「ヤキモチで仕事ができないなんて、初めてだった」
ふふっと笑ってセンパイは俺を見上げる。
「自分でも笑っちゃった…ホントに惚れてんだなあって」
言われた方の俺は、もう返す言葉がなかった。
■ 終章 : Thinking of you(後編)
昼下がりの洒落たカフェ。
目的の買い物も済ませて、お茶をして。
あとは部屋に帰って2人でゆっくり…と思っていた矢先に『奴』は突然現れた。
―― しまった…
センパイとの買い物とランチに浮かれて、俺はすっかりその事を忘れていた。
というか、まさか奴とバッタリ会うとは思ってなかった。
周囲のお客がみんな一斉にこっちに注目する中、超不機嫌な顔で俺を見下ろす涼センパイ。
俺はそんなセンパイにこの状況をどう説明しようか必死に考える。
というか、別に疚しいことは何もないんだけど、いきなりこいつが現れるとは思わなかったので気が動転してしまった。
「―― …おい…夏瑠っ」
「へ?」
何食わぬ顔でケーキを食べている問題の当人。俺が名前を呼ぶと、奴はフォークをくわえた間抜けな顔でこっちを見た。
俺はため息をついてフォークを奪い取ると、センパイの方に向き直った。
「―― 妹の夏瑠です……不躾な奴で、すみません」
バツの悪そうな顔で俺がそうやって言うと、センパイはちょっとびっくりした顔をした。
「ああ…妹・・・だったんだ」
『だったんだ』の部分がちょっと気になったけど、とりあえずそこは置いといて。
「この店で仕事してるんで…言おうと思ってて、忘れてました」
俺の説明に納得したのか、センパイはふむ、という顔でまた座る。テーブルの上のお茶を眺めて、何か考えているようだ。
センパイが落ち着いたのを見計らって、俺は今度は隣に向き直る。
「瑠璃沢センパイ…前に話しただろ」
「あーーーーーっ。これがっ?!」
「これっていうな」
隣の夏瑠の頭をペチンとたたくと、向かいのセンパイにエヘヘと笑う。センパイは俺と夏瑠を見比べて、顔をしかめる。
「すみません。写メ撮らせてもらってもいいですか?」
当の夏瑠はというと、俺たちの様子など気にもせず、ケータイを取り出しセンパイの写真を撮ろうとし始めた。
「バカ!お前なんつー失礼なっ」
人の職場の先輩に向かって、写真を撮らせろなんてよく言えるなと思う。自分の妹ながらこういう所はいまだに理解不能で、どう対処していいか解らない。
ケータイを向けられたセンパイは、唖然としながらもボソリと答える。
「…いや、別にいいけど…」
「え…でもっ・・・」
「捜査してるときとかたまに言われるし…撮らせてくれって」
「仕事中にですか??」
「うん…時々・・・」
まぁ、涼センパイは見てくれが見てくれだから、こいつみたいに何にも考えてないオバカならそういう事もあるかもしれない。
夏瑠はセンパイの好意に甘えて、上機嫌で写真を撮った。
「―― あっ。わたし、有栖川夏瑠です。兄がいつもお世話になっております」
普通先にそっちじゃないかと思うが、今さらのように挨拶をして夏瑠はセンパイにペコリと頭を下げた。
「聞いた通りの素敵な方なんですねーー。話聞いてたら、もう気になっちゃって」
夏瑠は俺をちらりと見て、涼センパイに特上の笑顔で笑う。
「でもいっちゃんてば、全然瑠璃沢さんに会わせてくれなくて」
ぷぅっと膨れる夏瑠を見て、センパイはもうどうしたらいいか解らず話を聞くだけ。夏瑠はそんなセンパイにさらに話を続ける。
「人に見せると減るから、とか意味不明な事言うんですよ。男の独占欲はみっともないって、いつも言ってるのに」
「わーーーっ。バカもういい!それ以上しゃべるな!!」
話されたくない事をさらっと言われ、俺は慌てて夏瑠の口をふさぐ。向かいの涼センパイは、きゅーっと目を大きくして、驚いた顔をした。
こいつに俺とセンパイのことを話したのが間違いだったかも。とか思いながら、俺はちょっとうつむき加減にセンパイを見てみた。
そしたら、センパイは少し目を細めて、俺をキロリと睨んだ。
―― ああー…絶対に怒られる…口きいてくれないかも・・・
俺の腕を振りほどいて、夏瑠はまたにっこり笑い涼センパイにこう言った。
「あ、でも大丈夫ですよ。わたし、全然そういうの気にしないので。逆に変な女を連れてこられるくらいなら、瑠璃沢さんの方が大歓迎って感じで」
