自分の気持ちを伝えるっていうのは
そんな簡単なことじゃない。
どんな風にどういう顔で、どんな言葉で。
考えれば考えるほど、答えが出ない。
真剣に好きになった相手ほど、何も言えなくなってしまうのは
一体何でなのか。
誰か知ってるなら、教えて欲しい。
■ 番外編【前編】 ： Truth ‐トゥルース‐
「へぇー、そうなんだ」
ランチでごった返すファミレス。
一琉は俺の向かいでメニューから目を上げてこっちを見た。
「どおりでちょっとフツーと違うと思ったけど。でもなんでお茶の家元の息子が捜査官なんかにねぇ」
「そんなん俺が知るか」
ふっと小さく息をついた俺を、一琉はニヤリと笑ってみた。
「何だよ…何笑ってんだ」
俺は不機嫌声で一琉にそう言ってみた。
なんだか考えてる事を見透かされたような笑いでちょっとムカつく。
そしたら。
「いやいやー清人でも悩む事あるんだーって思ってさ」
まるで親戚のオバちゃんのような口調で、一琉はのほほんと言って返す。
「んーなんか、落ち着いてきた…っていうの？最近のお前、前と違うもんね」
「あぁ？んなワケあるかよっ。俺は俺、いつもどおり一緒だっつーの」
「違うってー。だってこの頃『飲みすぎちゃった〜』とかさ、『やべー今日コンパ重なった〜』とかさ、全然言わなくなったし」
運ばれてきたコーヒーに砂糖を入れながら、一琉はヒトリで勝手にうんうんと頷く。
「ちょ、待て。俺がいつそんな事言ってたよ。言ってねぇよ」
一琉は俺を一体なんだと思っているのか。
まぁ、そりゃあ若い頃はいろいろやったし、奴もそれを知っちゃあいるけど、そんなにしょっちゅう遊び歩いてた記憶は…
「だってお前、前までは夏休みの予定とかさ、いつも勝手に入れてたのに今年なんも言わないし」
ふふーん、と笑い声を上げて、一琉はカップのコーヒーを一口飲む。
「ま、入れれるワケないけどねぇ。大事な誰かさんは研修だしね」
「ち、違っ…」
違う、そんなこと誰も考えてねー
と言い訳しようとした俺をさえぎって、一琉は言った。
「涼センパイが怒ってたぞ。聖がソワソワしてて、仕事にならん！ってさ」
「だーかーらー。俺は関係ない。アイツにも気にすんなって…」
「何を？気にするなって？？俺は独りでも大丈夫とか、そういうこと？」
―― チクショー…こいつ面白がってやがる・・・
ニヤリと悪魔のように笑って、一琉は俺を眺めている。その顔がミョーにムカついて、俺はふっと視線をそらす。
「お、来た来た。今日のターゲット」
一琉は小声でそう言うと、目でこっちに合図する。
「清人好みの可愛いコだよ？見てみ」
「はぁ？そんなんどーだっていいわ。ターゲットだろーが。ナンパするわけにも行かんし」
「ナンパはダメでしょー…浮気になっちゃうし」
「あーもううるせー。黙れ」
何かにつけてそっちに話題を持っていこうとする一琉をジロリと睨み、俺は自分のブラックを飲み干す。
そして空になったカップを眺めながら、またため息。
―― ああー…でもマジでやべーよなぁ…俺…
そんな心の呟きを落としながら、俺は先週の出来事をまた思い出す。
まるで病気にかかったみたいにこの頃そればっかり思い出しては、初めて彼女が出来た高校生みたいにドキドキしている。
何の偶然でそうなったかは解らないけど、ど真ん中直球にくる超好みのシチュエーションで聖に迫られ、俺はそれに抵抗も出来ずあっさり落ちた。
それからというもの、聖が傍にいるだけで、まるで思春期の男子状態でおかしな妄想がどんどん膨らんでしまう。
―― つーか…これじゃ、俺ヘンタイじゃねーか…？
もういい年した男が何でそんな事で、と自分でも思うのにどうも自制が効かない。
「ちょっとー。そこ。仕事中に変な妄想してない。ホラ、行くよ」
