「いただきまーす」
ものすごく慣れた態度で一琉のケーキを食べ始める彼女。
一琉は困惑しつつも、それに怒らない。
―― つーか、何だこの状況
その彼女の顔を、オレはどこかで見たことがある気がした。
―― どこでだっけ…
その顔があのマンションでみた『腕組みの相手』と解るまでにそう時間はかからなかった。
それがわかった瞬間、オレはプチンと頭のどっかが切れる音を聞いた。
■ 終章 ： Thinking of you（前編）
「よし、じゃあコレに決まり」
オレは満足げな顔で一琉を見る。一琉はしょうがないなぁ、という顔でオレを見た。
「結局自分で決めるんじゃないですか…もう」
全く乗り気じゃなかった買い物だったけどいざ見始めたらあれこれ気になり始めて、結局自分の意見を通してしまった。
「でもこれちょっと高くないですか？」
一琉は値段を眺めながらうーんと考え込む。
「高いっつったって、さっき見てたのとそんなに変わんねーだろ。どうせ払うのお前だし」
「払いますよ、払うけど、ちょっと出してくれたってぇ…」
一琉はむーっと拗ねた顔をしてこっちを眺める。オレは目を細めて一琉を見返した。
部屋を模様替えしようと言い出した一琉に付き合って、近くの家具屋にベットを見に来た。
オレとしては今の状態で全然困ってないし、模様替えするのもめんどくさい。
でも一琉がどうしてもしたがったので、"自分持ちで買うなら"って事でダブルベッドを買う事を許可してやった。
「…しょーがねーな。じゃあ差額分だけ出してやるよ。それならいいだろ」
一琉が欲しいといったのはごく普通のダブルのベッド。でもオレが気に入ったのはそれより少し大きめのワイドダブル。
「たまにはぐっすり寝たい」
というオレの主張に負けて一琉もそれを買うことにはOKしたんだけど、少々予算オーバーだったらしい。
「せっかく買うんだから、ちょっとでもいいやつの方がいいじゃん」
「まぁ、そりゃあ…そうだけど…」
うーん、と悩み続ける一琉を見上げてオレは催促するように言ってみた。
「１０秒以内にどうするか決めろ。決まらないならやめ！」
「え…ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃせっかく来た意味がないでしょ？」
「―― お前がいつまでもうだうだ悩んでるからだろ。腹も減ってきたし、待ってるのも疲れた」
「はいはい解りました。じゃあこれにしましょ」
一琉はへそを曲げ始めたオレの機嫌を取るように両手を挙げてまいったという顔を見せる。
それからもう一回値札を見直してハハハと笑うと、店員のいるカウンターのほうへ足を向けた。
「ついでになんか食べて帰りますか」
注文を済ませて外へ出ると、一琉は一旦足を止めてオレに確認する。
「おう」
「なに食べます？」
「何でもいいぜ。お前の食べたいもんでいいけど？」
「ふぅん…どうしよっかな…」
駅前のにぎやかな通りをきょろきょろ見回しながら、一琉は何を食べようか考えている。
平日の割には人通りの多い通りを並んで歩きながら、オレはポケットからタバコの箱を出して中をのぞいたりしてみたりして、一琉の返事を待った。
「そうだ、この先のデパートに和食の美味しいお店があるんですよ。そこ行きますか？」
「ああ、和食か。そーだな昨日カレーだったしな。いいかもなー」
ふんふんと頷いてオレはタバコの箱をポケットにしまう。本当はタバコが吸いたかったからその辺のカフェとかでも良かったんだけど…
―― まいっか、せっかくのデートだしなー・・・
光希に引っ掻き回されてからこっち、２人で買い物すらろくに行ってなかった。だからこんな風にのんびり出掛けるなんてほんとに久しぶりだった。
アンティーク調の縁取りの施された扉を押して入ると、右に見えるエレベーターに一琉は迷わず向かう。
「えーっと９階の…あったあったこの店」
漢字２文字のなんだか古めかしい雰囲気の店の名前を指さして、一琉はうんうんと自分で納得している。
