「欲しがるばっかが愛じゃねぇからなぁ」
タバコをふかして目を細める清人の言葉に俺は何も返せない。
俺だってそんな事は解ってるんだけどね・・・・
―― 欲しがらずに大切にしなくちゃいけないって解ってるのにできないんだよなー
■* Chap 25 ： quell(抑制)
「…ふぁ…っ…あ…・・ぅうんっ…」
真夜中のベランダ。
涼センパイは泣きそうな顔で俺を見る。
「…も…やぁ…っ…・・コエでちゃ…う…ぅ…」
背中をペロリと舐めるとビクリと身体が震える。零れそうな声を押し殺して、センパイはぎゅうっと手すりを握る手に力を入れてる。
「ダメだよ…声出しちゃ…」
「…だっ……てぇ…気持ち…い…ぃ…んだも…ん…我慢でき…な……あぁぁっ…！」
「…聞こえちゃうって…」
自分がこんな状態にしてるのに、俺はイジワルでそう言ってみる。センパイはそんな俺の言葉にキュッと唇をかんでからはぁっと吐息を零した。
この頃、１週間に１回はこんな事してる。ベランダでしてみたり屋上でしてみたり・・・。
別にマンネリって訳じゃないけど、時々こんな風にいつもと違う雰囲気でしたくなる。
お願いするとセンパイは嫌がらずに受け入れてくれるから、俺も調子に乗ってついあれもこれもと試してみたくなる。
「ねぇ…」
「……ん……な・・に…？」
「…今度、店でしたら…怒る…？」
「……バカ……んなの…・・」
そこまででとまるセンパイの言葉。その先を聞きたくて、俺は催促するみたいに行為を激しくしてみた。
「ん！あぁぁｌ！ちょ…ダ・メ…っ……そん・なに…したらぁ…はぅぅん…っ！」
ガクガクと揺れる身体を抱きしめて、耳元で囁く。
「…イキたい……？」
「…んん…っ…も…イカ・・せてぇ…っ」
それを聞いた俺は、お願いとは逆にちょっと勢いを緩めてみた。それに気がついたセンパイは、こっちを見て上目遣いに潤んだ目で俺を見る。
「……や…やめちゃ…ヤダ…っ……もっとして……」
切れそうな息を繋いで、センパイは俺におねだりする。俺はそんなセンパイに小さく笑ってこう言った。
「して欲しい…？じゃあ…俺のお願い聞いてよ・・・」
「う…ぅん…わかった…からぁ……店でもいっぱいしていいから…だから…ぁ…も・…お願・・い…」
かわいくお願いされて、俺は思わず顔が緩む。
もしかして、こういうセンパイが見たいからこんな風に扱っちゃうのかも、とか考えると、ちょっと自己嫌悪も感じたり…
こんな性格じゃないと思うんだけど、センパイ相手だとどうも自分が”Ｓ”っぽくなってしまう気がする。
―― 俺って、ちょっとヤバイ…かも…
絶対に隣に聞こえるくらいの声で溶け始める涼センパイの身体を抱きながら、俺はぼんやりとそんな事を思ったのだった。
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それから１ヶ月。
毎日蕩けたような生活をしてたから、いつかきっと起こるだろうと思った事態が起こった。
「涼センパイが…？」
休憩室のテーブルの向こうで、がっくりと肩を落とす聖。
「―― 僕がもっとしっかりしてれば・・・・」
「…お前はいつもの事だからまぁいいけどさ、涼センパイはどーなってんだよ」
「それが……ですね・・・」
清人に突っ込まれた聖は遠慮がちにヒソヒソ声で言った。
「センパイ…なんかいつもらしくなくて・・・・いつもだったら簡単に飛び越えれちゃうようなフェンスだったのに・・手が滑った…って」
どうやら、ターゲットに逃げられたということらしい。
いつもの涼センパイなら、逃げるターゲットを追う時にフェンスを飛び越え損ねるなんて事は有り得ない。
「―― 『最近オレ疲れてるのかなぁ・・』なんて、ため息ついてたし・・・僕なんて答えていいのかわからなくって・・」
―― それは、俺のせい？
なんだろうな…と思う。毎晩毎晩あんな風に身体を酷使してたら、さすがに昼間にも響く。
「…何だ？心当たりでもあんのか？」
黙り込こくって聖を眺めていた俺に、清人はそう聞いてきた。
「…いや…ない…けど・・・」
躊躇いながらそう答えると、聖はちらりと俺を見た。
「―― 一琉センパイ以外に、涼センパイがおかしくなる理由なんてあるんですか」
ちくりと刺さるような言い方で、聖は目を細めて俺を睨んだ。俺はそんな聖から目を逸らすと天井に視線を彷徨わせる。
「いいですか？涼センパイは、この頃一琉センパイの言う事なら何でも聞いちゃう状態なんですからっ。調子に乗って無理させないでくださいよっ？解ってます？」
誤魔化そうが何しようが、聖に言わせれば、涼センパイが不調になる理由は俺以外考えられないのだろう。
でも確かにそれはその通りで、俺がちゃんとコントロールしてれば涼センパイはこんな風に仕事をしくじるような事はなかっただろう。
大きくため息をついて俺は手元にあった缶コーヒーを一気に飲んだ。
「聖」
いきなり聞こえた声に、俺は飲んでいたコーヒーでゴホっとむせてしまう。振り返ると、ちょっと元気なさそうな涼センパイが立っていた。
「ちょっと…いいか？」
