少し開いたドアから、一琉のベッドが見えた。その光景を見ただけで身体がズキンと疼く。
そろりと中へ入って、オレは広いベッドにそのままバフっと倒れこんでみた。
―― 一琉の…ニオイがする…
他人の部屋で、こんなコトするのはおかしい。おかしいって解ってるけど、でも…。
■* Chap 18 ： Secret(秘密)
コトンと置かれるコーヒーカップ。
「じゃ、行ってきます。買い物、してきてくれるんですか？」
「ああ、いいぜ。どーせ暇だし」
そう答えて部屋着のままタバコをふーっとふかすオレ。一琉はそれじゃ、と言ってカバンを持ち玄関へ歩く。
パタンと閉まるドアの音。さっきまでの部屋とは全然ちがう雰囲気になるひとりの部屋。
今日は非番で予定も特にない。ごろんとソファに寝転ぶと、その辺にほかってある雑誌を手に取った。
―― そーいや、もうじきクリスマスだな…
最近はクリスマスなんて気にした事なかった。仕事も忙しかったし、もともとそうイベントごとが好きじゃなかったせいもある。
でも今年はそんな訳にも行かなそうだ。今月に入ってから一琉の奴はツリーを買おうだの、ケーキの予約だのと１人で張り切っていた。
『店のクリスマスパーティーがあるだろ。ウチでまでんなことやってられっか』
そう言って、オレは一琉の”クリスマス１００倍楽しもう計画”には全く協力しなかったけれど知らない間にツリーもケーキももうばっちり準備されていた。
『ツリーは時間のあるときにに飾りましょ。ケーキはアヤさんオススメのガトーレンティエで予約しときましたから』
ニコニコ笑って言う一琉に、オレは返す言葉がなかった。あんまり楽しそうにしてるのを見てたら下手に突っ込みも入れられない。
―― でも、まぁいいか
もしゴネたら２人で一琉の好きなイタリアンでも食いに行けばいいやとオレは思ってたけど、家で２人でクリスマスイブも案外いいかもしれない。
「クリスマスの過ごし方BEST２０…？ふんふん…」
開いた雑誌の特集はそんな記事だった。それを読みながら、へー、ふーんと一人で感心する。
パラリとめくると、オマケみたいにオススメのプレゼントなんていうページがあった。
そこに、一琉がいつも気に入って使っている香水が載っていた。香水って言っても、そんなキツイのじゃなくてちょっと甘めのわりといい香り。
オレは香水をつけないけど、その香りは結構好きだったりする。
―― ちょっと、見に行ってみっか…
いつもあれこれしてもらってるから、たまにはご褒美くらいあげてもいいかも。
そんな訳でオレは昼から”プレゼント”を探す為、ショッピングに出かける事にした。
そして午後。買い物を終えてやっと部屋に帰ってきたオレは、ごそごそと買ってきたブツを片付ける。
最後に、ショップを３件回ってやっとゲットした目的の香水を自分の部屋へ持っていく。
「あいつ、よろこぶかなぁ」
嫌がりはしないだろうけどコレをやったら、”こんなものくれなくても、センパイが一番のプレゼントです”とかアホな事を抜かしそうだけどまぁいい。
棚の奥に押し込んだ包みを眺めて、オレは渡したときの一琉の反応をいろいろ想像してみたりする。
片付け終わるとリビングに戻って、そのままソファに転がった。あちこち歩き回ってくたびれたのか、オレは知らない間に眠ってしまった。
+ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ ++ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ +
ハッと気がつくともう夜だった。そんなに時間がたった覚えはないのに、いつの間に？
ふっと目をあげると一琉が隣で座ってて、いつもみたいに笑ってた。
「ヤダって…も…う！一琉…コラ！」
首筋をするりと撫でてくる一琉にオレは中途半端に拒む仕草を見せてみる。だけどそんなのもうすっかりお見通しで、一琉はそれすらも楽しんでるみたいに笑う。
「でも、したいんでしょ？」
「…う…」
ニッコリと笑われると、もう拒む事ができない。
「おいで…」