頃合良く降りてきたエレベータに乗り込むと、オレ達は９階まで一気に上がる。
一琉がいかにも好きそうな洒落たその店は、自分だけで来たらちょっと入るのをためらってしまう様な感じがする。
「来たことあるのか？ここ」
「…ああ。前に１度」
「へー…」
女性に人気があるのか、周りは女性だけの客がとっても多い。
そんな中での男２人連れはどうやら目立つらしく、時々こっちをじろじろ見られたりして、何だか落ち着かない。
「…浮いてるんじゃねーのか…オレ達…」
ぼそっと零すオレに向かって、一琉はふふっと笑ってみせる。
「―― 違いますよ…センパイが目立つからですって」
「はぁ？」
「デパートとかって、女性客多いですからねぇ…そんな所に来たら、涼センパイはそりゃあ見られるでしょう…」
「オレはパンダじゃないぞ」
「そういうもんなんですって。ね」
そんな風になんだかんだと話しているうちに頼んだ料理が運ばれてきた。
「おおっ…結構うまそー」
朝寝坊して、ろくに飯を食う暇もなく一琉に連れ出されたので、実はかなり腹ペコだったオレ。
「いただきます」
さっそく箸を手にして、並べられた定食をいただくことにする。
「あとはお茶でもして帰りましょ。明日持ってきてくれるみたいだから、部屋も片付けないとね」
「明日？！早過ぎだろ、それ」
「だって、さっさと入れちゃわなきゃセンパイの気が変わっちゃうかもしれないって思って」
「…ああ、そういうこと」
一琉はさらりとそう言って、味噌汁？らしき椀の蓋を開ける。オレはそれを眺めながら、むーっと考えてしまう。
してもいいとは言ったものの、たぶん今の状態でしばらく過ごしたら『模様替えめんどくさい』って自分でも言い出す気がする。
―― なんか…行動読まれてるし…
そうやって解ってくれてるのは嬉しいような気がするけど、なんだか見透かされてるようでちょっと悔しかったりもして、何だか複雑な気分。
めったに食べられない上品な食事を済ませて、一琉お勧めのカフェに行く事にする。
「階段で降りましょう」
「うん、いいけど」
エレベーターの前に並ぶ人の列を眺めて、俺たちはその向こうの階段から下に降りる事にする。
「―― …え…あ、ちょ…っと！」
階段を降りる踊場の途中。一琉は突然後ろからオレを引っ張った。
「ふ…ぁ・・・・」
いきなりキスされて、頭が真っ白になる。誰か来たらって思うと離れたいけど、逆にそのドキドキでキスだけでも感じてしまう。
「ん…ん…っ・・・・」
きゅうっときつく吸われて、背筋をなでられただけでもビクリと身体が震える。
「も、ちょ…何っ…？」
「―― だって…」
一琉はものすごく困った顔をしながら、オレを後ろから抱きしめて小声で言った。
「ベッド眺めてて、いろいろ考えてたら…もう我慢できなくなっちゃった…」
「―― だからって…もう…っ」
またキスされて、トクンと心臓が高鳴る。
「ダメ…い…ちる・・・オレも…したくなっちゃう…」
泣きそうな声でそうやって言うと、一琉はふふふと笑ってオレを離す。
「かえったら…ね」
「う…ん…」
誰もいないのをいい事に、手なんかつないでみたりしてオレたちは階段を降りていく。
「お前、この店詳しいな…」
迷いもせずに目的のカフェへ歩く一琉に、オレは不思議そうに言ってみる。
「あ、ああ、ですかね…時々来るから？」
「ふーん…オレ来るの初めて」
「ああ、ですよね。センパイ、あんまりこういうお店来ませんよね」
「うん…だって広いからさー。なんか探すの大変じゃん？」
「センパイらしい…」
オレのあっけらかんとした受け答えに、くくくと一琉は笑う。
「あ、ほらそのお店です」
フロアの向こうに、これまたなんと言うか、今風なカフェが見えてきた。
「並んでるぞ・・・・」
「ええまぁ…人気のお店ですからね」
「ふーん・・・」
店の前に並べられたイスに順番待ちをするOLやおばちゃんたちが座ってしゃべりまくっている。オレは一琉について、列の一番後ろに並んだ。