カップを眺めたままおかしな妄想ゾーンに突入しかかった俺を引き戻すように、一琉が声をかける。
「あ、ああ解った」
トリップから戻ってきた俺を、一琉は困った顔でみてクスッと笑った。俺はそんな一琉をちらりと見返して席を立つ。
ついでに奥の席のターゲットの女子高生の様子をうかがってみた。確かに、前の俺なら間違いなくナンパするだろうっていう可愛いコだ。
でも今じゃ全然そんな気起きない。
むしろ、”その女子高生の制服を聖に着せてみたい”とかヘンタイオヤジ丸出しな妄想ばっかが湧き出てくる。
―― いかん…仕事仕事……
頭の中にもやもや湧き出てくる妄想を振り払って、俺は一琉の後を追って店を出た。
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それは先週のある夜のこと。
２人で一緒に夕飯を食って、いつも通り聖の部屋で酒を飲んでいた。
「週末に実家でお茶会があって、姉さんが久しぶりに来たらって言うので…センパイもどうですか？」
なんでも聖の実家で『初夏のお茶会』なるものがあるらしく、それに一緒に行きませんか？っていうお誘いだった。
デートとはちょっとかけ離れてるけど、聖が自分から俺を誘うなんて初めてで、考えもせずに二つ返事でOKした。
「お茶会って、お前んちすげーな」
「…ああ、いえあの、実家は茶道の家元なので…たまにそういう事もあるんですよ。僕は滅多に顔出さないんですケド…」
「家元って、お前一人息子だったよな？」
俺の聞き返しに、聖は情けなさそうにハハっと笑った。
「あーそうなんですけど。僕全っ然そっちの才能がなくて…なので姉さんがお婿さんもらって、後継いでるんですよ〜」
聖はそういうと、空のグラスに酒を注いでくれる。
「服装とかは全然気にしなくていーので。いつも通りで」
そう言って氷をグラスに足す聖に、俺は疑問に思っていることを聞いてみた。
「でもよお茶会って、普通和服だろうよ」
「そうですけど、ここにはないし。僕は実家にあるのでそれを着ますけど、センパイは義兄さんのを借りたらいいですよ」
「ああ、そう」
注がれたブランデーをちろちろ飲みながら、俺はテーブルの上のサラミをくわえた。聖は好物のポテチを食べながら傍にある雑誌を取る。
「そうそう、うちの義兄さんね、すっごいイケメンなんですよ〜。センパイや一琉センパイと勝負できそうなくらい」
雑誌をめくりながら聖はくすすと笑った。その様子に俺は何故だかムッとしてしまう。
「お陰で生徒さんがすっごく集まっちゃって。きっと今度のお茶会もすごいですよー」
そういってへへーと笑う聖。それで俺のムカムカゲージはさらに上がる。
「ふーん…で、その義兄さんってのは幾つ位なんだ？」
「ああ、歳ですか？センパイと同じか、ちょっと上かなぁ…大人っぽい人なんで、かなり落ち着いて見えますけどね」
「ふーん…」
「なんていうんですかね、色気があるっていうんですかね んーイメージ的には、ちょっと有村先輩風ですかね〜クールっていうか…」
「ほー…」
別にそこは怒る所じゃないし、聖もたぶん何の気なしに言っているハズ。
なのに俺の『ヤキモチゲージ』はかなり上まで上がっていってる。
「センパイ…？」
黙り込んだ俺を見て、何か気になったのか聖は顔を寄せてこっちを覗きこんで来た。
「―― ああ、何でもねぇよ…」
ここでキレて無茶したら、それこそ大人気ないと思われる。
俺は聖の『大人っぽい人』『色気がある』っていう義兄さんべた褒め言葉に異常に反応してしまっていた。
口を開かなくなった俺に何か感じたのか、聖はちょっと考えてから次の話を始めた。
「顔もですけど、茶道家としても一流ですから、もう非の打ち所がないというか…」
聖はんーと考えて、頭をポリポリかく。
