よしよしと頭を撫でる一琉にきゅっとくっついた彼女はちょっと背伸びをして、それから――

ちゅっと一琉の頬に触れる彼女の唇。
何の事はないほっぺにチューなのに、それを見た瞬間胸の中がグルグル渦を巻き始める。
オレは自分でも気づかないうちに持っていたタバコをギュッとつぶしてしまっていた。


　■*　　Chap　16　：　　 Lovefortune （恋愛運） 　　



「あ、それルネ緋月じゃないですか」
オレがぼんやりと眺めていた雑誌を覗き込んで、聖はキュッと目を大きくする。
「絶対当たるって最近売れてる占い師ですよ」
「ふーん…お前良く知ってんな」
「それが聞いてくださいよ。この人、清人センパイのお友達らしいんですよ。なんか、飲み友達だとか言ってましたよ」
「香流は変わった知り合いが多いなー…あいつTVのプロデューサーとかにも連れがいるって言ってなかったっけ？」
「そうそう。一体ドコで作ってくるんだか」
しょうのない人ですよと呟きながら、聖はどれどれとオレが見ていた雑誌を手に取った。
「今月の恋愛運乙女座は…今月の告白は成功率９０％…って言われても相手がいないけど」
ふんふんと頷いて、聖は続きをめくる。オレはコーヒーを飲みながら、そんな聖を眺める。
「涼センパイは水瓶座でしたよね、えーと…」
読みながら聖は眉間にきゅっとシワを寄せた。よほど良くないことが書かれていたのか、しばらく声には出さなかった。
「…恋人の浮気に注意、ですって」
そう言ってチラッとオレを見上げる。いや、別に占いだし、気にしてねー…けど。そう思いながらふーん、と相槌を打つオレの機嫌を見ながら聖は次を読む。
「一琉センパイは蟹座でぇ…お？…」
うーむ、と唸りながら文面をじーっと眺めて、聖はまたオレをチラッとみた。どうもまた聖的に良くない事が書いてあるようだ。
「…どーしたよ…一琉の占いなんだって？」
「えー…と、思わぬ告白に注意、揉め事に発展の可能性あり…だそうです…」
「…」
その占いにどうコメントしていいのか考えてしまうオレ。というより、ものすごい単純なありがちな占いでホントに当たってんのか？と思ってしまう。
「あ、じゃあ清人センパイ見てみます。えー、獅子座。気に入った相手から告白されるかもしれません、ってか。でもそんな事しょっちゅうだし…これ当たってないですよね？」
「…さぁな？」
コーヒーについていた豆をポリポリ食べる俺をじーっと見上げて、聖は泣きそうな顔をした。
「だって一琉センパイは浮気なんかするタイプじゃないですよ」
「いや、オレにわざわざ言うなよ。っていうか、お前誤解してるぞ」
顔色を変えずにそうやって答えるオレに聖は思い切って聞いてきた。
「えーっ…でももし一琉センパイが彼女作ったらどうすんですか…」
「え……」
豆を運ぶ手を止めて、オレは考え込んでしまう。
一琉が誰かと付き合うなんてそんな事、考えたこともなかった。だけど、絶対ないとは言い切れない…かも知れない。
押しには弱いし、頼まれると嫌って言えない性格だし。しかも何だかんだ言って奴はとても聞き上手なようで、しょっちゅういろんなお客の”相談”に乗ってやってるらしい。
「セ…センパイ……？」
豆の袋を持ったまましょうもない心配を始めるオレ。聖はそんなオレを不安そうに眺める。
「―― バッカ。占いなんていい事だけ信じときゃいいって言うじゃねーか」
平然と言い放ってコーヒーを飲み終わると、オレは席から立ち上がった。でもそれは言葉だけで、本当はちょっと不安だったりする。

「よし、そろそろ行くか」
今日のターゲットがそろそろいつものポイントに来る時間だ。聖も店の時計を見ると、そうですねと頷く。
さっさと仕事を片付けるように見せかけて、オレは内心穏やかじゃなかった。いくら占いとはいえ、自分は浮気に注意といわれ、しかも一琉が思わぬ告白をされるなんて言われたらさすがに気にせずにはいられない。
「手っ取り早く片付けて戻るぞ」
別に心配なんかしてない…。してないけど、目の前にいないと何だか心配になる。
そわそわと上の空の態度をちょっと面白そうに見ている聖を連れ、オレは現場に向かうのだった。


