「聖？」
飛び起きた僕は、隣にいた涼センパイをじーっと見た。
「何だよ…。俺の顔なんか変か？」
「…あ…いや…そうじゃなくって……」
あれ？なんだ今の、夢？！
■* Chap０４ ： sixthsense(第六感)
僕は小さい頃、ちょっと変わった子供だと言われていた。
母親が言うには、明日の天気を怖いほど当てたり、誰かに何かが起こる夢を見てよく泣いていたりしていたらしい。
しかも見た夢はたいてい正夢だったりして、家族は僕に変な力があるんじゃないかと心配したそうだ。
今でもそれは変わらなくて、天気はたいてい当たるし、誰かになんか不幸な事とか起こったりするのが何となく解る。
「聖ってさ、予知能力あんじゃねぇの？」
清人センパイは平然とそう言って笑うけど、ほんとにそうなのかな。
それって怖いんだけど。
「やですよ。またそんな事言って。偶然でしょ偶然」
「えーでもさ、この前氷上課長が部長に怒られるって予言も当たったじゃん。しかも雨降りで。それ偶然って言わねぇんじゃね？」
「知りませんよそんなの。テキトーに言ったらたまたまそうなっただけじゃないですか」
ムーっとしながら、コーヒー牛乳のパックにささったストローをくわえて不満そうに言う僕を、清人センパイは面白そうに眺める。
「自分の予知夢とかは見ねぇの？超金持ちになっちゃったーみたいなさ」
「見ませんそんな夢は」
言い切って立ち上がる僕を、はーっとため息を付いてみる清人センパイ。
「夢がないねぇ、お前は」
「ありませんよ。こんな職場でお金持ちなんて、あり得ないでしょ？」
くだらない話をしながら、僕らは今日のターゲットを確認しに事務所に入る。
「解りました。じゃあ、それで」
「おう。タイミングはずすなよ」
「任せといて下さい」
書類を見ながら、涼センパイと一琉センパイが何やら打ち合わせをしていた。僕たちが入ってくるのに気づくと、２人は手際よく書類を分ける。
「今日の分担は決まったから、清人、もう出れるか？」
「あ？ああ、いっけど。早いな」
「ちょい面倒な案件だからさ、早めに出ようぜ」
「わぁった。んじゃ行こか」
清人センパイは一琉センパイに連れられ、さっさと出て行ってしまった。残された俺は、涼センパイから書類を受け取る。
「支度したらすぐ行くぞ。さっさと準備しろ」
涼センパイの目がちょっと真剣なのが気になって、僕は案件を確認した。
『チャイニーズマフィア、リルハロウの捜索とターゲット確保』
―― ひぇぇぇーー。
「ち、ちょっと待ってください涼センパイ。こんなの２人じゃ無理ですって…」
「あ？何言ってんだ。やるっつったらやる。つべこべ云わずに早くしろ」
僕の意見など聞きもせず、涼センパイはロッカーへ行ってしまう。
そう言われても、こんな難しい案件、僕にはとてもこなせそうにない。
…と泣き言を言ったって聞いてくれるような先輩ではないので、僕も仕方なく準備をする事にした…。
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案の定。
捜査は困難を極めて、僕らは"リルハロウ"のボス、ユーフェイとその部下何人かの人たちに囲まれる羽目になった。
何人かは涼センパイの見事な攻撃で、そして１人か２人は僕のへたれな攻撃で何とかなった。
でも。
「―― 聖っ！」
気を抜いてしまった僕は、危うくユーフェイに撃たれそうになった。
僕を突き飛ばしたセンパイを、フェンスから突き落とそうとするユーフェイの腕――
…。
「涼センパイっっ！！」
無我夢中で、僕は涼センパイの腕を掴んだ。普段の僕ではとても支えきれない重さだけれど、そんな事言ってられない。
「いいから離せ！お前までやられちまうだろ！」
下から涼センパイが叫んでる。
「無理ですっ！出来ません！」
半泣きで同じように叫んでいる僕の後頭部に、ゴリッと嫌な感覚が。
「殺るには惜しいな。高く売れそうな坊やじゃないか」
ユーフェイの腕が首をグッと絞めてくる。
「手を離せば命だけは助けてやるぞ？何なら俺のペットにしてやってもいい」
フッと笑う声が、耳元で聞こえる。
「聖に触るんじゃねぇ！このイカれヤローが！」
凄い目でユーフェイを睨みつけている涼センパイ。それを薄笑いを浮かべて眺めるユーフェイ。僕はヘッドロックされたまま、１ミリも動く事ができない。
「いい眺めだなルリサワ。お前には今までいろいろ世話になっているからな、いいものを見せてやろう」
こめかみに押し付けられた筒状のもの。それはチャキっと音を立てて、僕とセンパイを追い立てる。