しばらく待って店に入ると、入り口付近の席へ案内された。店の中は外よりもさらにパワーアップしたおしゃべりであふれてて、それを聞いてるだけでも退屈しない。
「適当に頼んで」
開いたメニューをちらりと見ると、オレは一琉に適当に頼むように言う。おしゃれカフェはどこもそうだけど、コーヒーなのに名前が長い。
で、名前からどんな味かがぜんぜん想像できないからまた困る。
「コーヒー？紅茶？」
「うーん…紅茶…って気分」
「ミルクは？」
「いらない」
それを聞きながら、一琉はふんふんとメニューを眺める。
そしてしばらくしてやってきた店員に、なんだか良くわからない名前のものを注文するとちらっと店の外を見た。
「―― あ…」
その視線の先に何か見えたのか、うわ、という顔をして一琉はそのまま固まった。
「…なんだ…どうかしたのかよ…？」
「いやあの・・・」
視線をそのまま一点にとめたまま、一琉はじーっと何かを眺めているようだ。それからこっちをくるりと見て、困ったように眉をよせた。
「なんだよ？」
「あのですね…」
もごもごと口ごもりながら、なかなか言おうとしない一琉。オレははぁ？と首をかしげながら、もういちど聞き返そうとした。
その時。
「いっちゃん！」
後ろから、誰かの声。
それを聞いて、バツが悪そうにうつむく一琉。
「なんだー、来てるなら来てるってメールくらい入れてよね」
テーブルの隣に現れた彼女は、何事もなかったように一琉の隣に座る。
そのタイミングを見計らったように、テーブルに運ばれてくるお茶とケーキ。
「あっ、これ今月の新作ケーキ？ね、食べていい？」
見るからにどうもこの店で仕事をしている店員っぽい雰囲気だが、昼休みなのか手には透明の小さなバッグが。
「来るって解ってたら、お昼おごってもらったのにな」
あーあ、残念、と彼女は一琉に拗ねた顔を向けた。向けられたほうの一琉は返事もせず、顔を背ける。
「いただきまーす」
ものすごく慣れた態度で一琉のケーキを食べ始める彼女。
一琉は困惑しつつも、それに怒らない。
―― つーか、何だこの状況・・・
黒い髪を後ろでまとめた彼女は、一琉よりも少し年下の感じの結構な美人だ。
店で見たことはないから、お客ではない気がする。
―― っていうか…あれ・・・・
その彼女の顔を、オレはどこかで見たことがある気がした。
―― どこでだっけ…
その顔があのマンションでみた『腕組みの相手』と解るまでにそう時間はかからなかった。
それがわかった瞬間、オレはプチンと頭のどっかが切れる音を聞いた。
「―― 帰る！」
超不機嫌モードで立ち上がるオレ。
「センパイ！待って！ちょっと落ち着いて！」
一琉はあわてて立ち上がったオレに座るように言う。でもそんなん、聞いちゃいられない。
「落ち着いてるけど？彼女がいるなら帰るって言ってるだけだろ」
つーか有り得ない。
この彼女がいるなら、この店のことも詳しいはずだ。
っていうか、さっきの店もきっと２人で行ったんだろう。
そんなことを考え始めたら、もうムカつくわ悲しいわで、ため息も出ない。
「とにかく帰る。夕飯はどっかで食って来い」
「もー！違うって！」
周りの席のおばちゃん連中が、オレと一琉のやり取りを好奇心たっぷりの目で見ている。
こんな店でこんなケンカしてたら、そりゃあ見るだろう。
オレだって、こんな店でこんなことしたくない。
と、怒り心頭のオレを見上げて、彼女は不思議そうな顔をしている。
―― ああ、そうだよな…
確かに、何でオレが怒ってるかなんて、彼女には解らないだろう。
「あの・・・・・」
ケーキのフォークを持ったまま、彼女はこっちをじーっと見上げた。
オレはだまって彼女を見下ろした。
一琉はそんなオレ達を交互に見て、はーっと長いため息をついた。
―― 悪いのは全部お前なんだからなーーーー！！
心の中で叫びながら、オレは周囲のおばちゃんの好奇な視線にさらされ続けるのだった。
*―― Thiking_of_You（続編）_side_i へ続く
