別にヤキモチとかそんなんじゃない。
なんて、さらっと言えたのはもう昔の事。
好きになればなるほど、些細な事に苛々してしまう。
コレだから嫌なんだ。
だから恋愛なんて。
そう思うのに、やめられない。
■ 番外編【後編】 ： Truth ‐トゥルース‐
「うーん……」
俺の腕に袖を通しながら、聖はさっきから何回も同じことを繰り返す。
「こっちもいいけど、でもこっちのが…」
着物が店のように広げられた聖の部屋で、俺は着せ替え人形状態になっていた。
「センパイは？どっちの色が好きですか？」
「―― どっちて…俺にはこういうのよーわからんけど…」
似合う基準がどういう風なのかよく解らないので、どれがいいかと言われても答えられない。
でも、どれでもいい、じゃ絶対にご機嫌ナナメになるに決まってる。
そう考えた俺はとりあえず周りを見回し、自分が一番好みっぽい紫色系のを指差してみる。
「やっぱりコレですよねぇー。僕もそう思ったんですけど」
聖はそう言って、俺の両腕にその着物の袖を通した。
「うん。これでいいかも。じゃあ着ましょうか」
聖はそう言って、俺に着物を着せる準備を始めた。
ほどなくして着付けも済み、着替え終わった俺を座らせて聖は手際よく自分も着替える。
さすがに高校まではしょっちゅう着てたってだけあって、着替えはあっというまに終わった。
「どうです？結構サマになってるでしょ？」
自分の着物姿をくるりと回って見せ、聖はエヘンと笑ってみせた。
―― ていうか…
目の前で俺の襟を整えている聖を眺めながら、俺の頭の中ではモヤモヤとした妄想が広がっていく。
いつも見てるカッコじゃないからか、それとも…
―― でも今触ったら、絶対殴られるよなー
もうすぐお茶会も始まるし、ここで襲ったりしたらもう一生触らせてもらえないかもしれない。
俺はそんな事を思いながら、聖をぼんやり眺めていた。
そしたら…
「聖、そろそろ始まるから。お前も一緒に来い」
部屋のドアが開く音がして、そこからイケメン義兄さんの声が聞こえてくる。まるで俺の妄想まで見越して監視してるみたいだ。
呼ばれた方の聖は驚いたように俺の肩の向こうを見た。
「あ、え？僕も？」
きょとんとしている聖を細い目で見て、イケメン義兄さんはふう、と息をつく。
「お前はこの家の一人息子なんだぞ？お客さん気分でどうする」
「でも…僕は別に…」
そういいながら聖は俺の方を遠慮がちに見上げた。
「香流さんの事は美里に言ってあるから心配するな。親父さんも会の前に顔を見せろと言っていたし。早く来い」
どうしようか考えている聖から視線を移すと、イケメン義兄と目が合った。
―― 何だよ…俺が悪いのか？
そんなはすはないが、合った視線がバチっと音を立てた気がして、俺は何だか嫌な気分になる。
なんでこんな場所で、しかも義理の兄にそんな目で見られなきゃならないのか。
そりゃあ『人に話せない関係』なのは確かだけど、それで別に迷惑掛けてるわけでもない。にも関わらず、力いっぱい敵対視されてるのは何でなのか。
「じゃあ…センパイ、また後で・・・」
聖はちょっと申し訳なさそうに俺を見上げてそう言った。言われた方の俺はうんと頷くしかない。
強引に聖が義兄に連れ去られ、ぽつんと残された部屋。
「…てか、あの構い方はおかしいだろ」
誰も居なくなった部屋で、ぼそっとこぼす俺。いくら義兄とはいえ、あーだこーだと聖に口出し過ぎと感じるのは気のせいか。
それがヤキモチとか嫉妬って言う、そういう類の感情だと認めたくない自分が心のどっかにいて、俺はムリヤリあの兄さんに『サイテー義兄』のレッテルを貼ってみたりする。
「あの…香流さん…？」
その声が聞こえて俺はハッと我に返る。振り返ると、そこに不思議そうな顔をした聖の姉さんが立っていた。
「あ…すいません。俺ぼーっとしてて」
慌てて誤魔化し笑いをしてみせる俺を見て、姉さんは小さく笑う。