「ま、でも僕は義兄さんのお陰でこうやって好きなことしてられるので、感謝しないと…」
そう言うと、俺の前にトンと両手をつく。
「んー、センパイの和服姿、早く見てみたいなぁ」
聖は目をキラキラさせて、俺の顔を見上げる。
「センパイて、意外と和風合いそうですもん。あ、着付けは僕がしてあげますね！」
そう言ってニコニコ笑って俺の服の袖をきゅっと引っ張る。
「楽しみだなぁ。僕、姉さんや義兄さんにもセンパイの話してるんですよ。だから２人とも会いたがってて」
「―― はっ？え、俺の話をか？涼センパイとかじゃなくて？」
「ハイ。清人センパイの話ですよもちろん。すごい遊び人で面白いセンパイがいるんだーって」
「…ああ、そういう話ね…」
俺は一瞬、今のこの状態を話されたのかとドキドキしたが違ったらしい。ま、話す訳ないとは思うけど。
そうやってちょっと安心してた俺の腕を取って、聖はちょっと目を伏せる。
「―― 遊び人だけど、すっごく大事にしてくれてる…って、もし話してたらビックリします？」
聖のその言葉に、俺は返事が返せない。代わりに持ってたグラスを傾けて一口含んでゴクリと飲み干す。
「そりゃオマエ…ビックリするだろ…そんなコト…」
俺の返事を聞いて、聖は残念そうに笑う。
「ですよねー。だから言ってませんけどね。そんなコト」
そう言うと、俺の肩にこつんと頭をあてて聖はふーっと息をつく。
「…んー…ちょっと眠くなった・・・・・」
肩にくっついたまま、聖は動かなくなる。俺はそんな奴の腰に腕を回す…
「……いい…？」
「うん…？なにが・・・・？」
腰を引き寄せても抵抗はしないのに、したいっていうサインには無反応。
こういうツンデレ具合が扱いきれないんだけど可愛くて、おもわず顔がにやける。
最近は慣れてきたのか、それとも俺の調…いや教育が上手く行ってるのか、そんな態度とっててもちゃんと身体が反応するようになってきた。
「―― …じゃあ聞き方変えよっか」
髪を撫でながらおでこにキスすると、ちらりと俺を見上げる。でも返事はナシ。
「ここ…気持ちよくしてあげる…イヤ……？」
身体の一番敏感な場所に手を伸ばし、そっと撫でる。聖は腰を捻りながらも腕にぎゅっとしがみ付いて来た。
「…も…はやく…さっきから…待ってる…のに・・・・・」
甘えた声でそう答えると、撫でられてる場所を俺の方に摺り寄せてくる。
「……いっぱいして・・・・・・・」
その言葉をOKと受け取って、俺はそのまま聖をソファーへ押し倒した。
いつもみたいに俺の首にぎゅうっと抱きつくと、ハチミツみたいな声を出して俺に甘えてくる。
「ん……センパ…イ・・・・すき・・・・」
そのままキスして、舌を絡ませる。ちゅく、っと湿った音を立てながら激しく舌を絡ませると、聖は小さく声を上げた。
「…ん…ふぅ…っ…はぁ……ん…」
キスは続けたまま、指で胸の蕾をクリクリと転がすと、その声はもっと甘くなっていく…
「はぁぁ…ぁぁんっ…んはぅ…ぅ…っ…」
こうやって抱くたびに感度が上がっていくみたいで、最初の頃よりも声が淫らで俺はそれを聞いているだけでもガマンできなくなる。
前まで、遊びでいろんなコとしてきたけど、そんな経験はしたことない。自分の行為で蕩けていく相手を結構冷静に、愉しみながら見ていた気がする。
でも聖としてるとそんな余裕は全然ない。むしろ自分の方が煽られてしまって、もっと欲しい、なんて思ってしまう。
「…ぁ…あ…もうダメ……ぇ…センパ…イ…のが…ほしい…のぉ…っ」
何度か達して、濡れた身体を揺らしながら聖は自分からキスしてくる。
「センパイので……イカせ…て・・ぇ・・・」
そのおねがいに応じて、俺はその身体を抱き上げてひざの上にのせる。間髪居れずに自分の欲望を聖の中に押し込むと、身体を弓なりにそらせて声を上げた。
