「こんなコト―― 思うなんて自分でも思わなかったけど・・・」
抱きしめている腕の中で、センパイはクスクス笑う。
「一琉ウイルスにやられた・・・・」
「―― ウイルスって…俺はインフルエンザですか」
「ある意味そうかもなー」
センパイはそう言って俺の頬にキスする。それから耳もとに唇を寄せてねだってきた。
■* Chap 35 ： Infection （感染）
「有栖川ー」
もうすぐ昼飯、という頃、明日の会議の資料をコピーしていた俺のところへ、１課の同期の連れがやってきた。
「お前、今日の午後なんか予定入ってる？」
「午後…？いや…ないけど？」
「そっかー。いやあのさ、うちの課長がなんかお前に用事あるみたいなんだけど」
「―― 有村先輩が？」
「うん…何の話かは聞いてないんだけどさ。お前に言っといてくれって頼まれてさ」
「ふーん・・・」
有村先輩から、わざわざ俺に何の用なのか。ちょっと考えこむ俺を見て、連れは声を潜めて聞いてきた。
「―― オマエ…なんかやったのか？」
「…あ？」
「いや…だってよ・・・」
後ろの１課の席の方をチラチラ見ながら、奴は俺の顔を覗きこむ。
「あの人がわざわざ、オマエに用があるなんて変だろ」
「あ…ああ、そう…かもな。なんだろうな・・・」
呼ばれた理由は解っているけれど、それは人に話せることじゃない。
俺が有村先輩の昔の恋人と付き合っていて、しかもそれが涼センパイだなんて言える訳がない。
―― にしてもな・・・
わざわざお呼び出しとは…しかもこんな早く・・・。
俺は不安になりながらもコピーの続きを始めたのだった。
「あの……なんでしょう？」
来いと呼ばれた会議室に時間ちょうどに行った俺。有村先輩はもうすでに来ていて、何枚かの書類を広げていた。
「忙しいところ悪いな。どうだ、久しぶりに帰ってきた本店は」
「ああ、ええ、まぁ…。これはこれで…」
「そうか…あっちじゃずいぶん楽しんでいたようだが？」
先輩は書類に目を通したままそう言って、その後ちらりと細めた目で俺を見上げる。
その視線で、先輩の言いたい事は何となく察しがついた。
―― 頑張れ一琉。こんなぐらいで負けるなっ
俺は自分に言い聞かせながら、平気な表情を見せて答える。
「まぁ…そうですね・・・こっちじゃ…なかなかああいう事は・・・・」
そういう俺を見て、先輩はフフンと笑う。笑った後、肘をついて俺をじっと見る。
「ああいう事…ね…それで会議室でもどこでもって訳か？」
「―― な…」
―― ウソだろ…なんで・・・・
会議室でもどこでも、というのが、何の話の事かは解る。でも、なんでそれを有村先輩が知ってるのか。
「涼に用事があって追いかけてったら、お前が会議室に連れ込んでるのを見たんでな。そのまま内容を確認させてもらったって訳だ」
「―― っ…」
ニヤリと笑う先輩に、俺はもう返す言葉がない。
だけど、先輩がそれを見て涼センパイにまたちょっかい掛け始めたんだっていう事は解った。
「お前が涼から俺の事を何て聞いてるのかは知らないが、俺は涼を捨てた覚えはないし、別れたつもりもない」
「―― 覚えはない…って。でも先輩は部長のお嬢さんと―― 」
「それが条件だったからだ。俺が部長の娘を嫁にもらえば、涼の身分は保証するってな」
「―― はい…？」
言ってる意味が解らない。そう思いながら怪訝な顔で話を聞いている俺に、有村先輩はフッと笑って言った。
「稲村部長がもともと１課の課長だったってのは知ってるよな」
「はい…」
「そのころは俺も涼も同じ１課に居て、そこそこ頑張ってた。特に涼は成績良かったから、その時の部長にも可愛がられてたよ」
そこまで言うと、有村先輩は書類を揃えてケースにしまう。それから横にケースを置くと窓の外に目をやる。
「稲村部長は、その部長の反対勢力だった。その部長に可愛がられてた涼も気に食わなかったんだろうな」
「でも―― そんなの―― 」
「そんなのは単なる個人の感情に過ぎない。俺もそう思う」
ふっとため息をつき、先輩は俺を見た。それからまた窓の外に視線を戻す。
「そんな事情の上に、涼はただでさえ部長に楯突いてた。それで面白くなかった部長は、涼を麻薬捜査部から放り出そうとした