「ちっくしょう…。ユーフェイてめぇ！覚えてろよ！ ぶっ殺してやる！」
「くくく。ビルの１０階に皮一枚でぶら下がっている奴が何を言う。このボーズを殺っちまえばお前もおしまいだっていうのに、笑わせてくれる」
カチン、と聞こえる何かの外れる音。それは、僕がもうすぐ涼センパイを支えていられなくなる事を知らせている。
「センパイ、ごめんなさい…」
涙をポロポロこぼす僕を、涼センパイは呆れて眺める。
「泣くんじゃねぇよ。こんな時に泣いてどーすんだお前はっ」
いつも僕を叱ってくれるのと同じ顔で、センパイはふぅ、と息をつく。
「…遅ぇな…」
小さく呟くセンパイの声。その意味が僕には解らなかった。
が。
「お待たせ」
ユーフェイの後ろから聞こえた声に、僕は本当に泣いてしまいそうになった。
「清人センパイ！」
「―― ちっ…やっぱりな」
ユーフェイの言葉に僕は目を見張る。
「貴様がこんな失態をするなぞ、珍しいと思っていたらこういう事か。俺をおびき寄せておいて、事務所を潰す気だったとはな」
フン、と鼻で笑うユーフェイに涼センパイはニヤリと笑って返す。
「俺様を誰だと思ってやがる。なめんじゃねぇよ」
「銃を渡しな」
清人センパイはユーフェイの銃を回収すると、後ろ手に手錠を掛ける。
「聖。もーちょっと頑張っとけ。下の事務所の奴らを片付けたら一琉が上がってくっから」
そう言って、清人センパイはユーフェイを連行する。それからまもなく、一琉センパイがのん気に階段を上がってきた。
「おう。いたいた。聖泣きそうだったって、清人が笑ってたけど…あ」
ひょい、と下を覗いて、一琉センパイはニヤッと笑う。
「こんなとこにいたんだ」
ぶら下がってる涼センパイを見て、一琉センパイは余裕の表情で笑う。一方涼センパイは目をキッと吊り上げてこう言った。
「…遅っせぇよ。何してやがった」
「…冷たいなぁ。せっかく助けに来たっていうのにその態度はないでしょ」
フェンスからよいしょ、と身体を乗り出して、一琉センパイは涼センパイの腕を掴んだ。
「もういいぞ。腕疲れたろ」
一琉センパイは僕に手を離すようにいうと、ニコッと笑う。
「落としちゃえば良かったのに。涼センパイの事だから、足の骨くらいで済んじゃうよ。きっと」
―― この状況で、その発言はどーなの…。
今まで必死に涼センパイを支えていた僕は何だったんだろう？
「一琉！てめぇ！早く引き上げろっっ！」
「えー…。どうしようかなぁ…。…涼センパイが、俺のいう事なんでも聞いてくれたら、上げてあげてもいいんだけどねー」
「アホかお前はっっ！今そういう話するとこじゃねーだろ！！」
「そう？」
「そう？じゃねーっ！早くしろ！」
「仕方ないなぁ…」
ぐいっと引き上げられる涼センパイの身体。一琉センパイはこともなげに涼センパイを上まで引き上げると、そのままお姫様抱っこしてしまう。
「降ろせ」
「何で？嬉しくない？助けてもらって」
「嬉しくねぇ。お前に助けてもらうくらいなら、落ちた方がマシだった」
「可愛くない。もっと喜んでくれたっていいじゃん」
「アホ。どーでもいいから降ろせ。うっとーしい！」
涼センパイはグーで一琉センパイのほっぺたをぎゅーっと押した。一琉センパイはイジワルに笑って、そんな涼センパイを見てる。
―― …何か…ヘンなの…。でも、まーいいか…。
２人の雰囲気に妙なものを感じながら、僕は助かった安堵感からヘナヘナとそこへ座り込む。
安心したら、今までの緊張感から疲れが一気に出たのか、なんだか頭がクルクル回る。
「―― 聖―― ！」
そんな声が聞こえたかどうか…。解らないまま、僕は気を失ってしまった。
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―― あれ？
いつの間にか店に戻ってきてたようで、いつもの天井が見えている。
「…ん？」
休憩室の奥の小座敷に寝かされていた僕は、閉められていた障子を開けようとした。
そしたら。
「―― …ん…も…ダメって…」
「…いいじゃん…誰も来ないよ」
「…イヤ…だ…。ちょ…っ…。―― あ…っ！」
「…ふふ…欲しいクセに…」
―― なんなのこの状況。
障子をちょびっとだけ開けたら、そこに見えたのは…。
涼センパイ…なんだけど…。
―― ええ？！何で？？？っていうか！僕ここにいるし！それは困るんですけどーーーー！
聞いた事の無いような甘い声をこぼしながら相手にすがりつく涼センパイを、僕はびっくり目で眺める。
びっくりしてるのはそれだけじゃない。
だって。だって。
