「そんな訳ないじゃないですかっ！普通に頑張っただけですよーだ」
べーっと清人に向かって舌を出すと、聖はフイっと横を向く。
でもその顔がちょっとだけ赤くなってるのは、気のせいじゃないと思う。
人を好きになるって不思議だ。
俺は聖を見ながら、我ながら感心してしまうのだった。
■ Chap 37 ： Reversal （逆転）
任せてくださいなんて、やっぱり言うんじゃなかった――
と、缶コーヒーをすすりながら思う俺。
新人戦で確保率を競う事になった聖の成績を上げるために、"今月だけ"という約束で特殊取締部に戻ってきた。
それはいいんだけど……
―― これは……ちとキツイよなぁ…
壁に貼られた確保率グラフを見上げると、思わずため息が出てしまう。
毎日頑張っちゃいるんだけど、性格なのか性分なのか、なんなのか。どうもうまくいかない。
聖なりに努力してるのはとっても解るし、俺も出来る限りの手は尽くしてるつもり。
…なんだけど。
「あーあ…全っ然ダメじゃねーかよ」
隣でタバコをのんきにふかしながら、清人はははんと笑う。
「あいつにゃ向いてないんだって。誰かと何かを張り合うなんて、そもそも無謀だと思うぜ」
「んな事言って…だってしょうがないだろ。うちには聖しかいないし、桐羽センパイはどうしてもやれっていうし」
ふーっと息をついて言う俺に、清人はニヤリと笑って相槌を打つ。
「ふんふん。ま、そうだわなぁ…なんつったって涼センパイがかかってんだからなー、一琉クンとしちゃ、何が何でもって気になるよなぁ？？」
「俺はその話の経緯は知らないけどさ…それもあるし、聖だって自分のプライドがあるだろ？」
俺がそうやって言ったら、それを聞いた清人は一瞬ムッとした。
「ああ…プライド…ねえ……」
タバコの煙をふーっと吐いて、目を細める清人。
指に挟んでいるタバコをプラプラとさせて、しばらくグラフを見上げていた。
―― お……？
言いにくい事がある時にはいつもやるそのクセを見て、俺はなんとなくピンと来た。
もしかしたら、聖になんか言われたのか、それとも言ったのか。
そういえば一緒にいる時、聖はほとんど清人の話をしない。前なら、何だかんだ話のネタにしてた気がするのに。
―― なんだ…ケンカでもしたのか……
それでいつも以上に聖は元気がないのかもしれない。お陰で成績はボロボロで最悪なのかも。
そう思った俺は、清人にさりげなく聞き込みをしてみる事にした。
「なんだよ。お前心配じゃないのか？」
俺の質問に清人はフン、と鼻で笑って答えた。
「何で俺があいつの成績の心配しなきゃならないんだよ。関係ねぇだろ」
「いやでも、可愛い後輩じゃん…」
「心配はお前がしてやりゃいいだろーが。俺の役目じゃない」
―― ええ？あれ？？？
ぶっきらぼうにそう吐き捨てられて、俺はあん？と首を傾げる。
なんでそこで清人が怒るんだ……？？
詳しい事情は解らないけど、何かあるみたいだ。俺はもうちょっと掘り下げようと質問を続けた。
「そういや桐羽センパイから聞いたんだけど、聖この前女装したんだって？」
俺がそう聞いたら、一発で解るくらいに清人の目つきが変わった。
もうどう見ても『不機嫌です』っていうのが解る。いつもそんな風に感情を出さない奴なのに、珍しい。
「―― 知らん。女装でも何でもさせて成績上げてやりゃあいいじゃねーか。俺にいちいち聞くな」
タバコを灰皿に投げ捨てて、清人は休憩室を出て行ってしまう。
―― ほう……そういう事ですか……
残された俺は、閉まったドアからグラフに視線を戻すと、そこでいろいろと推理する。
まぁ、そんな推理する事でもないけど。
あれは明らかに………