「何回かお呼びしたんですけど、お返事がなかったもので…どうかされました？」
「ああ、いや…あの何でもないです」
ご主人は義理の弟に何か特別な思い入れでもあるんですか？なんて聞けるはずもなく、俺はさらに空笑いをしてみせる。
「お茶会の場所へご案内しますわ。どうぞこちらへ」
姉さんに連れられ、俺は今日の目的の『お茶会』の部屋へ案内してもらう。
その部屋まで歩く途中、姉さんは俺を見上げてこう言った。
「ごめんなさいね、せっかく聖と一緒に来ていただいたのに案内もさせないで…あの人ったら…」
「―― え？」
あの人ったら、の意味が解らない俺は首を傾げて聞き返した。姉さんは少し困った顔を見せて、俺に言う。
「伊織さんは聖にやたら入れ込んでて…いままで弟がいなかったから可愛いのは解るんですけど、それにしても…ねぇ」
くすりと笑うと、彼女は続けた。
「私よりも聖の方が大事にされてるみたいで、何だかちょっと複雑になってしまいますわ」
のほほんとしながらそんな事を話す姉さんを眺めながら、俺は自分に対する義兄さんのあの態度が気のせいじゃないと確信する。
あきらかに義兄さんにとって聖が『超お気に入り』なのは間違いない。
それにしても可愛がり過ぎだろ、とか思いながら俺は姉さんの話を続けて聞く。
「最近は聖があんまり帰ってこなくなったものですから、時々電話して帰ってくるように言ったりしてて…実の姉弟の私はそんな電話掛けた事もないんですけどね」
―― そこまで…？
かなりのご執心ぶりに俺はちょっと腰が引けてしまう。それじゃ義兄通り越してまるで母親状態だ。
「じゃあ、いつもあんな感じで？」
「ええ。聖が帰ってくると、もうべったりです。聖は伊織さんが怖いみたいで、ちょっと逃げ腰ですけど」
「怖い？」
「高校生の時は、伊織さんによく叱られてましたから。聖は私に似てのんびり屋なので」
姉さんは着物の袖で口元を隠すとうふふと笑う。
「お茶を立てた茶碗をひっくり返したり、着物の裾を踏んで転んだりして…その度に伊織さんに怒られて」
「はぁ…」
俺はその話を聞きながら、店でいろいろやらかしては涼センパイに叱られている聖を思い出したりする。
昔から、そういう所は全然変わっていないらしい。
「さ、どうぞ」
ちょうど区切りよく目的の部屋についたようで、姉さんは俺を先にやらせるとすっと戸を引く。
開いた戸の向こうの部屋には、ずらりと並んだ着物姿の女性。そして部屋の奥の方に義兄と聖の姿。
「そちらにお席を用意しましたから、どうぞ」
並んだ女性たちの一番端に俺用に準備されたらしき場所があった。
「お呼びしておいてこんな場所で、申し訳ありません」
姉さんはそう俺に謝ると頭を下げる。でも俺的には『茶道』自体全く初めてで、むしろこの通路から見せてもらうぐらいでも良かったのに、謝られると何だか逆に申し訳ない。
「いや、平気ですんで…お構いなく…」
俺はそう断ってその場所へ座ると、聖とイケメン義兄を遠くから眺めた。
お茶会は静かに始まりそつなく進行する。
イケメン義兄は茶を立てる仕草もバッチリ決まっていて、ファン兼生徒さんたちはそれに釘付けだ。
俺はそれを横目に、義兄の横に妻のように座らされている聖をじっと眺めていた。聖は義兄さんに何か言われたのか、あまり俺の方は見ず、義兄さんの手元をずっと見ている。
おおかた『遊びに来ているんじゃないんだから、しっかり見て勉強しろ』とでも言われたのだろう。
生徒さんたちが頂いたあと、俺も立てられた茶を頂く事にする。
茶を頂くという事なんぞまったくもってした事がない俺は、事前に聖に教えられた情報を参考に茶碗を取る。見よう見真似で一通りの動作を終え、お約束の御礼を述べた。
俺の番が終わり、終わりの合図らしき雰囲気が流れ、その後生徒さんたちも談笑し始める。
イケメン義兄は道具を手に取りながら聖になにやら話をしていて、聖はそんな義兄さんの話を真剣に聞いているようだ。