そういう事なのーーー？？
パチン！と閉めた障子の前で、僕は耳を塞いで目を瞑る。
―― ―― 別に故意に覗いて、いや、盗み聞き、じゃないけど、してるわけじゃないんです――
！
誰に向かってしてるのか解らない言い訳を一生懸命しながら、僕は身体を丸めた。
そして、いつの間にかまた眠ってしまったようだった。
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「わーーっ！ごめんなさいっっ！わざとじゃないんですーーー！」
ガバっと起きたそこは、店のソファの上だった。
「聖？」
飛び起きた僕は、隣にいた涼センパイをじーっと見た。
「何だよ…。俺の顔なんか変か？」
「…あ…いや…そうじゃなくって……」
あれ？なんだ今の、夢？！
「おまえ、気ぃ抜けて失神したんだぜ。しょーがねぇから、朝浪さんに迎えにきてもらってよ」
「あ…ああ、そうだったんですか…。すみませんでした」
ソファに正座して三つ指ついて、お辞儀をしながら謝る僕を涼センパイは首をかしげて眺める。
「…お前、さっき飛び起きた時も謝ってたぞ？」
「へ…」
「ごめんなさい、わざとじゃないんですって」
「あっ。いや、何でもないんですよ。なんかヘンな夢みてたのかなーー」
何だお前は、という顔でじーっと見てくる涼センパイから目をそらしながら、僕はふーっと息をつく。
―― …あーあ…。なんであんな変な夢見たんだろ……？
涼センパイが…休憩室で…あんなコトしてる夢なんて。…しかも相手が……。
「あ、聖が復活してる」
コーヒー牛乳を持ってやってきたのは一琉センパイだった。
「ホレ」
冷蔵庫に入っていた僕の飲みかけのヤツを持ってきてくれたらしい。それを受け取りながら、その顔を見上げた。
―― …一琉センパイ…と涼センパイ…って。まさか…。
２人を見比べて、僕はコーヒー牛乳をちゅーっと吸った。
真剣な顔で２人の様子を見ているが、２人には僕が真剣にコーヒー牛乳を吸っているとしか見えないだろう。それが可笑しかったのか、２人はくくく、とかみ殺したように笑っている。
―― 笑ってる場合じゃないのに。僕があんな夢を見たってことはさぁ…。
別に自分の予知能力に自信がある訳じゃないけど、外れた事はないから多分さっき見た夢もただの夢じゃないと思う。
でも、それが予知夢だとしたら”あれ”は実際に起こるコト、なワケで。
涼センパイが一琉センパイに―― ……
されちゃいけない事をされちゃうわけだ。
うーむ…。
ずずーっとストローが音を立てる。
「ああ、なくなっちゃった。オレンジジュースもあるけど、飲むか？」
一琉センパイは何も知らずに僕にそう聞いてくる。僕はストローをくわえたまま、うんうんと頷いて見せた。
「よし。じゃ、持ってきてやるから」
待ってな、と一琉センパイは隣の部屋へ行ってしまう。
「さーてと、今日は店も休みだし、俺帰るわ。お前も元気んなったし」
後は一琉に遊んでもらえ、と涼センパイは僕の頭を撫でる。
「はい。お疲れ様でした」
「おう。んじゃな」
裏口から出て行く涼センパイと入れ替わりに、一琉センパイが戻ってきた。
「あれ、涼センパイは？」
「帰っちゃいましたよ。今」
「ええ？そうなんだ。んだよ、言ってくれりゃ一緒に帰んのに」
裏口の方を眺めながらムーッとしている一琉センパイに、僕は思い切って衝撃的な質問をぶつけてみた。
「一琉センパイって、涼センパイのこと、好きなんですか？」
「―― え…」
あっけに取られた顔をして、僕を見る一琉センパイ。でもその顔で、それが間違っていないと解ってしまう。
「…さぁ…どうなんだろーな…？」
ごまかしながらオレンジジュースを渡してくれる一琉センパイに、僕は”お告げ”をする事にした。
「夢見ちゃいました。２人の」
がし！っと肩を掴む一琉センパイ。目が、ものすごいマジだ。
「どうだった？！どんな夢？」
―― 教えてあげてもいいんだけどなぁ…。でもなー…。
そのまんま教えてあげたんじゃ２人もつまらないだろうと思い、僕はちょこっと脚色をしてみる。
「…涼センパイが、泣いてました」
「はぁ？！」
ウソは言ってない。
涼センパイは、たしかに涙は見せてたよ？状況は……だけど。
うーっと唸る一琉センパイを見てたら笑えてきた。
―― これは、おもしろい事になりそう？
僕は上機嫌でオレンジジュースを飲みながら、一琉センパイを眺めていたのだった。
sixthsense.
END
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