「気をつけろよ？」
清人はコーラを飲み干すとニヤリと笑う。
「…あ？何が…？」
「可愛いように見えて意外と凶暴だから。どっかのワンコはさ。噛まれないよーにな」
俺は持っていたカップを思わず落としそうになった。
■* Chap05 ： Meaningfully（意味深）
「じゃ、今日はこっち行くか」
清人はリストをトントンと指で弾いて頷く。
「いいねぇ、ジョシコーセー。捕まえがいがあるって感じじゃん」
「…そーか…？俺苦手…。うっせぇじゃん…」
げんなりした顔で言う俺を見て、清人はカラカラと笑った。
「ちょろいちょろい。奴ら『お金』と『ブランド』に弱いからさー。ちょーっと誘えばすぐついてくるって」
笑う清人を眺めながら、それはお前だからだろ、と言い掛けた俺の横から誰かの声が。
「あ！やられたっ。んだよお前らまた女子高生狙いかよ」
ひょいっとタバコをくわえた涼センパイがリストを覗き込んできた。
「んっとにスキだな」
こっちを見てニヤリと笑うセンパイに向かって、俺は思いっきり不機嫌な顔をして見せた。
「バカ言わないで下さいよ。俺は全然嬉しくないし。あんなウルせーの相手にすんならまだ外国人の売人捕まえてた方がマシですっ」
『ジョシコーセー』。普通のその辺の高校生の女の子なら可愛いで済んじゃうけど、この辺にうじゃうじゃいるコギャルどもはちょっと違う。
援交・ドラッグはあたりまえ。中には後輩とかを呼び出してバイトさせてるのもいる始末。
道行くオトコのほとんどが金に見えるらしく、二言目には『やらせてあげるから』って冗談じゃない。
そんな事を考えながら辟易している俺を見て、涼センパイはフッと笑った。
「一琉って、あんま女に興味ねーの？」
突いていた肘が外れてガタン！と椅子が音を立てる。
「そっ…そんな事はっ」
俺はあわてて首を横に振ってその場を取り繕った。まぁ、オンナノコに興味がない、というのはあながち外れてはいないけど。
だって。俺が好きなのは…。
「―― …センパイはどうなんすか…。女子高生って好きなんですか？」
ちらりと見る俺を、センパイも同じように見返してきた。センパイはしばらく黙っていたけど、ちょっとしてこう答えた。
「―― 好きなわけねぇだろ。コドモじゃん」
―― じゃあ、何が好きなんですか。
と聞きたい所だけど、聞いたって答えてくれる訳ない。っていうか、はぁ？で済まされるに決まってる。
「…ですよねー…。」
リストをひらりとテーブルの上におくと、奥の部屋から聖が眠そうな顔をして出てきた。
「おあよーございますー」
ふああーとあくびしながら机の上のリストをみた聖は、目をきゅーっと大きくした。
「ずるいっ！また一琉センパイ"女子高生お持ち帰りコース”選んでるっ。もーっ先週もじゃないですか」
手にしたオレンジジュースを飲みながら、ぷぅっと頬をふくらます。
「って事はまた僕たちが"ガイジンさんいらっしゃいコース"ですかぁ？」
あーあ、とがっかりした口調でこぼす聖の後ろから、涼センパイは何でもないようにこう言った。
「今日違うぞ。"チャイニーズ北京ダックコース"だから」
「ええ？ウソ！やだーっ。今日定時であがりたいのにぃ」
「上がりてぇならさっさと準備しろ。行くぞ」
「え。あ！涼センパイ待ってくださいよぉ！」
聖はジュースを持ったままスニーカーを引っ掛けて、さっさとドアの外へ出て行く涼センパイの後ろを慌てて追いかけていく。
「いいなー…。チャイニーズかぁ…。おもしろそ…」
"女子高生お持ち帰りコース”は、ドラック所持の学生を捕まえる業務で、"ガイジンさんいらっしゃいコース"は外国人の売人を確保する業務。
そのまんま呼んだんじゃ面白くないからって、涼センパイが呼び名をつけたらしい。
ちなみに、"チャイニーズ北京ダックコース"は、中国系のドラッグ関係事務所に調べを入れる業務。
やれそうならたまに売人とかブローカーとかも確保することもある。やりがいはあるけど時間が掛かるから、きりがつくまでやってるとたいがい残業になってしまう。
清人はそれが嫌らしく、滅多にこっちのコースは選ばない。俺は本当はこっちのがいいんだけど…。
―― …本局にいる頃はそっち系の事務所のガサいれとか、しょっちゅう行ってたっけ…。
最近じゃそんな大掛かりな仕事はなくて、こんな風にジョシコーセーや外国人をちまちまと捕まえてるだけ。
「…帰りてー…」
そうボソリと呟いた瞬間、俺の後ろからさらりとさわやかな風のような声が聞こえた。
「帰りたいってどこへ？」
しゃきっと背を伸ばし、俺は慌てて振り返る。