俺はその場にいるのもどうかと思い、席を離れて聖の部屋へ戻る事にした。
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「ふーーー…」
部屋に戻ると襟を緩めて傍のベッドに腰を下ろした。
そんな長い時間着たわけでもないが、着慣れていない着物はやっぱりキツイ。しかも正座までしてたから、結構疲れた。
座ったままで部屋の窓の外を眺めながら、俺はぼんやり義兄と聖の様子なんかを思い出してみる。
いろいろ思い出し始めると、２人の距離が妙に近いとか、いちいち手を触ってたとか、どうでもいいような事が浮かんでくる。
別にそんなの気にする事じゃないしそれでどうにかなるわけでもないんだから、そんなの放っときゃいいのに。
でもイライラするのは、なんでなのか。
別にヤキモチとかそんなんじゃない。
なんて、さらっと言えたのはもう昔の事。
好きになればなるほど、些細な事に苛々してしまう。コレだから嫌なんだ。恋愛なんて。
そう思うのに、やめられない。
「あ゛ーーーっ」
自己嫌悪に陥って、頭なんか抱えてみたりする俺。こんな状態を一琉が見たら、絶対に笑うと思う。
ふと足元を見ると足袋が脱げかけになっていた。もそもそするので脱ごうとしたら、部屋のドアが開いた。
「おつかれさまでした」
部屋に入ってきた聖は俺の前に座ると脱げかけの足袋を脱がし始めた。
「一緒にいけなくてすみません。義兄さんに呼ばれるなんて思わなくて…」
「あ、ああ。いーよ気にすんな。お前可愛がられてるんだって？」
俺のその言葉に聖はピクリと反応する。気のせいか眉を潜めた気がするが、俺は気にせず話を続けた。
「姉さんが言ってたぜ？わたしより大事にされてる気がしますーなんて」
脱がした足袋をポイッと横に放かると、聖は俺の隣に座る。
「―― 大事って言うか…そういうんじゃないんですけど」
「そーなのか？にしちゃ、ずいぶんとお前に構うよな、あの義兄さん」
「…んー…昔からなんですけどね…でも」
「―― でも…？」
襟元をパタパタしている俺を見上げる聖。じーっと見上げた後、いきなりため息なんかついてみせる。
―― あれ…俺なんか変な事言ったか？
ため息の後、やけに神妙な顔をして聖は黙り込む。俺も何か言いたいけどいえなくて、一緒に黙っていた。
「―― でも…違うんです」
そうやってポツリと言うと、聖は俺の腕を掴む。その後の奴の行動に俺は固まってしまう。
「おい―― コラ…ちょ・・・・」
何の前置きもなく、いきなりキスされて俺はかなり焦った。
自分たちの部屋ならともかく、実家でしかも何時誰が入ってくるかもわからない所でキスなんてされると思ってなかった。
「―― 聖…っ…おま…」
話をさせる暇もなく、また唇を塞がれる。
こんな状態の聖を見たことなくて、ガラにもなく心臓がバクバクいってる。
でもいつあの義兄さんが入ってくるかもしれないとか思うと、嬉しいんだか悲しいんだか。
「―― セ…ンパイ…抱いて―― 」
「…って…ここで？今？それはちょっと―― 」
「ダメ…してくれなきゃ…おねが…い…」
そういいながら聖は身体を床へ落とすと、俺の両膝の間に身体を埋める。
着物の裾をひらりと割ると、何も言わずにそっとそこへキスを落とす。
「お…いっ…ちょ…」
くちゅくちゅと湿った音を立てて、聖の舌と唇が俺の中心を上下する。時々喉の奥まで咥えられると、思わず声が出そうになる。
「…ん…むっ…は・・・ぁ…」
色っぽい声を立てながら、聖は夢中で俺のそこを舐めてる。
それが酷く淫らに見えて、『誰かに見られたら』なんて思って頑張って保ってた理性も、あっという間に消えていく。
「…く…ぁ…も、いい…よ…」
それ以上されたらもう達してしまいそうで、俺はその髪をさらりと撫でる。
こんなに色っぽい態度で迫られたら、俺だって我慢していられない。
正直、着物姿を見たときから、もうこうしたくってウズウズしていた。