「―― ヤキモチ…？だよなぁ……」
清人は、俺がわざわざ本店から出向してきて聖と組んだ事が気に入らないのだろう。
それなら自分だってできると思ったのか、俺と朝から晩まで始終一緒なのがイヤなのか解らないけど、とにかく気に入らないんだって事は解った。
それはいいんだけど……
―― あの２人って……
どうなっているのか、実は正直なところ俺は知らなかったりする。
清人の女性関係なんて、把握しようと思ったらどっかに記録しておかないと多分ムリだ。だからそういう事はあまり聞かないようにしていたんだけど……
それならそうと、言ってくれればいいのに。
いちいち報告する事じゃないけど、何となく、そんな風に思ったりする俺。
でも……
「―― いいコト考えた……」
もしかしたら、案外これでうまくいくかも…
結構しょうもない思いつきだけど、このままじゃなんともならない。
―― これに聖が乗ってくれれば、の話だけどなあ……
そう思いながらも独りでクククと笑ってしまう。
「―― なにヒトリで笑ってんだ。気持ち悪いぞオマエ」
開いたドアの向こうから、涼センパイが呆れ顔で俺を眺めていた。
「―― あ…センパイ」
「あ…じゃねーだろ。このバカ。見たかこれ」
そう言ってセンパイが置いたのは、新人戦の確保率の最新情報だった。
「うわー………」
俺はグラフの中で一人だけ、飛びぬけて出ている確保率の名前を読んでみる。
「園近ルキ……」
「一番の名前なんてどうでもいい。その一番ひっくいグラフの名前が問題なんだよ」
そこには『春比奈聖』と見慣れた名前がバッチリ記入されてた。
がっくりしてそれを見ている俺をセンパイは腕組みをして睨んでくる。
「一琉が大丈夫って言うから任せたのに。これじゃいつもより悪いじゃねーかっ。何やってんだお前はっ！」
トントンと机の上の紙を指で叩くと、センパイは言った。
「もーこのままあんまり成績が悪いなら別居だかんなっ。オレは桐羽の部屋に戻る！」
「え…ちょ…待ってよ！なんでそうなるの？！」
泣きそうな顔の俺に、センパイはふーっとため息を吐いて呆れた顔をしてみせる。
「最初からムリって思ってたんだよな…だって、聖はこういう競い事に向いてないもん」
「だけど―― しょうがないじゃないですか…仕事だし…」
「仕事でダメなだけならいい。でもこれでこのままビリっ子だったら、オレはまた光希の相手しなきゃならないんだぞ？ま、それもオマエが悪いんだけどさ」
センパイはあーあと言って、イスに座る。
「まだ半分あるし…何とかなりますって」
「ならない。絶対にムリ」
タバコを取り出して吸い始めるセンパイに俺は言ってみる。
「なりますって。多分」
へらっと笑って言う俺に、涼センパイは疑いの眼差しを向けてくる。それからタバコの煙をふーっとはくと、ボソッと言った。
「なったら何でもいう事聞いてやるよ。犬にでも猫にでもなってやろうじゃねーか」
「―― ふぅん…ホントに？」
座ってるセンパイの後ろから腕を回すと、俺はその耳朶にキスする。
「じゃあ勝ったら―― 」
「勝ったら？」
「―― 彼女になってよ」
「彼女？何だそれ」
「女の子のカッコでデートしよ？嫌？」
「できるか！オレに女装しろっつーのかお前っ…ってちょ…や…め！」
シャツのボタンを上から順番にはずしていく。ベルトの金具に手を掛けると、センパイは俺の腕を掴んだ。
「―― ダメ…ココじゃっ…」
「やめてあげてもいいけど？その代わり俺のいう事聞いてよ…」
指先で胸の蕾を撫でるとセンパイははぁっと甘い吐息を零す。
「…や…ぁん！ダメ―― いう事きくから…っ…」
「ふふ…やめていいの…？」
「―― ん…んっ…ぁ………」