カチャン!と音を立てて、置かれるカップ。しばらく黙り込んで俺の方を見た後、夏瑠に説明を始める。
「いや、えっと…あの・・・・オレは別にそういうんじゃ…」
「え、違うんですか?でもそれ、いっちゃんからのプレゼントですよね?」
センパイの胸元のシルバーを指差し、夏瑠はうふふと笑う。言われた方のセンパイは口を半分開いたまま、何も言い返せないでいた。
「そんな高価なもの、普通お世話になってるだけじゃあげないでしょう?」
「―― 夏瑠!お前いい加減に―― 」
「別にいーじゃない。本当のことだし」
俺の静止を振り切って、夏瑠は言いたい事をどんどん話す。
「それ大変だったんですよぉ、手に入れるの。すごい人気で、注文待ちなのをどーしてもって頼んで1つだけ先に入れてもらって」
―― っていうか、それを言うか…
確かに、手に入れてくれたら何でもすると言った覚えはある。
でももらった当の本人にそんな裏話を聞かせるなんて、ホントにこいつの無神経さには怒れるのを通り越して呆れてしまう。
そんな事を思っている隣の俺をちらりと見て、夏瑠はにやりと笑って言った。
「いっちゃんがあんまり必死に頼むから、相手はどんな人なのかと思ってたんですけど。今日よく解りました」
夏瑠のその言葉に、センパイは口をきゅっとつむって黙り込んでしまう。でもなんか照れてるみたいだ。
毎日一緒に居る俺ですらあんまり見たことのない、照れた涼センパイ。
―― 照れた顔もやっぱりかわいい…
とかなんとかアホなことを考えながら、俺はテーブルの上のケーキの皿を取る。
「ホラ!もうおしゃべりはおしまいにして。これ食ったらさっさと仕事に戻れよっ。」
「えー。せっかくこうやってお話してるのにぃ。つまんなーい。」
「なーにが『つまんなーい』だ。お前仕事中なんだろ。いつまでもくっちゃべってていいのか?」
「―― うーん…それはダメだけど」
しぶしぶフォークを持ってケーキを食べ始める夏瑠を、センパイはじーっと眺めている。
「こいつ、ここの2階のシルバーの店で働いてるんですよ。なので、用事のあるときとか、ちょくちょくここに」
「ああ…それでか」
俺がココによく来る理由に納得したのか、涼センパイはカップの紅茶をとって一口飲む。
「ごちそうさま!はー、おいしかった!んじゃ、戻ろっかな」
「おう。さっさと戻れ」
俺は立ち上がった夏瑠にひらひらと追い返すように手を振る。
一方の夏瑠はまだ涼センパイに未練があるのか、何か言いたそうな顔でセンパイを見ていた。
「次に来るときはお店に遊びに来てくださいね。瑠璃沢さんにだったら、もーぜったいサービスしますからっ」
「あはは…ありがと・・・・」
絶対ですよ!と念押しする夏瑠に、センパイはまた困ったように笑って見せた。
「じゃあねいっちゃん。たまにはちゃんとうちに顔出してね!」
「はいはい」
テーブルを離れる夏瑠に軽く手をあげると、俺は涼センパイに視線を戻す。
「―― すみません…まさかココに来るとは…」
小声で申し訳なさそうに言う俺を、センパイは紅茶のカップの端から目だけ出してちらっと見た。
「別にいーよ。いい妹さんじゃん。明るくて」
「…明るいのかただのバカなのかよく解んないんですけどね…ホントにしょうもない奴で…」
はぁ、とため息を吐く俺を、涼センパイはくすくす笑って見た。
「お前によくなついてんだな。いっつもあんな風なのか?」
「…ええまぁ・・・・」
「ふぅん…でもオレはとりあえず嫌われてないから大丈夫ってコトだな」
「―― 嫌うどころか…もう会わせろ会わせろってうるさくて…」
とそこまで言いかけて、俺ははっと口を押さえる。
―― そういえば…
夏瑠の不用意な発言でニラまれた事を思い出し、俺はセンパイに慌てて言い訳を始める。
「あのですね、いやその、それがどうしても欲しかったんで…つい…」
胸元のトップをちらっと見て、俺は畏まって小さくなった。センパイはそんな俺を見下ろして、ふーんという顔をする。
「それで?お前が変な女を連れてくるくらいならオレのがましってか」
センパイはいつもの不審顔で目を細めて俺をしばらく眺めてたけど、その後すぐに小さく笑った。