「あぁぁぁぁっ…！イイ…よぉ！すごい…きもち…いっ！！」
「ん…俺も……っ…すげーイイよ……」
こうやって、ここからどっちかが眠ってしまうまで抱き合う。いつもこうやって、夜が終わる。
それで俺は別に不満はなくて、満足してた。
こうやって普通に抱き合えてればそれで良かった。
聖のあんな姿見るまでは――
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俺には到底縁のなさそうな冠木門をくぐり、まるで高級料亭かはたまた寺か、という日本庭園の中を歩く。
「錦鯉すげー」
歩道に沿って設えられた池には時価ン十万はするんじゃなかろうかというゴージャスな錦鯉が優雅に泳いでいた。
「あ、エサ、あげますか？」
聖は俺の呟きにとんちんかんな答えを返しながら、池のほとりのミニチュア東屋のようなところからエサを取り出す。
「おいでー」
聖がエサを撒きだすとコイは一気にこっちへ集まってきた。
「はい、これセンパイの」
ふ菓子のような塊を俺に渡すと聖はニコッと笑う。俺は渡されたエサを持ったまましばらく聖を眺めていた。
「あげないんですか？ホラ、くれって言ってますよ」
「あ？」
エサを手に持ったまま立っている俺の前で、金色やら橙色やらのコイがそのエサを早く投げろと催促している。
「これ、高いんじゃねーの？」
コイにエサをやりながら俺がボソッと聞くと、聖はんーと考えた後、首を傾げて答えた。
「２匹で１００万くらいだと思いますよ。父さんの知り合いに錦鯉マニアの人がいて、時々くれるみたいで。だからどんどん増えちゃって…」
投げられたエサをのんびり食べているコイを眺めて聖は笑う。
「父さんは僕よりコイのが値打ちがあるなんていっつも言ってるんですけどね〜。ま、あながち外れてはないかな、とか」
「それは言い過ぎだろ。オマエだって仮にも公務員だし…」
「ええまぁ…でもウチじゃそんな事、何の足しにもなりませんからね…」
そう言ってふーっとため息をついて聖は池のコイを眺めていた。
俺も何も言えずに一緒に池を眺める。こういう家柄の家庭事情ってのは案外複雑らしい。普通の家庭に育った俺にはサッパリ解らないけど。
そんな事を考えていると、後ろから誰かの声がした。
「聖さん、おかえりなさい」
聖はその声に振り返り、声の主を見た。俺も一緒に振り返ると、植え込みの向こうにしっとり系な和風美人が立っていた。
どうやら彼女が聖の姉のようだ。姉弟だけあって顔が良く似てて、俺は一瞬ドキリとしてしまう。
「あ、姉さん。ただいま…」
「電話くれたら迎えを出したのに。良かったの？」
「うん。天気もよかったし…大丈夫だった」
聖は俺の方をちらりと見て、美人姉に説明する。実は俺は迎えを呼ぼうと言ったけど却下されたのだ。
『せっかくだから、歩いてく！』
と子どもみたいなワガママを言い出した聖に付き合って、駅からふらふら散歩ついでに歩いてきた。
まぁ、ところどころ手とか繋いじゃったりして、楽しかったといえば楽しかったのだが。
「えと…」
姉さんは俺を見て、名前を言おうかどうか迷ったようだ。それを見越して俺は先に自分から挨拶した。
「香流です。春比奈君と一緒に仕事させてもらってます」
そう言って会釈をすると、美人姉さんも丁寧に頭を下げてくれる。
「姉の美里です。こちらこそ聖がいつもお世話になって…この子が帰ってくるたびに話すものですから、どんな方かと…」
姉さんはちょっと照れ気味に俺を見て、ニコッと笑う。
「聞いてたよりもずっと素敵な方だったので、わたしちょっとビックリしてしまいましたわ」
『聞いてたよりも』っていうのが一体どういう説明なのか、ものすごい気になるが、そこは敢えてココでは突っ込まないでおく。
「美里」