そのまま顎を引き寄せてキスすると、センパイは自分から舌を絡ませてくる。
ちゅくちゅくと舌の絡まる音が部屋に響く――
誰も来ないのをいい事に、俺はそのままセンパイのそこへ指を滑らせた。
「…は…ぁん…い…ちるぅ…ダメ…声でちゃ…う……！」
「ダメだよ―― ガマンして…」
「や…そ…んなの…ムリ…っ…あぁぁ…ぁっ………！！」
くちゅくちゅと淫らな音を立てて、センパイのそこはすぐに濡れていく。
そのまま一番感じるところを扱くと、センパイはすぐにガクガクと震えた。
「…イ…ヤ！ダメ…あぁ…ん…はぁぁっ…も…イッちゃ…うっっ…！イク………！」
机に突っ伏したまま、センパイは俺をちらりと見た。
「ホントに大丈夫なんだろーな………？」
「ハイ…多分」
俺の答えに、センパイは困ったように笑った。
「ま…いいや…」
俺の腕を取って、センパイは顔を上げる。
「キス……して……」
言われるままキスすると、センパイは甘えた声で囁いてくる。
「―― して欲しくなっちゃった…今日は早く帰ってきて…ね？」
「う…ん…解っ…た」
答えを返す前に、センパイからまたキスしてくる。
―― あーあ…ホントに頑張らないと…
これで成績悪くして、センパイに出て行かれたらもう泣くに泣けない。
２度目じゃきっと、桐羽センパイだって呆れるだろう。
俺はキスしながら、聖にやる気出させる作戦を練るのだった。
+ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ +
「よし。今日のターゲットはこれ」
俺は向かいに聖を座らせて、書類を見せる。
「昨日はチャイニーズ相手にてこずったからな、今日は学生さんコースで行こうか」
「―― はぁ……」
ニコニコ笑って説明する俺の前で、聖はため息混じりに返事を返してくる。
「このクラブと、この裏の通り。一回回ってみて、それから確保な。オッケー？」
「わかりました……」
ふぅ…と疲れたように息を吐いて、聖は元気なく立ち上がる。休憩室のドアを開けてやると、とぼとぼと俺の前を通り過ぎる。
それから、いつもみたいに裏口から外へ出た。
今日のポイントを一巡して、ターゲットを見張るために俺と聖は裏通りを流して歩く。
歩きながら、俺は聖に聞き込みをしてみることにした。
「なあ聖」
「―― はい…？」
「お前さ、清人になんか言われた？」
聖は一瞬ビックリしたような顔で俺を見て、それからまた前を向く。
「…いえ、別に………」
何にも…といいながら、聖はまたため息をついた。
「―― 俺と組む事でケンカした…とか？」
「え………」
俺の質問に、聖は思わず立ち止まる。それで、質問は的を得ているのは解ったんだけど。
さて。
いきなり付き合ってるのか？じゃ、どうかと思って、俺はちょっと遠まわしに聞いてみた。
「―― お前さ、清人とクラブの捜査してんだってね」
「…ええ…まぁ……」
「桐羽センパイが言ってたんだけど、清人、聖の女装見て仕事失敗したんだってな」
「―― ……」
いつも大きな目をきゅーっと大きくして、聖は俺を見上げた。
「…なぁ……お前さ……清人と―― 」
俺がそう言い掛けた瞬間、聖の目からポロポロ涙が零れた。
「僕が、一琉センパイと組むって言ったら、センパイ…機嫌が悪くなって……」
「―― うん…だろうな…」
「それで―― お前にはプライドってもんがないのか、とか怒られて…」
―― プライドっていうか、単にヤキモチだと思うけどね……
俺はちょっと笑えてしまうのを堪えながら、聖を眺めていた。
「それから、清人センパイ…僕に全然構ってくれなくなっちゃったんです……」