「や、あの、今日は早く家に帰りたいなーなんて」
ニコニコ笑ってこっちを見ている桐羽センパイは、にこやかな顔でとんでもない事を言う。
「ああそっか。どう？涼の事、ばっちり攻略できそう？」
「き…桐羽センパイそれ、どーゆー意味ですか」
「どういう意味って。そのまんまだよ？一琉クンて、涼の事―― 」
「わーっ！ちょ！ダメです！言わないで下さいっ！」
「なんで？別にいいじゃない。僕は恋愛は個人の自由だと思うよ？たとえ相手がオト…」
そういう事言うなよ…。俺は半泣きの顔で桐羽センパイの両腕をガシッと掴んだ。
「お願いですからっ。そんなに俺いじめて楽しいですか？」
両腕を掴んだまま必死の顔でもう何も言わないでくれと頼む俺を見て、桐羽センパイは楽しそうに笑う。
「楽しいなぁ。だから一琉クン好きだよ。いじめたくなっちゃう」
「…なっちゃうって。いじめてますよ、もう充分」
はーっとため息をつく俺の後ろから、清人の声がした。
「さーて、行くかぁ？」
大学生かというような服に着替えて奥から出てきた清人を見て、俺は呆れてしまう。
「―― …お前…どこ行くの」
「どこって、仕事じゃん、仕事。ドラッグ売買と援交のサークル作ってる女子高生を捕まえに行くんだろ？」
「…捕まえに行くんじゃなくて、ナンパしに行く、の間違いじゃねーの？お前のそのカッコ」
「ま、いいじゃんどっちでも。仕事は楽しくなきゃ意味ないし。一琉は？着替えねーの？」
「着替えなんか持ってきてねー。このまま行く」
「あそ。お前は顔で釣れるから、そのまんまでもいいよな。じゃ、行こうぜ」
―― 顔で釣れるって。意味が解らん。
ウキウキしながら出かける清人の後を、俺は納得できない顔でついて行く。
そんな俺たちを桐羽センパイは笑顔で見送ってくれた。
「一琉クンがんばってね。ハニーのためにも」
―― もう何も答えたくない。
半泣きで俺は店のドアを閉めた。
+ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ ++ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ +
「ルリ？」
援交サークルのリーダーがよく現れるらしいファミレスで、俺と清人はフリードリンクオンリーで張り込んでいた。
まだ現れそうな時間でもないので、２人でたわいのない話をして時間をつぶす。
「何でそんな名前つけたのかってきいたらさ、涼センパイみたいに、美形になりますようにって願掛けで、って。バカだよなぁ」
清人が話しているのは、聖が飼い始めたロングコートチワワの”ルリ”の話だ。
店に来ている常連のお客のウチで生まれた子犬を無理やり押し付けられて、断りきれずに飼う羽目になったらしい。
「聖の奴、その話してセンパイにグーで殴られたんだってよ」
クックックッと肩をゆらして、清人は楽しそうに笑う。
確かに。涼センパイにしてみたら、自分に”ルリ”って名前付けられて、呼ばれてるような感覚なのかもしれない。
「ルリねぇ…。なーんかナマイキな犬になりそうだよな…」
はーっとため息をつく俺を清人はニヤリと笑って見た。
「気をつけろよ？」
「―― …あ？何が…？」
何に気をつけろってんだ。
言っている意味が解らず首を傾げる俺に、清人はイジワルそうな笑いを浮かべてこう言った。
「可愛いように見えて意外と凶暴だから。どっかの"ルリ"はさ。噛まれないよーにな」
俺は持っていたカップを思わず落としそうになった。
何で清人の口からその台詞が出るのか。
「さっき聞いちゃった。お前と桐羽センパイの話。俺もそっかなーって思ってたけど。お前、涼センパイのコト好きなんだろ？」
「違うって。あれは冗談でっ…」
「…顔真っ赤。言い訳しても無駄だぜ？」
ニヤリと笑う清人を見て、俺は口をパクパクさせるしかない。
「で？どうなの？どこまで進んでんの？」
教えて教えて、と言ってくる清人を睨んで、俺はゴホンと咳払いする。
「まだ何にも…。センパイ冷たいし」
まるで、片思いの女の子のような俺の言葉を聞いて、清人は笑いをさらに深くする。
「…そーかそーか…。くくく、これは面白くなりそうだねぇ…。一琉ちゃん頑張ってね？」
「…るっさい！ほっとけ」
カチャン、と音を立てるカップの中で、残り少なくなったコーヒーが揺れる。
―― …ワンコ…ねぇ…。だったら可愛いし、まだ言う事聞いてくれんだけどなぁ…。
センパイを言うとおりにさせるなんて、まだ当分できそうにない。俺は残りのコーヒーをを飲み干すと、長いため息をついた。