」
「そんな…」
正直、俺は稲村部長が好きではない。というか、尊敬できる人ではないと思っていたけどやっぱりそうだったのか、と今さらながらに思う。
納得できないという表情を見せる俺を見て、先輩はまたフフンと笑った。それから――
「俺は 稲村部長にそれだけはやめて欲しいって頼んだ。涼と離れたくなかったし、仕事するならアイツとでないとってその時は思っていたから」
「―― それで…どうなったんですか…」
「頼んだら、部長はこう言った。『お前が俺の忠僕になるなら、瑠璃沢の事は目を瞑ってやる』ってな」
「忠僕…ですか…？」
「そうだ。それで手始めに、裏切らないように俺に娘と結婚しろと言ってきた。当然俺はそれに逆らえない。だから」
「だから…結婚した？」
「その通り。涼にはあとでちゃんと説明しようと思ってた。もちろんそれまでの付き合いだって、ちゃんと続ける自信もあった。だけど――
」
そこまで言うと有村先輩は黙り込む。それから口元にある親指を噛み、目を閉じる。
「だけど涼は俺の話を聞かないまま出てって―― 。部長の娘と結婚するって聞いて、部長にさらに楯突いて。挙句の果てに暴言を吐いて殴って、左遷された」
今度は、ふーっと長いため息をつく先輩。それまで黙って聞いていた俺はそこで逆に先輩に聞いてみる。
「どうして―― 先に涼センパイにその事を相談しなかったんですか…？」
俺のその質問に、先輩は軽い笑いを返してくる。
「冷静に考えれば、先に話すべきだったんだろうな…でもその時は、『課長の忠僕になった』なんて涼には言えなかった。お前が俺の立場だったら、言うか？」
「―― それは・・・・・」
そんな目に自分があう事はきっとないし、俺ならいくら上司にそう言われたとしてもそこで首を縦には振らないだろうと思う。
思うけど、それは今の俺だからで、もし特殊捜査部に行く前の俺だったら、違うことを考えたかもしれない。
「済んだ事を今更蒸し返したって仕方ないっていうのは解ってる。だけど、俺は涼に誤解されたままじゃ納得いかない。だから――
」
「だから…誤解を解いて、元に戻りたい…って事ですか？」
「元に戻るのは無理でも、俺は涼をそばにおいておきたい。お前だってそうだろう？違うか？」
―― うっ・・・・
ちょっと前まで自分が思っていたのと同じことを有村先輩に言われて、俺は言葉に詰まってしまう。
それと同時に、涼センパイっていうのは誰に対してもそう思わせてしまう人なんだと思った。
そう思ったら、なんだか心境が複雑になってきた。
「お前が居なくちゃどうにもならない。涼に、そう言われなかったか？」
「え……」
「その顔じゃ、言われたんだな」
フン、と笑う先輩。でも、当ってるから言い返せない。
「あんなところ見せられたら、離れられないだろう。しかもあの顔でな」
先輩はそう言って笑うと、笑った顔のまま俺をちらりと見た。言われた方の俺は、床へ視線を落として考え込んでしまう。
―― 俺にだって、同じ態度なんだ…って事か・・・・
有村先輩と付き合っているとき、きっと涼センパイは俺に見せたあんな態度を全て見せていたんだろう。
誰にだって過去はあるし、それを俺が責める筋合いはない。
そうやって考えている俺に、有村先輩は続けてこんな事も言ってきた。
「涼が、お前を好きになったのは、俺と似てるから。そうだろ？俺がそう聞いたら、涼はびっくりしてたけどな」
「それは―― ・・・・」
そう言われて、昔聞いた言葉が思い浮かんでくる。
最初に涼センパイと部屋で飲んでたとき、涼センパイが俺に言ったこと―― ・・・
『…うん…。いや…お前ちょっと知り合いに似てるなって思って』
あれはきっと有村先輩の事を思い出していたから。そんな事ずっと解っていたけど、当の本人に言われるとは思わなかった。
「涼がどう思ってお前と付き合ってるのか俺には解らない。でも、俺とのことがあったからお前に惹かれたっていうのは事実だろ？」
「確かに…そうかもしれません…けど・・・・」
―― だからどうしろっていうんだよ・・・・
きっと有村先輩は似てるだけで涼センパイと付き合ってる俺を認められないんだと思う。思うけど・・・・
