「…大切にするのって、以外に簡単なんだよ…でもね…」
桐羽センパイはそう言って、小さく笑って俺を見た。
「大切にされてる事には、なかなか気がつけないんだよね・・・」
■* Chap 28 ： Speculation(思惑)
何が何だかわからないうちに、３日が過ぎた。
何でなんだろうと考えても何もわからない。
ただ解ってるのは、涼センパイが部屋に居なくなったっていう事実だけ…。
ため息ばっかりついて生返事してる俺に呆れて、清人は突っ込んだ事は聞こうとしない。そして聖は毎日俺にチクチクいやみを言ってくる。
「だいたい一琉センパイは、涼センパイをホントに大事だと思ってるんですか？」
「…はぁ…？」
ぼんやりと缶コーヒーを飲む俺の前に座り込んで、聖は大きな目でこっちを覗き込んできた。
「…涼センパイはあんなに一琉センパイに一途なのに、一琉センパイはあんな所で・・・」
そこまで言って、聖は口をつぐんだ。
―― 何のこっちゃ・・・
”あんな所で”の意味も解らないし、大体俺が何したっていうんだ。
―― 何かしたのか俺はっ・・・・
俺の知らない所で、聖は俺の何かをつかんでるんだろうけど、俺には何の事か心当たりがない。
「…なんだよ…俺が、何だって？」
ボソリとそう聞くと、聖ははーっと大きなため息をつく。
「もういいです。とにかく涼センパイが・・・」
「一琉クン、ちょっといい？」
文句を言い掛けた聖の言葉をさえぎって、そこに立ったのは桐羽センパイだった。
「……なんでしょう…？」
「うーん…ここじゃ…ちょっと・・・・あっちで話さない？」
何か言いにくそうに桐羽センパイは俺にここから出ようと言った。
ね、と催促する桐羽センパイに促されて、俺は椅子から立つと桐羽センパイについていく。
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店の奥のソファで桐羽センパイは小さな声で用件を切り出した。
「―― 涼のコト―― …なんだけど」
―― やっぱりそれか・・・・
センパイが居なくなった次の日、桐羽センパイから『涼はうちにいるから』とそれだけ教えられた。
熱があって、寝込んでいて動かせないのでしばらく預かるよ、と桐羽センパイが言うので、俺も解りましたとだけ答えた。
「…何でこうなったか、心当たりはないの？」
「………ない……と思います……」
「思います…って？良く考えたらあるかもしれないって事？」
さすが桐羽センパイ・・・俺の小さな言い回しを敏感に察してる。
「涼が出てくなんて、よっぽどの事だよ。気に入らなくて一琉クンをたたき出すなら解るけど…」
ふぅ…とため息をついて、桐羽センパイは本当に困った顔をした。
そんな困った顔ははじめて見たかも知れない。
―― やっぱ…話した方がいいのか……
あの夜、２人で話した事は誰にも話してない。
涼センパイが、有村先輩に抱かれたなんて、自分の口から言いたくなかった。
でも――
「涼と有村…なんかあったの…？」
桐羽センパイもそのコトを知ってたらしい。また小さくため息をついて目を伏せる。
「…２人がホテルに行った事―― 結構広まっちゃってるんだよね……誰かが見ちゃったんだろうけど・・・」
「―― 俺も……本店の連れに聞きました……」
「…だよねぇ……僕も聞いて驚いた……涼が有村に自分から会いにいくなんて…考えられなかったから・・・」
２人して黙ったまま、しばらくテーブルを眺めていた。
それからちょっとたって、桐羽センパイがぽつりと言った。
「―― 聖から聞いたんだけど、有村から涼に電話があったって。聖はそれから涼の様子がずっと変だって言ってたけど、一琉クンは何も気づかなかった？」
「……」
そんなこと気がついてた。気はついていたけど、何もいえなかった。