「―― そんな苦労して手に入れたもんなら大事にしないとな」
ふふっと笑って残りの紅茶を飲むと、センパイは俺にも残りを飲むように催促する。
「帰って部屋片付けるんだろ。そろそろ行こうぜ」
「ああ、そうですよね…」
夏瑠のことでその事をすっかり忘れていた。言われるままカップの中身を飲み干して、席を立つ。
カフェを出て、店から出ると外はもう午後の日差しになっていた。
なんだか上機嫌なセンパイの後について、俺は部屋への道を歩いた。
+++++++++++++++++ ++ +++++++++++++++++++
部屋に帰るいつもの道から少し回って帰ろうというセンパイの提案で着いたその場所。
たまに来るそのマンションの3階には夏瑠が借りている部屋がある。
「あの部屋」
センパイはほれ、と夏瑠の部屋を指差した。意味の解らない俺ははぁ、と首を傾げる。
「夏瑠の…部屋ですね…」
「そう。俺さ、あの部屋からお前が出てくんの見ちゃってさ」
「―― はい?」
話の展開が良く解ってない俺。俺と夏瑠があの部屋から出てくるのをセンパイが見た。それで何があるんだろう。
俺はぴんと来なくて、まだ首を傾げる。
「ほら、オレ、チャイニーズにつれてかれちゃったじゃん。あの時。ちょうどお前たちが出かけるの見かけてさ…」
そう言われて、俺はクリスマス前の『センパイ拉致事件』を思い出す。
あの日は昼から出勤で、俺は夏瑠から依頼品の『クリスマスプレゼント』を受け取る代わりに、超お高いランチを奢らされた。
―― 出かける時に、俺と夏瑠を見たって事か…
そこまで考えて、ハッとする俺。
もしかして・・・・・
「オレはてっきり、お前が”彼女”の部屋から出てきたんだって思ったワケ。聖もたぶん一緒だと思うけど。それで――
」
それからセンパイはくすくす笑う。
俺と夏瑠が出かけるところを見た涼センパイは、夏瑠をてっきり俺の『彼女』だと思い込んで、それで…
「もしかして…それが気になって…拉致されちゃった…とか・・・・・?」
「かなぁ?たぶんそうかもね」
センパイはへへっと笑って、くるりと向きを変えると部屋のほうへと歩き出した。
「ヤキモチで仕事ができないなんて、初めてだった」
ふふっと笑ってセンパイは俺を見上げる。
「自分でも笑っちゃった…ホントに惚れてんだなあって」
言われた方の俺は、もう返す言葉がなかった。
「気がついたら、お前が目の前に居て。でもそれが嬉しくて、もうその事なんてすっかり忘れちゃってた。今日まで」
「もしかして―― それで?カフェで帰るって…」
「うん…だって、妹なんて言われなかったら解んないだろ?だからさ…」
もそもそと小声になるセンパイ。それがなんだかすごく可愛くて、思わずぎゅっとしたくなる。
昼間の道でそんなことしたら絶対に嫌われるからしないけど…
照れ気味に半分うつむき加減で隣を歩くセンパイを眺めて、俺は場所もかまわずにやけてしまう。
―― ヤバいなぁ…片付けできないかも・・・・
家に帰って、おとなしく部屋を片付けられるか自信がない。
たぶん、片付けなんてそっちのけで、きっと……
部屋に帰る道を並んで歩きながら、俺の頭の中は不埒な考えでいっぱいになっていった……
+++++++++++++++++ ++ +++++++++++++++++++
「―― コラ!もう…っ…い…ちる!!」
片付けしろ!とセンパイは背中から抱き寄せる俺を引き剥がそうとする。
「んなコト言われてもムリ―― …今日のセンパイ可愛すぎて、も、ガマンできない…」
周りに散らかった荷物の間で俺はそのままセンパイの身体を自分の腕の中へ引き入れた。
案の定、片付けもそこそこに俺の理性は限界に達して、涼センパイしか見えない状態になった。
これでたぶん部屋は明日まで片付かなくて、後できっと怒られるんだろうけどとりあえずそんなのどーでもいい。
「や…もぅ・・・っ…ダメ…」
伸ばした指先が触れたセンパイのそこは、もうすっかり準備ができてた。
俺はそれを確かめると、くすっと笑って耳朶にキスする。
「―― こんなにして―― ホントは欲しかった……?」
意地悪く聞いてみると、センパイは顔を一瞬背けた。でも、すぐに向き直って、溶けそうな声で返事を返してきた。
