「こうやってしてて…」
きゅうっと抱きついてくる涼センパイの熱っぽい身体を抱きしめながら髪を撫でた。
洗い立ての甘い香りがふわりと漂って鼻を擽る。
耳の奥で、理性が流れて消えていく音が聞こえたような気がした。
■* Chap 11 ： fever（発熱）
「……」
俺の向かい側で黙ったまま缶コーヒーを飲む清人とアイスをくわえている聖。
２人は妙な顔をして、時々ヒソヒソと何か話している。
「いいからほっとけ」
「でも…」
「話しかけるとアホがうつるぞ」
「むー…」
２人の会話を聞き流しながら、俺はヘラリと笑ってしまう。
涼センパイの、”ヒトのものに勝手に触るな”発言を聞いてからもう毎日こんな感じだ。自分でもアホだと思うけど、思い出す度に顔がにやける。
「…一琉センパイ…ひとりで笑ってると、変な人みたいですよ？」
アイスの棒をくわえた聖は困った顔で俺を見る。
「え。あ？俺笑ってた？」
「てたっていうか、ずーっと笑いっぱなしですけど…ココ最近」
「そう？そーかなぁ…」
買っておいたコーラをプシュっと開けると、一口飲んで考えてみた。そう言われてみればずーっと浮かれ気味だったような気もする。
「…病気なんだよビョーキ。不治の病ってやつ」
「ふちのやまい？」
頭の上に？マークを浮かべて、聖は首をかしげる。
「何病なんですか？」
聞いてる方はわざとボケでもかましているのかと思えるが本人は真剣らしい。じっと答えを待っている聖をちらりと見て清人は長いため息をついて答えてやる。
「ラブラブで浮かれちゃってる病だろ。塗り薬も飲み薬も効かねーから。不治の病だっつってんの」
「ふーん…一琉センパイ、らぶらぶうかれちゃってる病なんだ…」
俺の顔をマジマジと眺めてしばらく考えた後、聖はポツリとこう言った。
「涼センパイも何か様子が変なんですよ…遠く見てぼんやりしてたり、とろーんとした目でため息ついたり。それも女の子みたいな顔して。センパイ可愛いから、ほんとに女の子に見えちゃいそうで怖いんですよね」
「…お前が言うか」
清人は呆れた顔をして聖を見る。
確かに、何もしなくても女の子っぽい聖にそのセリフをいう筋合いはないような気もする。でもそれよりも。
涼センパイのため息の理由を聞いとかないと。
「様子が変な理由とか、何も聞いてないのかよ？」
俺が気になって聞こうとしたことを先に清人が聞いた。聖は腕組みをして考え込むとえーと、と記憶を手繰り始める。
「そういえば、この間ターゲットの確保に行ったときファミレスで雑誌見てたんですけど…」
フルーツオレの紙パックにストローを挿しながら、聖はきゅーっと目を大きくする。
「たまたま見てた雑誌に占いの特集がついてて、涼センパイその恋愛運のトコ真剣に読んでたんですよ」
その言葉にへらりと笑う俺と、はぁ？と眉間にシワを寄せる清人。俺たちの顔を交互に見ながら、聖はストローをくわえてフルーツオレを飲み始めた。
「信じらんねー…涼センパイと恋占い。全っ然くっつかねぇキーワードじゃん」
ありえねーとつぶやく清人をよそに、またにやにやとにやけていく俺。
「お前もおっさんみたいにニヤケてんじゃねぇよ。んなにうかれてると、ひっどい目に遭わされるぜそのうち」
「いーんだよ。愛情の裏返しと思っとけば平気だし」
ヘラリと笑って言う俺をじーっと眺める聖。しばらく無表情のままこっちを眺めていたがちょっとしてから口を開いた。
「……一琉センパイ」
「ん？」
「重症ですね。もう手遅れですよ」
はーっと諦めたように肩を竦めて、聖は首を振る。
「あ、もう時間だ。仕事行こっと」
カタンと椅子を戻して紙パックを持って部屋を出て行く聖の背中を、俺は呆気に取られて見送る。
「―― …」
そんな俺を見て苦笑いしながら、清人はボソッと言う。
「重症だってよ」
「手遅れとか言われちゃったし」
確かに重症かもしれない。気がつけば考えているのは涼センパイの事で、それ以外の事はあまり考えていない気がする。
「―― ちょっと…ヤバいかも？」
首を傾げて確認する俺を見て、清人は目を細めてタバコの煙を天井に吐いた。
「入院するか？」
はははと乾いた笑いを響かせながら、俺たちの昼は終わっていった。
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夕飯が終わり、フロも終わった俺はソファに座ってぼんやりビールを飲んでいた。
涼センパイは新聞を床に広げてパラパラと飛ばし読みをしていた。
今日の分を読み終えた後、センパイはフロに入るためフラリと立ち上がる。でも、なんだか本当にフラフラしていて足元がおぼつかない。
「風呂入って寝よ…」
じゃーな、と言って浴室に行ってしまったセンパイの背中を見送りながら、俺は新聞を片付けた。
それからちょっと経って、読みかけの雑誌を読み終えて寝ようとしてた俺の部屋に涼センパイが。
「…頭いたい…」
トコトコとベッドまで来て、そのままちょこんと座るセンパイ。
「なぁ、オレ熱ない？」
前髪を上げておでこを出してきたので、手のひらでその温度を確かめてみる。
