■*　　Chap　15　：　　 Kiss(キス） 　　
<<　戻る


「―― え…センパ…イ…？」
首に腕を回すと、ふわりと涼センパイは膝の上に乗る。チロリと舐めるように、小さな舌が俺の下唇に触れた。
「…ん…」
ゆっくりそこを合わせながらお互いの体温を確かめるように舌を絡ませる。軽く唇を合わせたり深く重ねたりをしばらく繰り返しながら、俺はセンパイの身体を抱き寄せた。
甘すぎるキスにちょっとクラクラしながら少し目を開けると、センパイはふっとキスを止めて俺に聞いてきた。
「―― 妬ける？」
「…え…？」
「オレと有村がキスした事―― …」
そう聞きながら、またキスしてくる涼センパイ。俺はそのキスに応えながら、質問の答えを返した。
「妬けるよ…んなの当たり前じゃん…」
俺の知らない所で、しかも人前でキスされるなんて妬けるし腹が立つ。
「だって涼センパイは、今は俺の―― …」
そこまで言って、言葉に詰まる。
ホントにそうなのか？センパイはそんな風に思ってくれてるか確認なんかした事ないのに。
「…俺の―― なに？」
クスッと笑って頬にキスしながら、センパイは困っている俺の顔を見上げて面白そうに笑った。俺はそんなセンパイに何も言えず、黙り込んでしまう。
「…こんなに、ドキドキしないんだよね…」
「…はい…？」
ちょっと甘えたようなセンパイの声。言葉の意味がすぐに解らなかった俺は、しばらく首をかしげていた。
「人前で有村にキスされたのに、全然ドキドキしなかった。でも、こうやって２人きりで一琉とキスしてると、すっごくドキドキする…」
センパイがしてくる甘いキスで、全身麻酔を受けたみたいに身体中が麻痺していく。そんな事言われて、こんなキスされたらもう言わずにいれなかった。

「俺のものになってよ…センパイ…」
「―― なって欲しいの…？」
「欲しいよ…解ってるクセに…」
「…ふふ…」
すぐに全部じゃなくてもいい。でも、俺だけのものになって欲しい。そうしないと、何処かへ行ってしまいそうで不安で仕方がない。
「…どうしようかなぁ…？」
からかうようなセンパイの声。さっきまであんなに泣きそうな顔して甘えてたクセにっ…
そういう所がずるい。自分だけ俺の気持ちを確かめて、俺には気持ちを確かめさせてくれない。面白がってるのか試してるのか解らないけど、何だかすっごく焦らされてるような気がする。
「もっとドキドキさせてくれたら、なってあげてもいいよ」
「もっとって…どのくらい」
「さぁ、どのくらいなのかなー？自分で試してみれば？」
「もーっ…またそんな事言う……」
お得意のはぐらかしでセンパイはまた俺からヒラリと逃げた。完全に捕まえるにはまだ相当時間が掛かるみたいだ。
捕まらない蝶々みたいなセンパイを繋ぎ止めておく為に、その唇を塞ぐ。
「…ぁ…ふ…一…琉っ…ん…ぁ……」
音が聞こえるくらいにキスをしながら、シャツの隙間から指を滑らせて感じるトコロを弄んでみる。
「…ん…んぅ…気持ち…ぃ…」

こんな風に快楽を楽しんでいても、本当はまだ全然心も身体も繋がっていないのかもしれない。だとしたら、本当のセンパイの気持ちはどこにあるんだろう…
そんな事を考えながら、俺は小さな身体を抱きしめるのだった。