「―― ほお…で、こんなボロボロってこと？」
「…それを…理由にしちゃいけない…って解ってるんです…ケド…」
「―― まぁ…仕方ないよな…清人の気持ちも解らんでもないし……」
俺はふーっと息を吐いて、聖の頭をクシャっと撫でてやる。
「とりあえずさ、このままじゃマズイからちょっと頑張ろうぜ？もし聖が一番になったら、俺からご褒美を出すから」
「ご褒美…ですか？？」
赤くなった目で、聖はきょとんとして俺を見る。俺はふふふと笑って、聖にこそっと言った。
「お前が一番になったら、清人の一番の弱点を教えてやるよ。それをしたら、絶対に清人はコロッといくから」
「―― 弱…点？？」
「うんそう…昔清人と付き合ってた子が教えてくれたんだけどさ…知りたい？」
聖はこくこくと頷いて、俺の服の裾を掴んだ。
「教えてくださいっ……センパイの弱点……」
「じゃあ頑張れ。一番にならなかったら、これは一生教えられない」
「―― うう…っ」
聖は口をへの字にして、涙を拭いた。
「じゃあ今日から、頑張りますっっ」
―― おお…超単純………っ…
こんな事でやる気になってくれるとは思わなかったけど、その辺は聖らしい。
俺のその『悪魔の囁き』に乗せられ、まるで別人みたいに仕事をし始めた。
それから、聖は今までは何だったのかと言うくらいにすさまじい働きを見せるようになった。
結局そのまま最終週までそれは続き、残すところあと２日になった。
+ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ +
月末最終日。
今日までの成績が書き込まれたグラフを満足げに俺は眺めていた。
半月前まで一人勝ちだったグラフの一本線は二本に変わり、同じくらいの位置で並んでいた。
「おおー、すげぇじゃん」
横で清人はのんきにタバコを吸いながらグラフを見上げる。
それから聖のグラフの部分を指で指しながら、清人は俺の方を見た。
「お前これ、何か裏操作とかしてんじゃねぇの？」
「するか。そんな事したって何の得にもならないだろーが」
「…へぇ…そう……」
清人はふーんという顔をしながら、グラフをじっと見る。俺はその清人の横顔を眺めて、クスッと笑う。
―― 俺が…っていうより、お前のお陰なんだけどね…ホントは……
その成績がどんな理由で出来上がったか知ったら、どんな顔するんだか見てみたい。
「お前…替え玉とか使ったんだろ。これ絶対におかしい」
グラフの部分を指差して、清人は机でイチゴオレを飲んでいる聖の方を見た。
聖はキュッと目を大きくして、清人をキロリと睨む。
「そんな訳ないじゃないですかっ！普通に頑張っただけですよーだ」
べーっと清人に向かって舌を出すと、聖はフイっと横を向く。
でもその顔がちょっとだけ赤くなってるのは、気のせいじゃないと思う。
人を好きになるって不思議だ。
俺は聖を見ながら、我ながら感心してしまうのだった。
あの後、成績がどんどん上がって、これなら大丈夫だろうゾーンまで来たので、俺は聖に約束どおり『ご褒美』として情報を提供した。
早速聖はそれを試したらしく、ここ２〜３日の清人の機嫌は未だかつてないくらいの上機嫌なのだ。
とりあえずこのまま行けばきっと聖は１番を取れるだろう。
それで、有村先輩がどうするのかは解らない。
そもそも、聖のお願いをそんな単純に聞くとは思えないし、約束事自体覚えてるかも解らない。
―― まぁ…いいか……
このまま有村先輩が涼センパイを諦めたりはしないだろうと思う。
そう思うけど、それならそれでいい。
グラフを見て言い合いをしている聖と清人を眺めながら、俺はそんな事を考えるのだった。
Reversal
END