「まぁいい。とりあえず俺は今の状態をやめる気はないし、お前がどうしようが俺は俺のやり方を通すだけだ」
「どうしようが…って言われても。俺はもう涼センパイとは・・・・・」
「ほう…ならどうして異動辞令を断った」
「―― は・・・・？」
一瞬、話が見えなかった。でも、次の有村先輩の言葉で俺はあの２人の顔が浮かんだ。
「お前の異動処置を取り消してくれと戸倉から言われたぞ。お前が帰りたいって言ったからじゃないのか」
「えっと…いやあの…そう…なんですけど」
「辞令を後で取り消してくれなんて、聞いたことないがな」
目を細めて俺を軽くにらんでくる有村先輩。俺だって今それを聞いたのに、そんな目で睨まれても困る。
「―― まだ向こうでやり残したこともありますし…第一俺にはまだ課長補佐なんて…」
「とてもつとまらない…か？本当の理由は別にあるんだろうが、いちいち聞くことでもないな」
先輩はそう言って、横にある書類ケースを手に取る。
「まぁせいぜい頑張るんだな」
言いたい事を言い尽くしたらしく、先輩はそこで話を切る。俺はそのまま会議室を出て行く先輩の後姿を見送った。
「―― っていうか…なんだ？」
俺は自分で特殊取締部に帰りたいなんて言った事はない。だとしたら、そういう事が出来るのは――
・・・・
―― 全く…なんでそういう所には気が回るんだか・・・・
席に戻ったら、真っ先に戸倉先輩に聞かなければ―― 俺はそう決めて、会議室を出る。
そうして席まで戻りながら、もう１つ、気にしていることがあった。
涼センパイが、俺に惹かれた理由。付き合ってもいいと思った理由。
それが、もし有村先輩と似ていて、有村先輩を忘れるためだったら――
ずっと一緒に居て、そんな事はないって解っていても心配になってしまう。事実、涼センパイは今は有村先輩とも『付き合っている』状態なのだから・・・・
「ダメだ…落ち込みそう・・・・」
考え始めたら、どんどん悪い方に考えが進んでいって戻ってこれなくなりそうだ。
―― 帰り……会いに行こうかな・・・・・・
今日の俺の夕方の予定はそれで決まったのだった。
+ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ ++ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋
+
並んで歩く帰り道。真夜中にこの道を２人で歩くのは久しぶりだった。
昼間有村先輩に言われた事が気になってしまい、俺は仕事もそこそこに店へ来てしまった。
俺を待たせるのが気になったのか、涼センパイは早上がりして出てきた。
「桐羽が帰れってうるさくって…」
ご機嫌ナナメモードな声で、俺を見上げてタバコをくわえる涼センパイ。
「―― そんなつもりじゃなかったんだけど…迷惑でした…？」
「…んなコトねーけど・・・・とりあえず行こうぜ」
しばらく黙って歩いて、いつも使う歩道橋を並んで上がる。
上がりきった橋の上から道路を見下ろして、センパイは一服し始めた。
「それで…？急にどうかしたのか？」
「…えと…あの…」
どうやって聞いたらいいのか迷いながら、俺は言葉を探す。
何で俺の事を好きになったの、なんてありきたりな聞き方をしても、きっとセンパイは答えてくれない様な気がした。
「今日―― 昼間有村先輩に呼び出されて…」
「光希に？何で？」
「センパイとの事で―― いろいろと…別れた時の事とか、話してきて…涼センパイが俺と付き合った理由とか…」
「…ふぅん…あいつ、自信家だからなー。どうせお前にあーだこーだってオレの話したんだろ？」
さすがに元恋人…きっと涼センパイは有村先輩が俺にどんな話をしたか、何となく察しがつくのだろう。
「ええまぁ…いろいろと…それはいいんですけど…。そうやって言われたら、なんでセンパイが俺を好きになったのかなーとか、考えちゃって…」
「そんなの、何度も言った気がすっけど…」
「んー…聞いたかも知れないけど…聞きましたっけ…」
「オレもんなの覚えてねぇよ…」
センパイはむーっと考えながら、橋の下の道路を覗き込む。