ホラ、と腕を伸ばす一琉の言うまま、オレは引き寄せられてしまう。
「……ん…っ…」
首筋を指で撫でられて、その後ゆっくりと舌が入ってくる。日に日にそれが深くなっていくのが解っているのに毎晩こんな風になんで許しちゃってるんだろ…。
毎日毎日こうやって一琉がキスしてくれるのをココロのどこかで期待してて、おいで、といわれるのを子犬のように待っている自分がいる。
「…違うコトも…してあげようか…？」
ビクリと反応する身体を楽しみながら、一琉はクスッと笑う。背中から脇を滑ってソコへ届きそうになる手をぎゅっと掴んで抵抗を試みる。
「ダメ…っ…。んなコト、したいなんて言ってない…」
「…ウソつき…。欲しいクセに…」
「違…っ…。…っ…！」
するりとその指が中へ侵入してくる。何されるかわかってるのに、もうダメって言えない…。
「…あ…ぁ…ん……っ…やっ……」
イヤじゃないのにもっとして欲しくてわざと拒むような言葉を零すオレを、一琉は目を細めて笑って見てる。クスッと笑って可愛いと囁かれるとズキンと身体が疼く。
「ココ……？気持ちい…？」
「…は…ぁ！ダメ…ぇ！ソコっ…あ…ぁ！いい…よぉっ…」
…ダメなオレ。なんでこういう事に弱いのかな…
いっつもみたいに、一発ぶん殴っちゃえばそれで終わるのに。なのに。
もう操り人形みたいにされるまま、しかもそれを自分から欲しがって……。ダメなのに、指の動きに合わせてゆるゆると腰が揺れてしまう。
「…そんなにイイ…？…イキそう…？」
「ん！んん…っ！…や…ぁ！ダメ…も…イク…っ！…あぁん！イッちゃ…うよぉ！」
「…いいよ……イクとこ見せて…」
「は…んっ…んぅ…」
さっきよりも激しいキス。そのキスで欲しいって言われてるように思えて、思わず揺らしている腰をそこにぎゅっと押し当ててしまう…。それに応える様に下から突き上げてくる感覚に思わずコエをあげそうになる。
―― 欲しい…のに
服を着てるから、”行為”になってないだけでもうやってる事はそれと変わらない。直接してるよりももどかしくて、どうにかなりそう…。
熱くなっているうなじに唇を這わせて、一琉は甘い声で名前を呼ぶ。
「…涼……っ…すご…イイ…よ…」
…もうダメ……っ…これじゃ…してるのと変わんない……。
ぐいっと形のわかるそれが敏感になっている入り口に当たる度に、泣きそうな声が出てしまう。
「…や…あ…っ…だめぇ…い…ちる…ぅっ…そ…んなに…したらぁ…っ！」
もう限界まで来てる中心を追い立てるように上下する一琉の長い指。奴はオレの声を聞きながら一番気持ちいい所を探り当ててしまう。
そそり立ったソコを激しく攻め立てられて、もうどうしようもなくイヤらしい声を何度もあげる。
「…ふふっ…も…イキそ…？」
―― や…だ！そんなにしたら……！
「いや…っ！あぁぁ！ダメ！もっ…イク！イクっ！イッちゃううぅー！」
頭が真っ白になって、もう何も考えられない…。
上りつめて一気に落ちたはずなのに、音の聞こえるようなキスをされてまた身体が熱くなる。舌先からトロリと零れる銀色の糸が、首筋を伝って胸へ伝ってく。
「……欲しい…？」
前髪をさらりと撫でながら瞼にキスされる。こんな状態でしたくないなんて言える訳ない。
「……イジワル…っ…聞かなくても…解るくせに…っ…」
クスっとわらう一琉の声。
優しく髪を撫でる指とトロケそうになるキス…。ふっと顔を上げると目の前に見える綺麗な瞳。
「……ほし…い…」
聞こえないくらいの小さな声で返事を返すオレに、一琉はふふっと笑って聞き返す。
「…何を…して欲しいの…？」
何を言わせたいのか解ってるけど、そんなの絶対に言いたくない。言いたくないのに…。
「…一琉…ので…して……」
火照ってる顔を見られたくなくて、ぎゅっと抱きついたオレの耳に聞こえる”可愛い”っていう声。
キシっと音を立ててソファのスプリングが身体を跳ねさせる。
塞がれた唇からは、出せない声が吐息になって零れてく…。
「…は…ぁ…っ…あ…イイっ…きもち…ぃよ…ぉ…」
自分の中を行き来する快楽を受け入れて、もっと…とねだるように声をあげる。
そんなオレを見て、一琉は目を細めてゆるく笑う。