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嫌な予感っていうのはやっぱり当たるものらしい。というよりも、あの占いはやっぱり”絶対当たる”占いなのかもしれない。
夜、店のカウンターで桐羽に頼まれた雑用をしていたオレはちらりと一琉の居るテーブルを見た。
そこには最近ほとんど毎日顔を出している一琉の常連客が来ていた。年は聖くらいでちょっとお嬢様系の女子大生のような雰囲気だ。
『好きな人がいるらしくって、どうやって告白したらいいか相談されてるんですよー』なんて一琉はのん気に抜かしていたが、２人の様子をみているとどう考えてもその相手は一琉本人じゃないかと思えるような熱心さだ。
オレは雑用の書類に目をやりつつ、２人の様子をちらちらと観察した。昼間の占いが気になって、見ないようにしようと思ってもつい目線がそっちへ行ってしまう。

「あのコ、一琉にべた惚れなんですよ」
お客のお見送りが済んだ香流がやってきて、オレの隣に座る。奴はタバコの箱を取り出してふたをパカパカしながら話を続ける。
「香奈ちゃんっていうんですけど。けっこう可愛くありません？」
「あー…だな…大学生か？」
「ええ、女子大生兼起業家らしいですよ。Web系で会社経営してるって言ってましたから」
「ほー…いまどきの女子大生は余裕あんなぁ。俺たちより金持ちってことか」
「そりゃそうでしょう。ここには友達の紹介で来たって言ってました」
「…やけに詳しいな…お前」
不審そうに見るオレの顔を見て、香流ははーっとため息をつく。
「っていうか、先についたのは俺なのに、一琉に取られちゃったんですよ。たまたま俺の居ないときに香奈ちゃんが来て、それで一琉が相手したらもーすっごくアイツのこと気に入っちゃって。”一琉さんになら何でも話せる”なーんていわれちゃってぇー。ショックです」
もう一度大きなため息をつくと香流はよいしょ、と腰を上げる。
「一琉ってけっこうモテるんですよ。昔っから。なにしろあの顔であの性格ですからねー」
そう言って、香流は俺をチラッと見た。それでオレがどんな反応をするのか見ようと思ったらしい。が、オレは期待には応えずふーんと一言返しただけ。
「さて、もう一仕事してこよーっと」
そんなオレの態度がつまらなかったのか、香流はそう言ってまた店に戻っていく。その姿を見送っていたら同じタイミングで一琉とお嬢な女子大生が席を立った。
２人は何だかんだと話しながら、入り口へ歩いていく。俺はその様子を視界に入れながら書類を見るフリをしていた。

―― ちょっとくっつき過ぎだろっ…
ものすごく嬉しそうに一琉にくっつく彼女を見ていたら、何だか腹が立ってしまいオレは店からオフィスへ出て行く。
つまらない事でイライラしていても仕方ないので、気分でも変えようとタバコを持って裏口から外へ出た。
そしたら……

「―― ありがと！一琉さん大好き！」
そのセリフににオレは思わず動きが止まってしまった。吸おうと思って出したタバコを持ったままちょっと覗いてみると、店の影で一琉とさっきのお嬢が話をしていた。
お嬢は一琉に抱きついて、めちゃ上機嫌だ。そんな彼女に奴は笑いながらこう言った。
「金曜日だからね。忘れずにちゃんと来なよ」
「うん！絶対来る！」
よしよしと頭を撫でる一琉にきゅっとくっついた彼女はちょっと背伸びをして、それから――

ちゅっと一琉の頬に触れる彼女の唇。何の事はないほっぺにチューなのに、それを見た瞬間胸の中がグルグル渦を巻き始める。
オレは自分でも気づかないうちに持っていたタバコをギュッとつぶしてしまっていた。
楽しそうに話す２人を見ていられなくなって、オレはまた中へ戻る。

―― ふっざけんなよ！バカ一琉っっ！
タバコの煙を思いっきり吐いて、天井を見上げる。すっごくムカついているのに泣きたくなって、どうしたらいいか解らない。
ヤキモチなんてガラじゃない。たかがキスくらいでいちいちギャーギャー言うなんてバカバカしい。自分に必死に言い聞かせながら、箱から新しいタバコを出して吸う。
結局そのまま店には出られず、オレは帰るまで休憩室でムカムカし続けたのだった。




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