
本人は知らないが、眠ってるうちにキスだけしてしまった。
そっからは、もう、酒と夜の力を借りて―― ・・・・
でもまさか、飲ませた酒で聖がその気になるなんて思ってなくて、それが逆効果だった。
飲ませて、あんなに色っぽくなるのは計算外だった。
それで、このザマ。
バカみたいにハマって、忘れられなくなって、したくてしたくて堪らなくなってて。
他のものなんて、何も目に入らなくて。
思い出しただけで、ゾクッとする。
濡れた唇と、濡れた声。
透き通りそうな白い肌。
『―― 可愛いよ・・・・・・好きだ―― ・・・・・』
誰かを抱いてる時に、そんな事口走ったことなかった。
俺にとって、誰かを抱くのは快楽のため。そこに感情は必要なかった。
はずなのに・・・・
聖にはそういうわけにはいかなくて。
抱いたら、もう離したくなくなって。
こんなのおかしい。
男相手に、恋愛感情？
そんなの、あり得ない。
目の前で一琉がセンパイにどんどんハマっていくのだって、面白半分で見てたのに…
俺は何だ。
「―― アホか…俺は」
ガラにも無く、脳内スパイラルにハマっていく自分を引き止めて、俺はソコを通り過ぎる。
―― 忘れるって、決めたじゃねーか
あれは一度だけの過ち。
どんなに好きでも、手に入れられないものだってある。
それに。
それにだけは触れられない。
もし今度触れたら――
ゼッタイに壊してしまう。
だから、それには触らない。
決めたのだ。
俺は立ち止まってため息をつくと、自分の部屋に急いだ。
+-------- + † + ----------+ +-------- + † + ----------+ +-------- + † + ----------+
「センパイと、ですか？」
ちょっとご機嫌とりモードで、俺は聖に提案してみた。
だけど、聖は思ったとおりの反応で、俺のほうを見ないで冷たい返事を返してきた。
「なんでそんな無反応かなー」
「なんで反応しなきゃいけないんですか」
手元にあった書類をトントンと揃えながら、聖は俺ををちらりと見上げた。
「―― どうしても行かなきゃいけないんですか？」
「そんなにイヤか」
「嫌です」
「…即答かい」
だろうな…そりゃそうだ。
一琉といくのでさえ、聖は及び腰なのだ。涼センパイはちょっと甘いんじゃないかと思うくらいに聖は『危ない仕事』に近寄らない。
こんな部署なんだから、そっちの方が難しいと思うけど、本人のキャラに合わないのか、どうも無難な案件ばかりしてる気がする。
でも、それを今言ったって仕方ない。
俺は聖がちょっとでもやる気になるよう、安心させる作戦に出た。
「大丈夫だって。今日の捜査は簡単だから。ホラ」
そう言って俺が見せた資料を聖は無表情で受け取る。
「―― クラブへの潜入捜査・・・？」
「そう。このごろ結構はやってるクラブらしいぜ？毎週決まった曜日になると、売人が来るって噂があるんだと」
「一琉センパイが帰ってきてからじゃダメなんですか？」
「うーん・・・いいんだけどさ、どっちかっていうと、聖の方が都合がいいんだけどねー」
「…都合？」
聖はじろりと怖い顔で俺を見上げた
―― ヤバ…ここで怯んだら、ゼッタイに断られるっ・・。
桐羽センパイには、できれば行って欲しいと念を押された。俺も頼まれたからには、何とか聖を連れて行きたいし…
―― もう…めんどくせぇ
単刀直入にいってやるか。何て答えるかは解らないけど。
「俺と一琉が２人で行くよりも、捜査しやすい作戦があんだよなー」
俺はそう言って、人差し指を唇に当てて考えるそぶりを見せる。それからちらりと聖を見て・・・
「聖、コレ着てみ」
絶対に嫌がるだろうけど、どっちにしてもコレを着てくれないと、任務が遂行できない。
それに、これは一琉にはできない捜査なのだ。
「はぁ？！ゼッタイ嫌ですっ！！！！」
案の定、聖はものすごい顔で拒否ってきた。
ゴスロリ風のヒラヒラな服。ここまできたらヤケで、俺はソックスと靴も見せた。
「お前だったらコレ着れるじゃん？だからコレ着て、俺とクラブに行ってくんないかな〜って」
「なんでなんですか！別にこんなん着なくたって行けるじゃないですか！」
「んー、でもさ、女の子連れで行った方が仕事っぽくないだろ。な、いーじゃん」
「イヤだって言ってるじゃないですか！いくら仕事でも―― ・・・・」
「そーお？似合うと思うけどなぁー」
バン！と机を叩いた聖の後ろから声が聞こえた。
―― なんだよ…自分でも言うのかよ・・・
一生懸命考えたのに。だったら最初から桐羽センパイが言ってくれりゃいいのに・・・・
後ろから現れた桐羽センパイに、聖は引きつった顔を向けた。
「―― き…桐羽センパ…イ」
引きつり笑いしかできなくなってる聖に、桐羽センパイはいつもみたいに特上スマイルを見せた。
「その服ね、僕の見立てなんだよ。聖ならきっと似合うと思って」
「―― ていうか、僕は男ですが」
「いーのいーの。本当は涼に頼もうと思ってたんだけど、涼じゃ仕草がイマイチなんだよねー。だから聖に」
「…そんな理由成立するんですか・・・」
「するする。着てみたら？似合うよ」
聖はげんなりした顔でその服を手に取る。それから、目を細めて桐羽センパイに質問した。
「クラブで女の子に間違えられてナンパとかされたらどーすんですか」
「大丈夫。香流クンが一緒に行けば平気だから。ね」
俺が行くから大丈夫なのかどうかは解らないが、まぁヒトリで行くよりはいいだろう。聖は俺をちらりと見た後、服を袋に入れる。
「―― じゃあ…着替えてきます・・・・・」
思ったよりすんなりいう事を聞いた。それにはちょっと驚いたけど、でもまぁ、いいか。
「じゃ、あとは頼むね。僕は聖の着替えを手伝ってくるから」
「はい」
と、返事をしながら、俺は桐羽センパイがちょっとうらやましいなんて思ってしまう。
―― って、なに考えてんだ俺はっ…
ふーっと息をつくと、聖が着替えてくるのを待った。
「―― すげぇ…」
それを見た瞬間、もうダメだと思った。
こんな聖を連れて、捜査に行ったって、絶対に仕事にならない。
正直、今すぐにでもつれて帰りたいくらいに可愛くて、どうにかしてしまいたくなる。
そんな様子が怪しげだったのか、聖はもそもそする袖口を直しながら俺をジロリと見た。
「なんですか？何がすげぇ、なんですか」
「…いや、別に・・・・たいしたことじゃない…けど」
俺はそういいながら、考えてる事を見抜かれないようにタバコを取り出すと火をつける。
「銃は」
「持ちましたよ。ホラ」
造作なくスカートをめくり上げて、聖は太ももに止めたホルスターに入った銃を見せた。
「桐羽センパイがやってくれました」
―― ダメだ……絶対にヤバい。夜まで我慢できねー・・・・かも…
スカートから伸びる白い足を眺めて、俺は頭の中であらぬ妄想まで始めてしまう。
もう完全にバカになってて、自分でも手におえない。
俺はしばらくタバコを持ったまま、聖の足を眺めていた。
「―― センパイ？」
「あ、ああ。持ってんならいーや」
「はい」
ゴスロリスタイルの超可愛い聖をつれて、俺は捜査に向かうのだった。
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