「…ん…俺も……気持ちい…」
一琉の濡れた声を聞きながら、きゅっと目を閉じた。
もう、どうなってもいい…。このまま、ずっとこうやって抱かれてたい…
「あ…ぁぁ！も…ダメーーっ！！」
目を開けたら、机の上に散らかった雑誌が見えた。
「…ウソ……夢……？」
―― なんつー夢見てんだオレ…っ…。
よいしょと起き上がって汗でぐっしょり濡れたシャツを脱ぎ捨てて、ソファの上に胡坐をかいてみる。
うっかり転寝してただけなのに、マラソンでもしたみたいに身体がものすごくだるい。
「…う…わ！」
胡坐してる膝の間をみて、オレは自分でもびっくりしてしまった。ガキじゃあるまいし、夢でコーフンなんて恥ずかしくて他人には話せない。
「…重症…っていうのか？…これ」
誰にでもなく独り言をこぼしながら、シャツをランドリーに放りこみに行く。その途中で冷蔵庫に寄り道をし何か飲み物を調達する事にした。
「…」
いつも一琉が気に入って飲んでいるミネラルウォーターが目に付いて、何気なく手にとってみる。
半分飲みかけのそれをぐいっと飲み干すと、口を指でぬぐった。窓の外はまだ明るくて外からは子供の声が聞こえてきてる。
こんな時間にあんなおかしな夢を見るなんて、本当にどうかしてるんじゃないかと思う。
それもこれも、全部一琉のせいだ。毎晩毎晩甘ったるい声が出るようなキスされて時にはペットみたいに遊ばれる。どうしようもなく気持ちよくさせられて、トロケさせられて。
あの細くて長い指で自分のどうしようもない"本当の姿"を暴かれて…。
だけど、いつもそこまで。
してくれるのはそれだけで、一琉は絶対にそれ以上オレにしようとしない。
本当は、最後まで欲しくて仕方ない。夢で見てしまうほど。なのにどうしてそこを飛び越える事ができないんだろう。
それは自分が悪いのか一琉が悪いのかは解らない。どちらかが言ってしまえばきっとその願いは叶うのに、2人とも口に出せない。
「…バカ…っ…」
こんな夢を見せた一琉にムカついて、オレは一人でそんな言葉を吐いた。それからシャツをランドリーに投げ込むと自分の部屋へ歩く。
「…」
少し開いたドアから、一琉のベッドが見えた。その光景を見ただけで身体がズキンと疼く。
そろりと中へ入って、オレは広いベッドにそのままバフっと倒れこんでみた。
―― 一琉の…ニオイがする…
他人の部屋で、こんなコトするのはおかしい。おかしいって解ってるけど、でも…。
するりと滑る指で、限界を迎えている自分を確かめてみる。
「―― や…もう…っ…サイアク…」
嫌になるくらいにあふれた蜜で、中は大変な事になっていた。ちょっと動かしたらもうすぐにイケそう…。
「…ダメ…ガマンできない…」
人のベッドの上で何も着てないカッコで寝そべって、昼間だって言うのに淫靡な行為に耽る。
ホントはそこだけ満足できたらそれでよかったのに、そこが”彼”のベッドの上だと思うとおかしなくらい興奮してしまう。
「…あ…ぁ……や…っ…」
もう押さえが利かなくて、後ろに滑っていく指をとめる事ができない。
柔らかくほぐれたソコへきゅうっと指を差し込んで、１本２本とその本数を増やしてく。
「…ん…んんっ…ふ…ぁ…ぁ」
シーツが…汚れそう…。こんなことしてたのが…一琉にバレる…。頭ではそう思ってるのに、身体はそんなことおかまいなしにもっとと要求してくる。
「あ…あっ…はぅん…ダメ…そん…なにしたら…はぁぁん…！」
あふれた蜜が、手首まで濡らしてる。もうぜったいシーツにも零れてるはず。でも、内緒でここでこんなコトしてるって言う罪悪感が余計に自分を煽ってく。
夢の中で抱かれてた感覚を思い出しながら、オレはその名前を呼んで指を深くへ挿れていく…。
「ダメ！…も！も…ダメ！イク…っ！ん…んっ…いち…るぅ…っ！」
後ろをかき混ぜる指と前を滑る指で身体が麻痺していく。
「は…ぁ！イヤ…っ！あ…あ…っん…も…気持ちい…いっ！…イク！いいっ！イッちゃう！イッちゃうぅぅーー！！」
ビクビクと波打つ身体が、ベッドの上で跳ねる。ヒトリでしてこんなに感じたのは初めてで、もう起き上がれない。