もし問い詰めたら、涼センパイが消えちゃいそうで、怖かった。
「―― 俺が・・・・悪いんです…」
「―― え…？」
「俺が涼センパイの気持ち、解ってあげられなかったから…」
桐羽センパイには、話してもいいのかもしれない…
そう思って、俺は小さな声で『あの夜の事』を話し出した。
「涼センパイがどうして有村先輩に会ったのか俺にも解りません…だけど、涼センパイは絶対なんか隠してて…それを俺にも話してくれなくて…」
俺が怒れたのは、涼センパイがあんなウソで俺を納得させようとしたって事…
有村先輩の代わりが俺だなんて、そんなことを、思ってもないのに言葉にした涼センパイに、俺はどうしていいか解らなかった。
そのまま居たら、センパイをめちゃくちゃにしてしまいそうで、自分がコントロールできなくなりそうだった。だから、部屋を飛び出した。
「…そう…」
話を一通り聞いて、桐羽センパイはしばらく黙って何か考えてた。
そんな桐羽センパイを眺めながら、俺は涼センパイの体調を気にしていた。
熱を出して寝込んでるなんて聞いたら、いてもたってもいられなくて、そばに居たくて仕方がない。
センパイが嫌がらなければ・・・・だけど。
「…あの…桐羽センパイ……」
「あ…うん……なに？」
「涼センパイの具合は―― 」
「ああ、うん…相変わらず…時々起きてるけど、だるいみたいでずっと寝てるよ」
「そうですか……」
「―― 気になる？」
くすっと笑って、桐羽センパイは俺を見た。俺はコホンと咳払いをして、小声で言った。
「当たり前です……」
「だよねぇ・・・涼も、ホントは僕じゃなくて一琉クンに看病してほしいんだろうけど、今の状態じゃ言えるわけないよね」
しょうがないな…という顔をして、桐羽センパイは俺に言った。
「いつも9時ごろには寝ちゃってるから、店が終わってから寄ったらいいよ。よかったらこれ、部屋のキー」
「―― え。いや。あのそんなつもりじゃ…」
「平気平気。どうせ月末だし、僕はたぶん徹夜になっちゃうと思うから、遠慮しないで」
ニコニコ笑ってキーを渡してくる桐羽センパイに、俺は返す言葉がない。
「部屋は好きに使ってもらってかまわないから。ね」
―― この人にはかなわないな…
桐羽センパイは、本当に『何もかもお見通し』なのかもしれない。
目の前でニコニコ笑ってるセンパイを見てたら、そんな気がしてきた。
「ねぇ一琉クン」
「…はい？」
「こんなコト、言わなくても解ってるかもしれないけど・・・」
桐羽センパイは遠慮がちにそう言いながら、俺を見上げる。
「…大切にするのって、以外に簡単なんだよ…でもね…」
桐羽センパイは、小さく笑って俺を見た。
「大切にされてる事には、なかなか気がつけないんだよね・・・」
その言葉の意味が、なんなのか。言われた瞬間に俺はハッとした。
涼センパイがウソをついた理由。
俺に何も言えなかった訳。
―― 涼センパイは・・・・・俺の為に・・・嘘を―― ？
何でそんな嘘をつくのか、理由はわからない。でも嘘をつかなきゃいけないのは、俺のコトを――
思ってくれてるから・・・
「もー…っ」
俺よりも先に、桐羽センパイがそのコトに気がついた事に恥ずかしくなった。
あんなに一緒にいたのに、俺は涼センパイのコト、まだ全然解ってない。
―― 看病に行ったからって、涼センパイと元に戻れるかどうかは解らないけど、とりあえず、会わなくちゃ…
「―― 鍵…お借りします」
ぺこりと頭を下げて、テーブルの上のキーを握る俺。
桐羽センパイはうんうん、と俺を笑ってみてる。
仕事が終わった真夜中、俺は早足で桐羽センパイの部屋に向かった。
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