どうしよう。話すべきなんだろうか。
有村先輩がどうして涼センパイに何も言わずにあんな事をしたのか。
先輩は今でもずっと、その『訳』を聞いて欲しいと思っていること。
「―― ねぇセンパイ・・・」
「あ？」
―― まぁいいか・・・・聞いてみよ・・・
「もしも…有村先輩が涼センパイのために結婚したとしたら…どうします？」
どっから話したらいいか解らなくなって前置きをせずにいきなり本題を持ち出した俺に、涼センパイははぁ？という顔をして見せた。
その後、しばらく黙ってタバコを燻らせるセンパイ。
―― やっぱ変な聞き方したかな・・・
ふーっと吐き出される紫の煙。不安そうに自分を見る俺を、センパイは目を細めて見上げた。
「それでも、光希が部長の娘を選んだって言うコトには変わりないだろ？」
歩道橋の手すりに背を向けてもたれると、センパイは俺のほうに真っ直ぐ向き直った。
「オレは愛人になってまで、あいつと居るつもりはなかった。だから出てった。それだけ」
「でも―― 有村先輩は今でもまだセンパイの事を…」
「それはそれ。そう思うのはあいつの勝手だし、言い訳もさせてもらえなかったって思ってるかもしれない。だけど」
そこまで言って、センパイは一旦口をつぐむ。俺はそんなセンパイを黙って見てた。
夜の歩道橋に雪が積もっていく。足元はだんだん感覚がなくなっていて、空気の冷たさが頬にしみて切れそうに痛い。
「だけど、そこで言い訳を聞いて、オレもあいつを許して一緒にいたとしても――
」
「しても……？」
聞き返す俺の顔を見上げて、センパイはちょっと困ったように笑う。それからおもむろに俺のマフラーをきゅっと握った。
「もしも―― 光希とあのまま付き合っていたとしても、オレは一琉の事、好きになってたと思う」
「―― ・・・・」
その言葉で、降ってくる雪の冷たさも忘れて寒くて切れそうなはずの頬も緩む。
「オレは"有栖川一琉"って男を好きになった。顔も、声も、何もかもに惚れたから。それだけじゃ理由にならない？」
「―― センパイ・・・」
マフラーを掴んでいるセンパイの身体をそのまま抱き寄せて、返事もそこそこにキスする。
重なった唇の温度が熱く感じるのは、寒いからなのか、それとも―― ・・・
「こんなコト―― 思うなんて自分でも思わなかったけど・・・」
抱きしめている腕の中で、センパイはクスクス笑う。
「一琉ウイルスにやられた・・・・」
「―― ウイルスって…俺はインフルエンザですか」
「ある意味そうかもなー」
センパイはそう言って俺の頬にキスする。それから耳もとに唇を寄せてねだってきた。
「―― このままじゃ・・・・帰れないんだけど…な」
特上の色っぽい声で囁かれて返事もできない。
そんな俺に、センパイはキスして舌を絡ませてくる。
「―― ……ダメ・・・・？」
ダメなんて絶対に言うわけないのに、わざとそんな風に聞いてくるのは確信犯だからか。
俺は何も答えず、センパイの手を握って部屋まで早足で歩くしかできなかった。
「―― っ…あ・あぁあ！…一琉ぅ…っ」
センパイの身体を壁に押し当てて、細い足をきゅっと持ち上げる。
赤く濡れた蕾を唇で含んだまま、奥の方までぐちゅりと音をさせて突き上げる。涼センパイはそのたびに泣きそうな顔で喘ぎ声を上げた。
「イ…ヤぁっ…ダメ……きもち…ぃ…はぁっ！奥…っ…イイよぉ…っ」
「俺も…すごい気持ちいぃ………愛してる―― 」
歩道橋で聞いたセンパイの本音で煽られて、俺の理性は見事に消え去っていた。
安売りじゃないかと思うくらいバカみたいに愛してると繰り返して、壊してしまいそうなくらいにその身体に溺れる。
「ココ―― ？感じる……？」
じゅくじゅくと淫らな音を立てるセンパイの中心を指で扱き上げると、センパイは俺の首にしがみついてくる。
「あぁぁぁぁん！ダメーっ…やぁぁん！イク…っ！イッちゃう！そこ…っ！いいのぉっ…！は・あぁぁぁん！出…るぅぅっ！」
半透明な雫が中心から放たれたのを見て、俺は中の動きをもっと激しくしてみる。
ずぶりと自分の張り詰めた熱塊を押し込めるたびにしなるセンパイの身体。水分を含んだ湿った音が部屋中に響く。
