「…愛してる…よ」
寸前に囁かれた言葉が消え入るように耳に聞こえた。
こんなトコで、なんでそんな事言うかな…。
もっとちゃんと、こう、ベッドの上とかで言ってくれればいいのに。
でも、すごい嬉しい…。
■* Chap 21 ： Honey(蜜)
「だーから！もう触んなっつーの！」
休憩室でタバコを吸う俺の髪を撫でながら一琉は笑う。
「いいじゃん。誰か見てるわけじゃないし」
「そんなの関係ない。仕事中はオレは先輩、お前は後輩。コレは命令なんだから、絶対に触るな」
「…ふーん…」
一琉は机に肘をついたまま、オレを見てゆるく笑った。その笑いをしてるときは絶対になんか怪しい事を考えてる時だ。
オレはちょっと怒り気味の顔で一琉を見上げた。
そしたら…
細くて長い指で顎をふっと上げられた。
「―― …ん……ん…っ…」
急に落とされた溶けそうな甘いキスに、身体中の力が抜けそうになる。唇からだんだん声が零れてくるのを確認すると、一琉はシャツの裾から手を入れてきた。
「―― バ・カ…っ…やめ……っ…ぁ…あ…」
―― すごい…気持ちいい…
胸の一番感じるところを撫でられて、思わず声が出ちゃいそう……
クリスマスからずっと、一琉に触れられるたびにすぐにこんな状態になってしまう。
キスされるだけでもう逆らえなくて、そこからはもう一琉にされるまま……
「…ふふ…これ以上はヤバい…かな…」
「…ったり前だろ…も…う」
また塞がれる唇。上がっていく熱に止まりそうになる思考。
ダメだって解ってるのに、こんな自分を止める事ができない。
このままじゃ絶対にダメになる。一琉がいなくちゃどうにもならなくなってしまう。
毎日そう思いながら、毎日こうやって仕事中でも帰り道でもキスされて。それどころか”してくれないと不安”になってしまっている自分がいる。
「…よしっと…そろそろ仕事しよっかな」
ふっと息をついて身体を離す一琉を見上げるオレ。一琉はオレの髪を撫でて小さく笑う。
「また夕方には逢えるでしょ…そんな顔しないの」
意識してたわけじゃないのに甘える子供みたいな顔で一琉を見上げている自分に気がついて、オレは慌てて目を逸らした。
「…もう行く」
このまま居たら、離れられなくなりそうでオレは椅子から立ち上がった。そんなオレを一琉の長い腕がふわっと包む。
「…今日は…してもいい…？」
毎日するのはイヤだと言い張るオレに合わせて、一琉はしてもいいかをいつもこうやって聞いてくる。
昨日もその前もおあずけだったから、たぶんしたくてしょうがないハズ。…まぁそれはオレも同じだけど…。
「……いいよ…」
短く小さな声でそう答えて頬にキスすると、オレはそのまま部屋を出た。
結局その夜は朝まで寝かせてもらえず、最後はもうどうなってたか良く覚えてない。目が覚めたらもう朝飯の時間で、一琉はすっきりした顔でキッチンに立っていた。
でも、別にそれは特別じゃなくていつもの事。オレが許した日の次の朝はいつもこんな感じ。
眠そうに重い身体を引きずってくるオレに気がつくと、一琉はコーヒーを運びついでにキスしてくる。それもいつものコト。
―― これって…、流されてるっていうんだよなー…
適度に冷めたコーヒーを飲みながらオレはぼんやりそんな事を考える。１から１０まで一琉のペースでオレはそれにのっかってるだけ。
自分からは何もしなくても、一琉は先回りしてオレの考えてる事を察して思ったとおりにしてくれる。それがイヤってわけじゃないけど、なんとなくそれでいいのかなって気もする。
たまには自分から何か仕掛けてもいいんじゃないかと思ったりして、オレはふっと小さく息をつく。
―― …たまにはいっか……
今度の日曜日、ちょっと片づけがあってオレは休日出勤するつもりでいた。それに一琉も連れてって……
自分からこんなコト考えるなんて、今までのオレだったら有り得ない。でも、一琉のためだったらしてあげてもいいと思えるから不思議だ。
「どうしたの…？」
コーヒーカップを覗き込んで考え事をしているオレを変に思ったのか、一琉は不思議そうに首を傾げる。
そんな一琉を見上げてオレは小さく笑った。
「…ん…？…なんでもない…」
その週の日曜。計画は実行されたのだった。
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日曜日。オレは一琉を連れて店へ向かった。オレの企んでいる事なんか何も知らない一琉は、欠伸なんかしながら隣を歩く。
「センパイが休日出勤なんて、珍しい」
眠そうな顔でこっちを見おろして一琉はぽそっと呟く。
「まぁな…でも休みの日のが落ち着いてやれるしさ、早く仕事が片付くじゃん。今月聖の昇進指導で結構時間取られちゃったから、雑用が溜まっちゃってさ…」
「ああ、そっか。聖の試験、いつでしたっけ」
「来週。だから今週もいろいろ大変でさ」
「ですよねー…、俺も試験の時、戸倉先輩にかなり面倒見てもらったもんなー…」
そう言ってしばらく黙り込んだ後、一琉はニヤッと笑ってこう言った。
「俺が直属の後輩だったら、涼センパイ、ちゃんと面倒見てくれます？」
「見ねぇよ。お前なんか面倒みなくても自分でできるじゃん」
「…ヒドい…そんな即答しなくても」
「何にもひどくねぇだろーが。出来の悪いコほど可愛いって諺にもあるだろ」
「…それって、俺は可愛くないって事？」
「…アホかお前は…可愛いってキャラじゃねーだろ」
「そりゃそうですけど。でもさ…」
「あーもーうるせー。可愛い可愛い。お前も可愛いよ」
タバコをくわえて面倒くさそうに言うオレを拗ねたように見る一琉。本当はそんな仕草も可愛いと思えてしまうけれど、それを口に出したら面白くない。
―― さて…どのタイミングではじめっかな…
店のドアが見えてきた。オレは頭の中で、今日の作戦を立て始めた。
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