「お、来た来た」
背中側から聞こえてくるキャハハハという甲高い笑い声。
ちらりと振り返ると、大きなストラップをぶらぶらと下げたケータイを振り回しながら、今日のターゲットが店内に入ってきたところだった。
見せたいのかと思うような短いスカートをヒラヒラさせて、ジョシコーセーは一番奥の席へ消えていく。
「さてと、行きましょーか」
ウキウキしながら立ち上がる清人を見上げて、俺はやる気のなさそうな返事を返す。
「しょーがねぇなぁ…」
まぁ、これも仕事だから仕方ない。
はーっと長いため息をついて、俺は重い腰を上げるのだった。
+ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ ++ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ +
「ワンコ？」
街路灯の下を歩くセンパイの眉間にシワが寄る。
涼センパイと俺は、帰りにもらったビールを飲みながら部屋へ帰る途中だった。聖が今日も仕事を失敗したという話から、次第にそのペットの話になり、そこから清人に聞いた、『ルリ』の話に…。
俺も言わなきゃいいのに、清人に”涼ワンコには噛まれない様に気をつけろ”といわれたと思わず話してしまった。
「…いや、あの、センパイがワンコだったらって話ですよ」
「はーん…」
ジロリとこっちを見上げる涼センパイ。
「で？お前らは俺をワン公に見たてて、普段は可愛く愛想振りまいてるけどいざとなったら凶暴で手がつけらんねぇハハハって笑ってたって訳か」
その手がグーになってるのを俺はちゃんと確認した。
―― やべぇっ…殴られるっ。
涼センパイは手が早い。口より先に手が出ることもあるくらい早い。
家でしょっちゅう何かを投げつけられたり、足で蹴られたり、後頭部にチョップされたりしている俺は、最近センパイが暴力をふるう前兆を何となく察知できるようになってきていた。
「ち…違いますって。涼センパイはホントに可愛いから、ワンコにしたいくらいだけど、たまに噛み付くかもしれないって話で…」
支離滅裂な言い訳をして、後ずさりする俺。でも、その言い訳がいけなかった。
「可愛いっていうなっていっつも言ってんだろーが！！」
―― しまったぁぁー。そっちか！
可愛い と 小さい は禁句。なんだけど、つい口が滑ってそれを声に出してしまった。しっかり握られたグーが、顔めがけて飛んでくる。
「ひぇぇーー」
でも、恐ろしい勢いで飛んでくるグーは、鼻先寸前で止まった。
「…セ…センパイ？」
グーをしばらく握ったままセンパイはじっと俺を眺めていた。それからふーっと息をつくと、諦めたようにその腕を下ろす。
「止めた。顔に傷がつくと困るから」
まーいっか、とタバコを吸い始めるセンパイを、俺はしばらく口を開けたまま眺めていた。
が、その言葉の意味を確かめたくなって、後ろから聞いてみる。
「俺の顔に傷がつくと、何で困るの？」
「困るだろ。商売道具なんだから」
「それだけ？」
「それだけ。他に何がある」
「…ホントに、仕事だけ？」
腕を伸ばして、その身体を取り込む。そんな俺の行動に、センパイは抵抗もせず、あん？と腕の中で振り返る。
「んだよ。おかしなヤツらだと思われるからやめろって」
「こんな時間、誰も通らないよ。それより質問に答えてよ」
ぎゅうっと抱きしめる俺の腕を掴んで、センパイは言う。
「質問て、何の質問だよ」
「だから、俺の顔に傷がつくと困るのはホントに仕事の為だけ？センパイはどう思ってんの？」
そんな俺の質問に、センパイはしばらく答えなかった。
でも、ちょっと考えてからこう答えた。
「素直に言ったら、お前チョーシに乗るもん。絶対に教えない」
そう言って、いつもの超可愛い笑い顔を俺に見せた。ふっと腕を解くと、ビールをくぴっと飲んでセンパイは足を早める。
「腹減った。早く帰ろーぜ」
すたすた歩き出すその背中を眺めて、俺は答えの意味を考えていた。
―― 素直に言ったら…チョーシに乗る？
それはどう取ったらいいんだろう？
あの可愛い笑顔と、その意味深な台詞にやられ、おかしな妄想が起こってきそうになる。でも、あんまりしつこく聞いて機嫌を損ねるのもイヤなので、それ以上聞くのはやめにした。
「夕飯、何にします？」
「うーん…何でもいーけど…。何があったっけ…」
部屋までもうそんなに距離はない。
俺とセンパイは何でもない会話を交わしながら、いつもの帰り道を歩いた。
Meaningfully
END