後ろの方にある縁側の方から、男の声が彼女を呼ぶ。姉さんはその声に振り返った。
「伊織さん、お帰りなさい。お父様たちいらしたの？」
「ああ、今客間に居る。挨拶してきてくれ」
「解りました。じゃあ聖、また後でね」
姉さんは聖に笑いかけ、俺に軽く会釈をすると縁側の方へ行く。その様子を縁側の奥の和室から和装姿の超イケメンが見ていた。
―― あれか…
黒というか、深い紺色の和装姿のイケメン。
俺よりもちょっと背は高くて、色白でふちなし眼鏡を掛けたほっそり顔。でも眼光は結構鋭い感じ。
こんなのが店にいたら、きっと客がつきまくりだろう。生徒がわんさか群がってくるっていうのもなんとなく頷ける。
これが聖の言ってた、『超イケメンの義兄さん』らしい。
「また歩いてきたのか？結構距離があるだろう。駅からだと」
イケメン義兄さんは聖を見ると小さく笑った。聖はその言葉にちょっとビクっとしながらもエヘっと笑って見せる。
「…迎えのあの車が苦手なんだ…だから」
植え込みをはさんで、超イケメンと聖はちょっとかみ合わない感じで会話を続ける。
「そんな事を言ってると、また親父さんに嫌味を言われるぞ」
「うん…解ってるけどさ」
聖は恐縮しながら、植え込みを回り縁側に歩く。俺もその後を少し離れてついて行く。
「―― そちらは？」
聖の隣に並んで立っている俺を、イケメン義兄さんは見た。見たのはいいんだけど…
―― ん…？なんだ…？
なんか、初対面だってのに『睨みを効かされてる』気がしてならない。
縁側の上から、ちょっと俺を威嚇するようにイケメン義兄さんはしばらく俺を”観察”してくる。
「あ、こちら、職場の香流先輩…ほら、いつも話してるでしょ？」
「―― ああ…」
聖のその説明で、笑顔が出ると思いきや。義兄さんの視線はさらにキツくなった。ような気がするのは俺だけか。
聖はそこから遠慮がちに視線を俺に移す。
「伊織兄さん。美里姉さんの旦那さんで、ここの跡継ぎ」
聖がそうやって紹介すると、イケメン義兄さんはそれに訂正を入れてくる。
「まだ俺が跡継ぎって決まったわけじゃないぞ。お前がちゃんと嫁をもらえば、ここの跡継ぎはお前だ」
「兄さんてば…そんな話はここでしなくても。あ、先輩とりあえず上がりますか？」
縁側の下の植え込みの隣で突っ立っている俺に聖は上がるように言う。でも俺は何となく気が引けて、すぐに足が出ない。
「お客様を縁側から入れる気か？ちゃんと玄関へ回ってもらえ」
靴を脱いで上がろうとした聖にそう言うとイケメン義兄さんは自分が縁側から降りる。
「どうぞこちらへ」
どうも跡継ぎ直々に玄関へ案内してくれるらしい。が、俺の前を横切る瞬間、イケメン義兄さんはこっちをちらりと見た。
―― んあ？俺なんか、嫌われてる？
眼鏡の奥からちらりとこっちを見る視線が、どうみても『威嚇』に見えてならない。
でもこんなこと聖に言えないし、第一この人は俺が聖と『そういう関係』なんだとは知らない筈だ。
そんな事を思いながら玄関先へ案内してもらう俺。
カラリ、となんとも言えない高級な設えの引き戸を開けると、そこには旅館かと思うような玄関が。
「どうぞ、お上がり下さい」
イケメン義兄さんに言われるまま、俺は靴を脱ぎ上がり框へ。聖はタイミングを逃さず、さっと俺の靴を片付けた。
どうやら、義兄さんにその辺の躾はきっちり仕込まれているらしい。
「今お茶をお持ちしますから、こちらでごゆっくり」
イケメン義兄さんが自らお茶を持ってきてくれるらしく、玄関のすぐ傍にある客間に俺と聖を残して奥へ行ってしまった。
「お茶をいただいたら、僕の部屋に行きましょ」
「ああ、うん…」
床の間には値段がよく解らない掛け軸があり、脇の壷には見事な生け花。部屋には香が焚かれているのかなにやらいい匂いが漂う。