「あんな場所でキスするんだもん……あれからずっと―― カラダが熱くて……」
身体の向きを変えて俺の首筋を舐めるようにキスしながら、センパイはぎゅっと抱きついてくる。
「…もダメ…はやくぅ……」
自分から腰を揺らめかしながら、センパイはキスして舌を絡ませてくる。俺もそれに応えて、同じようにキスを返す――
「―― んっ…!あ・あ・あ・ぁぁぁん!イ…っ…イイ…ぃっ!!」
胸の先を舌でチロチロと舐めながらそこを指で扱きあげると、センパイは壊れそうに身体を撓らせた。
「や…ダメ!もうイッちゃう!だめぇ…っ出ちゃ…うぅっっ!!」
カクンと落ちるセンパイの身体を抱きとめて、俺はそのままセンパイの一番奥へ指を差し入れる。
少し触れただけですぐに指は馴染んで、くちゅくちゅと淫らな音を立て始めた。
「も、俺も限界…………イイ…?」
「…ん…もぅ…いれて…ぇっ…」
その言葉を聞き終わらないうちに、俺のそこはセンパイの一番奥へ届く。
「はぁぁぁああん!!い…ちるぅ…っ……きもち…いっ!もっとぉっ…あっあっ…ソコ…イイよぉっ…!」
自分からこんな風に乱れるセンパイを久々に見た気がする。
俺はそんなことにも煽られてしまって、おかしくなるくらいにセンパイの身体を貪った。
「…涼―― …」
名前を呼ぶと、センパイはちょっとだけ口元をゆるめて笑って見せた。
「―― すごい可愛い……大好き―― 」
ぎゅうっと抱きしめると、センパイは同じように俺の首に腕をぎゅっと回した。
「ん―― …オレも…だいすき……」
いつ終わるのかと思うくらいに長いキス。
片付いていない部屋のコトも忘れて、俺もセンパイもお互いの身体に溺れていく――
…
「あーあ・・・・・・」
真夜中。
これでもかってくらいに抱き合って、シャワーを浴びて戻った部屋。センパイはポリポリと頭をかいて、そこへぺたんと座る。
「学習能力ねーよなー…オレ達…」
「……ですね・・・・・」
顔を見合わせてハハハと笑うと、どちらからともなく片づけを始める。
「なんか、初めて片付けしたときのコト思い出すなー」
センパイは笑いながら荷物をまとめて片付けていく。
「ああ、ですねぇ…あの時もこうやって2人で片付けしましたね」
「だな…」
ココに来る事になった前の日。俺はあの時思ったことを今更ながらに思い出していた。
あの時は、こんなつもりで自分を好きになってもらおうなんて思ってなかった。ただ、ちょっとでも気にしてくれればいいな、って思ってた。
それが今では、『絶対に離れられない人』になってしまった。
「あの時センパイ、俺の事気にしてました?」
ぼそりと俺が聞くと、センパイはしばらく黙っていた。でも・・・
「―― なってなかったら、一緒に住んでもいいなんて言わねーよ」
そう言って、俺にどん、と本の束を渡した。
「―― だって。お前すっごいオレの好みだったもん」
さらに上に本を積むと、センパイはさっさと部屋を出て行く。
「向こうの和室片付けてくっから。後まとめとけよ」
「―― え!ちょっと待ってよ!センパーーイ」
俺の言葉もむなしく、センパイの背中は消える。
だけど、そんなことよりも……
「―― なんだよ…どっちもどっちじゃん…」
今の今までそれを隠しておくなんて、センパイはホントーに卑怯だ。ズルイ。
でもセンパイだから、許せちゃうんだけど・・・・。
「…ダメだなぁ…またやられた・・・」
自分から聞いたクセに逆告白にやられて、また蕩けていく俺の思考。解っているのに、涼センパイにはやっぱり敵わない。
これが運命なのか、たまたまの偶然なのかは解らない。
だけど、こんな風に好きになれる人に会えたことは、きっとラッキーなことなんだろうな、と思う。
「いちるー。片付いたらこっちに持って来いよ!」
向こうの部屋からセンパイの声がした。
俺は抱えている本を持ち直して、返事を返す。
「はーい。じゃそっちに行きます」
あんな告白をされたら、また『ヤバい妄想』が頭をもたげて来た。
―― あーあ、懲りないな…・・・
部屋の片づけが無事に終わるか心配になりながら、俺は涼センパイの所へと足を向けた。
Thiking_of_You
END
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