俺は『好きな人の着物姿』にめっちゃ弱い。そうそう見ないカッコだからか、それともなんか特別な感じがするからかよく解らないけど。
昔っから、彼女とかの浴衣姿なんか見てはドキドキしていた。
床から聖をベッドに引き上げると、着物の襟元をぐいっと開く。そして腰から紐を引き抜いた。
「―― あ…センパ…イ…や・だ……」
細い手首を掴んで後ろ手にさせるとその紐でそのまま手首を縛り上げた。
「いや…ぁっ…こんなの…っ…恥ずかし……い…っ」
襟元を大きく開き、赤く膨らんだ蕾に舌をはわすと、聖は泣きそうな声を上げた。
「ひ…ぁあああっ…きもち…い…」
両方の蕾を舌と指で愛撫しながら、俺は聖の中心へ指を伸ばす。そこはもう待ちきれないくらいにヒクヒクと震えていた。
指で上から下まで扱くと、そこは次第にちゅくっと音を立て始めた。しばらくするとそれはぐちゅぐちゅと濡れた音に変わる。
「あっあっあ・あぁぁぁぁ！やぁ…ん！んぁあ・あ・あ・あ・ああぁぁっっ！」
舌で蕾を激しく舐めてそれと同じように中心を愛撫する。そのまま腰を引き寄せて自分のひざへ乗せると左手を背中へ廻した。
「…や…ぁんっ!…セ…ンパ…イっ…そ…んなの…だめぇぇぇ…」
中心から垂れた滴で濡れた奥の場所へ指を這わすと、聖は泣きそうな声を上げた。
「あ！やっ！一緒は…ダ…メ！ぁ・ぁ・あ・ぁあああああんんーーっ！」
ぐちゅっと卑猥な音を立てて、俺の指はあっという間に聖の中へ吸い込まれていく。１本じゃ足りなくて２本挿れると聖は身体をガクガクと揺らした。
「ひっ！あぁぁぁぁぁ！はぅぅ…ん！やぁっ！イクイクっ！だめぇっっ！イっちゃう！ぁぁぁんイクっっっ！」
奥の一番感じる場所を指で掻き回しながら中心を扱きあげると、その声はさらに淫らに変わる。
「すごい…今日の聖、なんかイヤしくてムラムラくる……」
力の抜けた身体を抱きとめてキスすると、吸い付くように舌を絡ませてくる。
「だ…ってセンパイが……こんな風にさせる…から…」
ちらりと背中に目をやり、聖は縛られた手首を確認する。
「……でも…感じてるんだろ…？」
「…ん…んん……バカ……」
ちょっと怒ったように俺をちらりと見ると、またキスしてくる。それが可愛くて俺も同じようにキスして返す。
なんでこんな状態になったのかよく解らないまま、俺も限界にきてる自分をそのまま聖の中へ…
「はっ・あ・ぁぁぁ！ダメー…っ…感じちゃう…っっ！」
後ろ手に縛られた状態で、聖は身体を仰け反らせる。
「や…っ…そこ…っ…もっと…奥ぅっ…ああぁぁぁ・ああっ！んはぁぁん！」
「んん…っ…すげぇ…イイよ…っ…めっちゃキモチい…」
すちゅりと淫乱な音をたてて、俺の中心は聖の奥の奥まで入り込んでいく。一番奥にそれが当たる度に、泣きそうな声を上げる。
「あんっあんっあんっあぁぁぁ・あ・あ・あ・あん！！ひぁぁぁん！はぅぅん！あ、ソコっんぁぁっ…も…っとぉ！突い…てぇっっ！」
帯だけで残った着物姿で聖は喘ぎながら身体を揺らす。ベッドの軋む音がどんどん激しくなって俺の息も上がってくる。
「あ・あ…すげ…も、俺もイキそ…っ…」
「ん…ん！ダメ…ぇ…っ…もっと…ぉ…いっぱいイカ…せてぇっっ！」
奥の奥まで挿れてもうギリギリ限界なのに、そんな声でお願いされたらもっとしたくなる。
俺はその『おねだり』に応えて、聖が満足するまでその身体を抱き続けた。
「…絶対、誰にも言わないで下さいね」
コトが済んでまったりしていたら、聖が小さな声で話し始めた。
「僕―― 一度だけ…伊織義兄さんにキスされたことが―― あって…」
「―― は？」
いきなりの告白に、俺は何て返したらいいか解らない。
てか、キスってなんだ、キスって。
「その時の義兄さん、すごく酔ってて…なんか、いろいろ変なコト…言ってましたけど」
「変なコト？？」
「はい……お前が男なのがいけないんだ、とか、俺はお前のためにこのうちの婿になったんだ、とかいろいろ…」