「―― お前、ここで育ったんだよなぁ…」
「ええ…まぁ。何か、変ですか？」
「…いや……あんなトコでホストやってる身分じゃねーじゃん…って思ってさ…」
こんなお家の坊ちゃんが、麻薬の取締りしながらホストなんて、全然くっつけようとしてもくっつかない。
俺は目の前の聖を眺めて、ちょっと複雑な気分になった。でも聖はそれにふふふと笑う。
「高校ぐらいまでは僕もいつもお稽古に出てたんですけど、全く上達しなくて…結局両親は僕の事は諦めたみたいです」
「それで？お前の代わりにあの義兄さんを？」
「ええ、伊織兄さんはもともと近所の呉服屋さんの次男だったんですけど、たまたまうちにお稽古に来てて、素質があったのかあっという間に師範になって」
「ほう」
どうやら、あのイケメン義兄さん、すごいのは見てくれだけじゃないらしい。俺はそんな事を考えながら聖の話を聞く。
「父さんと呉服屋のご主人がもともと幼なじみなのもあって、もしよかったら姉さんとって話がまとまって、うちに来てもらったみたいです」
「縁談ってやつか」
「ああまぁ、そういう言い方もアリですかね。うちの姉さんは僕と一緒でそういうのにホントに疎いので…」
「…ってことは、何だ。あの義兄さんが最初の」
「そういう言い方していいのか解りませんけど。そういう事になりますね」
聖は遠慮がちに下を向くと、２〜３回瞬きをする。
俺がそれを眺めていると、ちょうど頃合を見計らったように義兄さんが入ってきた。
「お待たせしました」
俺と聖の前にお茶を出すと、イケメン義兄さんはお盆を抱えニッコリ笑った。
「いつも聖がお世話になっております」
そう言って俺に向かって丁寧に頭を下げる。その頭の下げ方も思いっきりサマになってて、男の俺でさえ見とれるほどだ。
「聖から香流さんのお話はいつも聞いております。いろいろと面倒見ていただいているようで…」
少し微笑を浮かべてこっちを見る義兄さんに、俺は多少引き気味に謙遜して返事を返す。
「いえこちらこそ…春比奈君にはお世話になってます」
ペコリと頭を下げる俺。イケメン義兄さんはそんな俺にサクリと核心を突く言葉を投げてくる。
「聖は甘えん坊ですから、手がかかるでしょう。朝もなかなか起きませんし」
――
て、え？
何でこの義兄さんはそんな事を言うんだ。
今のところはまだ、俺と聖は同居してるわけじゃない。
確かに聖は寝起きは悪いし寝坊もするが、何故それをこの義兄さんが…
「聖が時々香流さんの御宅に泊まらせていただいてると聞いたものですから…気になってしまいまして」
なんでそこまで情報収集済みなんだ。まぁ多分、聖に聞いたんだろうが、この場で言う事か？
俺はそう思いながらも作り笑いを見せて、適当に言い訳してみる。
「泊まるって言っても、飲み会の後とかだけですから極たまに、ですよ…」
そう言ってへらりと笑う俺を義兄さんはじっと見た。しかもかなり訝しげな目で。
―― なんだ…何か言いたげじゃねーか…
でも義兄さんは俺にはそれ以上何も言わず、聖の方へ向き直る。
「美里に着物を出してもらうように言ってあるから、一緒に行ってよさそうなものを選ぶといい」
「うん、わかった」
「それじゃ香流さん、ごゆっくり」
「はい…ありがとうございます」
イケメン義兄さんは出口でもう一度俺をちらりと見て出て行く。
―― …なんだかなぁ
これじゃまるで、父親に嫌われた娘の彼氏状態だ。でも聖は女の子でもないし、ましてや義兄さんとは他人な訳で。
―― でもあの態度。俺が何かしたかよ
今日始めて会うってのに、あの態度。どうも納得がいかない。
でも、俺はその理由を後で知る事になる。
それもとんでもない事実と一緒に。
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