+　＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋　+


「…パイ、一琉センパイ？聞いてます？！」
ハッと顔をあげると、目の前に聖が立っていた。
「頼まれてた捜査資料、持ってきましたよ。はい」
そう言って、聖は俺の前に何冊かファイルを置いた。俺はああ、と返事を返すと、おもむろにそれを手にとってパラパラとめくる。
聖はファイルを眺めている俺の前に座ると、両肘を突いてこっちを覗き込んできた。
「―― センパイ、どうせまた涼センパイのコト考えてるんでしょー」
「あ？…んな訳ないだろ、考えてねー…」
「ウソつきー。さっきからはーってため息ばっかりついて。それに、逆さまですよ。ファイル」
「―― あ…」
頭の中は別な事を考えていて全然ファイルの内容なんか見てなかった。俺はコホン、と咳払いをすると慌ててファイルをひっくり返す。
「そんな心配しなくっても、大丈夫だと思うけどなぁー」
聖は他人事みたいにのん気な声を出す。俺はそんな後輩に言い返した。
「子供には解んねーよ。オトナにはいろんな事情ってモンがあるんだから」
「ふーん…でも朝から晩まで一緒に居るんだし、しかも同居してるんだから何も困る事ないじゃないですか」
「一緒に居るからいいって訳じゃないの。気持ちの問題なんだからさ」
俺ははーっとまたため息をつき、手元にあった缶コーヒーを飲む。
「あーあ…人の心が読める方法とかってないのかな…」
聖はそんな事をこぼす俺をいつもの様に冷静に見た。
「あるわけないじゃないですか」
そう言ってから、しばらく考えてこう付け加えた。
「でも、大丈夫だと思いますよ？ホントに。だって…」
「だって？」
聖はそれを言おうかどうか、ちょっと迷ってるようだ。しばらく考えて、ふむ、と納得したようにこっちを見る。
「悲しいから泣くとは限らないじゃないですか」
「はぁ？」
俺はしばらくその言葉の意味が解らなかった。が、それが聖が見た”夢”の話だと気がつき、真剣になって奴に向き直った。
「でも泣いてたんだよな」
「はい。もー涙ポロポロでしたよ？」
「…なぁ、何か食いたいもんある？」
「ふふふ、ダメですよ。僕は買収には引っかかりません」
「んだよケチっ！教えろよ」
「ダメでーす。だって、先の事が解っちゃったらつまらないでしょ？ホラ、恋は駆け引きも楽しいって言うし」
聖は自慢げにフフンと笑うと、こう言った。
「じゃあもうちょっとだけサービスしときます。状況的には一琉センパイが有利な状況でした。これでどうですか？」
「―― はぁ？」
俺が有利な状況で、涼センパイが悲しくないのに泣いてる？？
一体どういう状況なのかさっぱり解らない。目の前でにんまり笑っている聖をじーっと眺めて、俺はコーヒーを一口飲んだ。
「お前さ…ちょっと面白がってない？」
「えへへーそう見えます？」
「見える。どっから見ても」
「だって、一琉センパイは真剣に悩んでるし涼センパイは―― 」
聖は言いかけた言葉をハッとして止めた。
「…何だよ」
っていうか、そのリアクション気になるし。ちょっと困った顔をしてまわりをキョロキョロ見回すと、聖は小声でこう言った。
「涼センパイ、最近なんか色っぽくなってる…って清人センパイが…」
「―― 」
俺はその言葉に返事が返せない。その原因は明らかに…俺…だよなぁ…？
別の理由だったらそれはそれで困るけど。

「涼センパイって、意外と絆されちゃうタイプなんですね…」
うーむ、と真剣な顔をして聖は腕組みをする。
「…あの涼センパイが…あんなになっちゃうなんて―― 」
「あんなになっちゃう？」
聖のその言葉に、俺はピクリと反応する。”あんなになる”ってどういう事だ？
「あ！いやいやいやいや！何でもないんですよー。何か聞こえましたぁ？」
「…んだよ、そのごまかし方はっ。そこまで言ったなら教えてくれてもいーだろーが」
「イヤでーす」
さー仕事しよっと、と話をはぐらかして聖は俺の前から姿を消す。

残された俺は缶コーヒーを飲み干すと、ふっと小さくため息をついてみる。
―― まぁ…気長に行くか…
今のところ他の誰かに取られる心配はないし、”もっとドキドキさせる”ように頑張れば案外ほろりと落ちてくれるかもしれない。
センパイがしてきた甘いキスを思い出しながら、俺はまたファイルをパラパラとめくり始めた。



Kiss

END