聖のその言葉を聞いて、俺は開いた口が塞がらなかった。
それはどう考えても確信犯で、『俺が好きなのはお前だ』って告白してるようなもんだ。
「で？お前なんて答えたの？」
そう聞き返した俺に、聖はむーっと困った顔をして見せた。
「そんなの、答えようがないです…だって、そんな気全然ないし、男の人にそんなコト言われるなんて」
「―― だよ…なぁ」
なんて同情しながらも、じゃあ俺はどうなるんだ、って自問してみたり。
そしたら。
「センパイは別ですよ？だって…」
「だって？」
「たぶん、何か特別なんです。どういう風に、って上手に言えないケド…」
指をもじょもじょしながら、聖はそのままうつむいた。それがすっごく可愛くて俺はガラにもなくにやけてしまう。
「俺のコト、好き？」
自分でアホかと思いながら、俺は聖にそうやって聞いてみた。そんな事を相手に確認するのは、きっと生まれてこのかた初めてだと思う。
「―― すき……」
こっちを見ずに恥ずかしそうに答えるのがまたハマる。多分、今の俺はにやけ度１０００％くらい行ってる気がする。
小さな声で答える聖の髪をなでて、そのままキスした。
「―― またしたくなったじゃねーか…バカ」
俺ももうちょっと気の利いた事言えりゃいいいんだけど、思わず口から出たのはそんなセリフで。
でも聖はそれに小さく笑って返す。
「センパイってば…もう…」
結局またそっから、ぐるぐると同じように抱き合った。
ヤキモチ妬いて、自分の気持ちを確認するなんてマジでガラじゃないと思う。
自分でもしょーがねーなと思うけど、やめられない…
+＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ ++ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋
「…と……なぁ、清人っ！」
隣から叫ばれて俺はハッとする。
「お前さ、俺の話聞いてる？」
ふっと横を向くと、呆れ顔の一琉がこっちをみて目を細めていた。
「さっきから何度も呼んでんだけど。返事くらいしろって」
「え、あ？俺呼ばれてた？」
「―― 」
とぼけたように答えを返す俺を見て、細かった目がさらに細くなった。それからはーっと諦めたようため息をついて一琉はきびすを返す。
「今日はもうやめとこっか。お前が妄想してる間にターゲット見失っちゃったし」
「ああ？何でちゃんと見張っとかねーんだよ！」
「そこ怒るトコじゃないし。誰のせいで見失ったと思ってんだよ」
路地を先に歩く一琉を追って、俺は後ろから文句なんぞ言ってみたりする。一琉は俺の方を振り返りもせずにスタスタ歩く。
「まぁね、誰かさんの妄想は今に始まったことじゃなし。せっかく楽しい想い出に浸ってるのに邪魔もできないし？」
「妄想って。誰もしてねーっての！お前じゃあるまいし」
言い返す俺の方をちらっと見て、一琉はフフンと笑う。
「まぁ仕方ないよねー。あんな可愛い彼氏じゃ妄想したくもなるよね」
もう言い返す気も失せて、俺は黙り込んでしまう。
まぁ確かに、近ごろ多少妄想気味ではある。でもそんなに酷くない……はずだ。
「いいなー俺もそうやって妄想してみたいなー」
「うっせぇ。もう黙れ」
黙り込んで歩いている俺の隣で、一琉はそうやってのん気に言ってみせる。
別に俺だって、したくて妄想してるわけじゃない。しないようにしようと思っても、何かの拍子に浮かんでしまうんだからしょうがない。
―― あーあ…こういうの重症って言うんだよなー…
ふぅ、と息をつくと隣の一琉はそんな俺を見てクスッと笑った。
ま、笑われてもしょうがない。
笑われたって好きなもんはどうしようもない。
たぶん、この状態から抜け出すのは当分無理なんだろうな、とか思いながら俺は一人で小さく笑ってみるのだった。
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