「んー…ちょっとあるかもね。風邪かなぁ」
今流行ってますからね…と俺はドサクサに紛れておでこをコツンとくっつけてみる。
―― っていうか、熱あるし。
自分で言ってくるだけあって、かなりあるようだ。
「クスリもってってあげるから…。部屋で寝てなよ」
肩を抱き寄せて立たせようとする俺の胸にしがみついて、涼センパイは子供みたいな声を出す。
「クスリ嫌い…」
「子供じゃないんだから。ホラ」
「いい…。クスリいらないから……」
涼センパイの腕が俺の背中に回る。風呂上りで火照った身体から上がる熱が俺の体温も上げていくみたいな感じがする。
「こうやってしてて…」
きゅうっと抱きついてくる涼センパイの熱っぽい身体を抱きしめながら髪を撫でた。洗い立ての甘い香りがふわりと漂って鼻を擽る。
耳の奥で、理性が流れて消えていく音が聞こえたような気がした。
「…い…ちる…」
首筋にふれる、柔らかい感触。それはゆっくり頬を伝って、それから耳朶へ移る。
「…朝まで…一緒に…居てもいい…？」
甘えた声で囁かれて、心臓が止まるかと思った。今にもあふれ出しそうな欲望を必死で抑えて、俺はじっと見上げてくる涼センパイの頬にキスする。
「…熱…上がっちゃうからもう寝なよ」
「…うん…」
ベットにころんと寝転ぶ涼センパイのとなりに寄り添うと、センパイはネコみたいに身体を摺り寄せてきた。病人じゃなかったら間違いなく襲ってしまいそうだけど、カゼヒキさんにそんな事はできないので身体を抱き寄せて髪を撫でる。
しばらく続けていたら、センパイはすっかり安心しきった顔で寝息をつき始めた。つんと肩をつついても、目を覚ます気配はない。
「―― 」
ベッドの中、こんな風に寄り添う真夜中。目の前にぐっすり眠る涼センパイ。この状態で何もせずにいたら、どうにかなりそう。
「ちょっとだけなら…いっか…」
小さな寝息が零れる唇にそっと指をすべらせてみる。熱のせいで微妙に赤く染まっているのが、誘ってるみたいに見えてしまう。
俺は黙ったままそこにキスを落とした。
「……ん…」
塞がれた唇の端から漏れる涼センパイのコエを聞きながら、上と下の唇をちょっとづつ舌で味わってみる。
味がするはずがないのに、なんだか甘い気がするのは何でなんだろ…
首筋を指でなぞっていき、鎖骨の上へ指をすべらせていく――
―― え……
ゆるゆるとキスを味わっていた俺の舌に、ジワリと伝わる自分のものじゃない熱。肩に伸びた腕はするりと俺の首に巻きついていく。
「…ぁ…ふ…」
かすかに聞こえる涼センパイの甘い声…
今どうなってるとかそんな事をかんがえてる余裕もなく、その行為に夢中になってしまう。
舌が絡まっている事を知らせる湿った音が耳に届いて、それが余計に自分の欲情を煽ってく…
「……ん……も…っと……」
ふっと離れた俺の身体を引き寄せると、センパイは自分からキスしてくる。間違いなく目は覚めてて、何してるかもわかってるはず……と思うんだけど…
その事を確かめる訳にもいかず、俺はただキスを返すだけ―…
しばらくキスが続いた後、背中を掴んでいた指の力がちょっとづつ抜けていく。それからゆっくりと聞こえ始める寝息。
「―― 寝ちゃった…」
なんであんなコトになったのか解らないまま、くーっと眠り続ける涼センパイの可愛い寝顔を眺めた。
もしかしたら有村先輩との夢でも見てたのかもとちょっと切なくなってしまったりしながら、髪を撫でてまぶたにキスする。
「…う…ん…一琉…ぅ」
小さく寝言で名前を呼びながら、肩に頭をくっつけてくる。そんなセンパイが可愛くて、寝るのも忘れて観察する俺。
耳に残る涼センパイの甘えた声を何度も思い出しながら、熱を帯びている唇をなでる。
結局そのまま夜明け過ぎ、やっと俺は眠ったのだった。
「なんでオレ、ここに寝てんの？」
朝。予想通り涼センパイはすっかり元通りに戻っていて、俺に甘えてキスしてきた事なんかこれっぽっちも覚えていなかった。
「熱あるかもって言って、そのままココで寝ちゃったじゃないですか」
「…あー…そういやそうだったっけかな。だるかったし、頭ぼーってしてたからあんま覚えてねぇや」
ポリポリと首をかきながら、センパイは俺を見上げる。
「変なコトしてねぇだろうな」
ジロリと見上げてくるその顔は、昨日の夜とは別人だ。でも、ああいう甘えた所とこういうところのギャップがまた可愛くて俺はクスッと笑えてしまう。
「してませんよ。ホラ、起きてください。朝メシ作りますから」
急かされたセンパイは、一度伸びをしてベッドから起き出す。俺は出かける準備をするためにクローゼットを開けた。
―― あーあ…この調子じゃ次はどーなっちゃうのかな……
あんなキスをしてしまったら、次まで長くは持たない。…ような気がする。
「…やばいよなぁ…」
昨日の事をまた思い出してしまって、朝っぱらから変な気を起こしそうな自分がちょっと怖い。
「なぁメシまだ？」
ドアからヒョコっとのぞいてくる涼センパイをみて、ドキリとする。
―― "重症ですね"
聖に言われた言葉を思い出しながら、小さくため息をつく俺だった。
fever
END