「…う…ん…」
ベッドに寝そべって、気だるく声をあげる。でも、このまま寝てしまうときっと大変なことになる。
なるんだけど、イってしまったあとのふわふわした感覚がなかなか抜けていかない。
「どうしよ…」
溶けた後のアイスみたいになっている身体とは反対に、正常に戻ってきてる思考がこのままじゃまずいと訴えてきてる。まずいのはわかってんだけど…。
オレは自分の疲労具合を確認してから、チッとベッドの脇の時計を睨む。
「…４時…」
今から洗濯して、乾かせば完全犯罪は成立する。こんなコト、絶対に一琉に知られるわけにはいかない。知られたらきっととんでもない事をされるに決まってる。
ちょっと意地悪く笑う一琉の顔をふっと思い出してオレは顔を顰めた。
「…痛て…」
変なカッコしたせいか腰が痛い。ベッドの脇に落ちてる短パンを引っ掛けて、ベッドのシーツをバサっ！と勢い良くひっぺがした。
「よし」
そそくさとシーツを抱えてランドリーへ急ぐ。洗って乾燥するまでに２時間ぐらいだから、多分バレない。
こんなコト、絶対に秘密にしとかなきゃ…。
オレはそう思いながら、座り込んでくるくる回りはじめるランドリーを眺めた。
+＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ ++ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋
夜。オレは何事もなかったように一琉に接して、昼間の秘密を隠し通す事に専念した。
なのにフロからでてきた奴はリビングに入るなり一番聞かれたくない質問をしてきた。
「ねーセンパイ」
「あ？」
「今日、洗濯しました？」
「へ？してねーけど、なんで？」
「そーなんだ…いや、電源が入ってたから。使ったのかなぁって思って」
ふーん、と首を傾げる一琉をちらりと見て、オレは内心ドキドキだった。
洗い終わって乾燥もカンペキにして、ベットに元通りセットし終わったら安心しきって、電源OFFにするのをすっかり忘れていた。
「お前が使って忘れたんじゃねぇの？」
何事もなかったようにそう言って、ソファでビールを飲むオレ。そんなオレの隣に腰掛けて一琉は顔を覗き込んできた。
「…残念だったね。もうちょっとで完全犯罪だったのに」
「…え…？」
フッと笑う一琉の声に、オレはなんて返せばいいのか解らない。残念って、なんでお前の口からその言葉が出るんだ…？
「俺のベッド、使ったでしょ…」
「…はぁ？何でオレがっ…んなコトしてねー…」
「ふーん…そう。でも、センパイしか考えられないもん」
「オレが何したっつーんだよ」
クスッと笑う一琉にふいに肩をつかまれて、身体を引き寄せられる。そのまま噛み付くようなキスをされて、声も出せない。
「…シーツ、柄が反対になってたよ？」
「―― …」
―― しまった―― そうだっけ…
ちゃんと見て戻したつもりだったのに。っていうか、そんな事、いちいち覚えてるなよな、お前はっ…
そう思いながら、オレは小声で言い返した。
「―― お前が―― …全部悪いんだからな…」
「…じゃあご機嫌が直るまで、お相手しましょうかお姫様」
「バカっ…」
怒りながら振り上げた腕を事もなげに掴んで、一琉はいつもみたいにキスしてくる。そのキスが気持ちよくて、自然に瞼が落ちてくる。
夢で見たのと同じように上がっていく身体の熱を感じながら、オレは小さな声で一琉に言ってみた。
「…何してたか…聞かねーのか…？」
「…聞いたって、言わないでしょ」
「…言うワケねーだろ…」
ここで素直に言っちゃえば、きっとなるようになっちゃうのかも知れない。なのに、こんな時に限って”意地っ張りな自分”がでしゃばってきて口から零れそうな言葉を勝手に塞き止めてしまう。
「…意地っ張りなセンパイもかわいくて好き」
耳の奥に残るくらいに色味のある一琉の声。背中を滑っていく指とトロけそうなキスで、身体が甘く溶けていく。
―― このまま―― …してくれればいいのに…
言えない”お願い”を心の中で呟きながらオレは広い背中をきゅっと抱きしめた…。
Secret
END