センパイに呼ばれて、聖はカタンと椅子から立ち上がった。
お願いしますよ、という目線を俺に送った後、聖は涼センパイのところまで歩く。
２人が部屋から離れたあと、俺はテーブルに突っ伏して、はーっと息をついた。
「参ったなぁ…ヤバいなーって・・・思ってたけどさー…」
「んだよ、解ってんじゃねーかよ」
清人はあーあ…という表情をして、タバコの箱を取り出す。
「まぁ…一緒に住んでて、毎晩顔突き合わせてたら、何もせずにいられないっつーのも解るけどよ」
ため息をつき続ける俺を眺めて、清人はタバコに火をつける。俺は空になった缶を置くと清人がふかすタバコの煙を眺めた。
「欲しがるばっかが愛じゃねぇからなぁ」
タバコをふかして目を細める清人の言葉に俺は何も返せない。
俺だってそんな事は解ってるんだけどね・・・・
―― 欲しがらずに大切にしなくちゃいけないって解ってるのにできないんだよなー
涼センパイと２人きりでいると、何もせずにはいられなくなる。
ココロの奥ではダメだって解ってるのに、どうしようもなくなって、気がつくともうその身体を抱いてる自分が居る。
身体が好きで一緒に居るわけじゃないのに、どうしてそうなっちゃうんだろう？
独りでグルグルしている俺に、清人はまたポツリと呟く。
「でも最終的にはそれ無しじゃ、どうにもならねーもんな…」
しょーがねぇよなぁ…と苦笑する清人に俺は搾り出すような声で答えた。
「―― だからぁ…それが問題なんだって……」
このどうにもならない欲望を、上手にコントロールする方法があるなら今すぐ教えて欲しい。
「…逆なら何ぼでも思いつくけどよー…抑制手段っつーのはねぇ……」
さすがの清人も、”しないようにする”方法なんて思いつかないのか、肘をついた右手にあごを乗せ、考え込んでいる。
「にしても、うらやましい悩みだよなぁ……」
「…そういう問題じゃないって言ってるのに・・・・・」
結局２人で考えてみたけど、そんな方法はないという結論に辿り着いた。
となれば、正直に涼センパイに話すしかない。というか、何とかしなくちゃ涼センパイがダメになってしまう。
その日の帰り道、俺はそのことばっかり考えて部屋まで帰った。
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「あ…ぁ…ぁ…っっ！い…やぁっ…ダメ…ぇ…イ…っちゃう…ぅ！」
ベッドの上で跳ねる涼センパイの身体。
ブラウンのさらさらの髪を撫でながら、俺はセンパイの耳朶を噛む。
悩んだくせに、結局誘惑に負けて俺はいつもと同じ事の繰り返し。節操が無いのか、我慢が聞かないのか。
自分でもだんだん腹が立ってくる。
「センパイ……」
行為の後、だらだらと余韻を楽しんでいる最中に俺はこそっと聞いてみる。
「今日……何かあったの？」
「……別に……なんもない…」
「ないこと…ないでしょ……」
センパイは後ろから抱きしめていた俺の腕の中でくるりと向きを変えると、肩につかまる。
「聖に…聞いたのか？」
「……うん……」
ちょっと元気なさげに答える俺を見て、センパイはふふっと笑う。
「…平気平気…たいした失敗じゃないし…」
「でもっ…」
「一琉が心配する事じゃないからいーって…オレがミスったってだけの話」
だからいーんだよ、と可愛く笑う涼センパイ。俺はそんなセンパイをぎゅっと抱き寄せた。
「失敗したの、絶対俺のせいだし……俺が調子に乗ってセンパイに甘えて無理させてばっかだから…」
そんな事を言い始めた俺を見て、センパイはクスクス笑い始めた。
「…なんで？お前のせいじゃないじゃん。オレの意思なんだからいいの。それにこれと仕事とは別世界だからマジで関係ねぇって」
「関係ある！絶対ある！」
コドモみたいに言い張る俺に、センパイはちゅっとキスしてきた。
それから、小さな子に言い聞かせるみたいにこう言った。
「こうなるの、解ってたからダイジョウブ……でも…ないともっとダメになる……だから…いいよ…」
心臓が、止まりそう。
そんな甘い声でそんな風に言われたら、俺の理性なんか、簡単に吹っ飛んじゃう事を解ってるクセに・・・・
「…今度から気をつけるから……ね？だから……」
もっとして…とねだりながら、キスをしてくるセンパイの背中に俺は腕を回す。
俺がどんなに心配しても、センパイがこんな風に望んでるんじゃ仕方ない。
いつもクールで他人に甘い部分を見せない奔放なセンパイの振る舞いは、こういう壊れそうに脆い一面を隠す為の手段だったんだと、やっと解った。
でも、こんな自分を見せるのはよほど信用した相手にだけ。
だとしたら、それが俺って思ってもいいって事だよな・・・
それが解ったら、センパイの事が本当に大切だと思えてきた。
俺が守ってあげなくちゃ、この人はいつかどこかできっと壊れる。
でも、そう思ってるのは俺だけじゃない。
もう一人、こんな涼センパイを知ってる男がいる。
そして、その相手は今でもセンパイを――
―― まだ…諦めてないんだろうな……
そんな”彼”の顔を思い浮かべながら、俺はちょっと目を伏せた。
quell
ＥＮＤ