「…ホラ・・・・ナカも…こんなにぐちゅぐちゅ言ってるよ―― ？」
「あ・あ・あ・ああぁぁーっ…んぁぁん！はぅぅんっ…や…も…おかしくなるぅぅっ…イクっイクッ…またイッちゃうよぉっ…！！」
「ココも―― こんなに固くして…」
ナカを一番奥まで突き上げながら、また胸の蕾に舌を這わすと、センパイはガクガクと痙攣したみたいに身体を震わせた。
「イ…ヤぁぁぁっ！いち…るぅっ…きもち…いぃ…っ…もっと…っもっとイカせてぇっ…あ・あ・あああイクぅっ！」
「ん……おかしくなるまでイカせてあげる―― …」
そう言って唇を塞ぐと、その舌を息が出来ないくらいに絡ませる。キスで感じたのか、さっき果てたはずのセンパイの中心はまた熱くなって――
「また―― 欲しいの…？」
ぎゅっと握って手のひらで擦りあげると、そこはあっという間に濡れてじゅくじゅくと音を立てる。
「やらしいね…涼のカラダは……」
そうやって囁くと、センパイは泣きそうな目で俺を見た。その顔を見て間髪入れずにその場所を責めると、ビクリと震えてまた声を上げる。
「ああぁぁぁん！も…イイっ…全部きもちイィよぉっ…はぁん！ふあぁぁん！またイクのぉっ…あぁぁぁん！イクぅぅぅぅっ！」
「可愛いよ涼―― 大好き…」
「一琉…っっ…オレも…オレも大好き―― ・・・・」
センパイはそう言って、俺にキスしてくる。それが嬉しくて、俺もそれにキスで返す。
そんな風に求め合って結局、真夜中センパイが動けなくなるまでずっと抱き合い続けた。
飽きるまで貪って落ち着いたベッドの中、隣のセンパイをじっと見つめた。
「―― ありがと・・・・」
「え…？」
ぽつりと呟く俺を涼センパイは不思議そうに見上げる。
「なにが？」
「…うん…いや…あの…好きになってくれて…ありがとう…って」
センパイはきょとんとした顔で俺を見てたけど、ちょっと考えてそれからクスクス笑い出した。
「そんな事で礼を言われたのは初めてだけど」
「え、ああ、そうかも…言わないですよね…フツー…」
「言わねぇよ。まぁでも、そこがオマエのいいとこだけどさ」
センパイはいたずらっぽく笑うと、俺を覗き込む。
「もうそろそろ帰ってこよーかなぁ・・・」
センパイのその言葉に、俺は思わず大きく頷いてしまう。
２人でいるのが当たり前になったこの部屋で、一人で過ごすのは正直キツイ。寂しがりとか、そういうんじゃないけど、何か足りなくて満たされない。
「そろそろじゃなくって…すぐに帰ってきてくれてもいいんだけど……」
遠慮がちにちょっと視線を逸らしてそうやって言う俺。センパイはそんな俺の肩にくっついてエヘヘと笑った。
何か企んでるときによくするその笑い方も久々に聞いた気がする。
「帰ってきてもいいんだけどなぁ〜。一琉クンがお願いしてくれたらねぇ」
「お願いって…出てったのはセンパイじゃないですか・・・」
ちょっと呆れ口調で言う俺に、センパイはふふんと笑う。
「ふーん…ああそう。べっつにいいけどねー…オレは桐羽のトコでも不自由してないし」
「ちょ…なんでそういう事言う？不自由してるでしょ？俺が居なくて」
「してない。だってこうやって来ればいいだけじゃん」
―― うっ・・・・・確かに・・・
欲情を処理するっていう目的で行けば、この状態で何の不都合もない。でも、そうじゃなくってー・・・
「ダメです。ちゃんとそばに居てくれなくっちゃ。毎朝毎晩、ちゃんと一緒に居たいんです」
マジメな顔でそうやって答えたら、センパイはまたクスクス笑った。
「なんか新婚家庭の新妻みたいだな、お前のセリフ」
笑いながらそう言って、俺のおでこにチュッとキスした。
「―― じゃあ…ちゃんと迎えに来て？」
「…解っ…た」
迎えに来て、っていうのが、桐羽センパイの部屋にっていう意味なんだろうけど、その言い方にトキめいてしまう俺。
―― 俺も、ある意味感染してるなー…きっと・・・・
涼センパイは俺に感染したって言ったけど、俺だって同じだ。
それもかなり感染力の強いウイルスで、これに対抗できるワクチンなんてきっと見つからないと思う。
ニコニコ笑う涼センパイの頭を撫でながら、俺はふぅっと憂いなため息をつくのだった。
Infection
ＥＮＤ
