「ふぁ…あ…っ」
「り…涼センパ…イ？」
目の前で甘い声を上げて溶けていく涼センパイ。
俺の声を聞くとセンパイはピクリと震えて身体をしならせる。
「…一琉…っ…好き…っ…」
名前を呼ばれた瞬間、自分の中で理性が消えてなくなっていく音が聞こえた気がした。


　■*　　Chap 20 　：　　allow(許)　 　　


「降って来そうだな…」
鉛色の空を見上げて、俺ははーっと息をつく。
涼センパイが拉致られているかもしれない埠頭の倉庫の前で、中の様子を窺った。中からは何やら意味不明な言葉が聞こえる。たぶん、チャイニーズの売人だろう。
「―― どーすっかな……」
このまま踏み込んで一気にカタつけてもいいけれど、もし涼センパイに傷でも付けられたら困る。それを避けて上手い事やり抜けようと俺はタイミングを計った。
少しだけ開いた大きな扉の隙間から中へ。ガランとした倉庫の奥の事務所のような部屋から声がする。
しばらくその部屋の方を見ていたら、反対側の階段からガンガンと誰かが降りてくる音がした。
「―― 」
金属の階段を下りてきたデカい男の左手には見覚えのある白のダウンジャケット。
―― 涼センパイのだ…
右手には注射器のようなものも見えた。その状況からして、センパイの置かれている状況はかなりヤバい。
―― 早く助けないと
繰り返しクスリを打たれたら、センパイは間違いなくおかしくなってしまう。俺は事務所に男が入っていくのを見計らって階段の方へ移動した。

音を立てないように上まで上がり、いくつかに仕切られた倉庫の中を探していたら――
「センパイ…！」
使われなくなった事務所のような場所の回転椅子に縛り付けられている涼センパイ。シャツは半分脱がされてるけど、ひどく乱暴された感じはない。
俺はそれにちょっと安心しながら、センパイにシャツを着せる。その時、後ろから階段を上がってくる音がした。
―― しょーがない。こうなったらやるしかないか
相手はそう多くない。何とかなるだろ。
俺は部屋の隅に転がっていた消火器を素早く拾った。

中を覗いてこっちの姿を目にした男たちは、大声で喚きながら俺に襲い掛かってくる。俺はそんな奴らに消火器を向けた。
バシュッと言う空気の抜けるような音がして真っ白な煙が部屋の中に充満する。威嚇のために銃を抜くとそれを天井に向けて１発撃った。
涼センパイが縛り付けられている椅子を窓際に押して窓を開ける。それから仕切りの向こうに逃げた男たちの後を追う。
「○×〜〜▽□！！」
売人風の痩せた男は俺に向かって何か叫びながら、倉庫の外へ走り去っていく。さっき見かけた大男もその後について行く。
その向こうに何やら仲間の様な奴が車に乗って待っていた。
さすがの俺もそれを走って追いかけるのは無理なので、そこで諦める事にする。
「さてと」
後は涼センパイを何とかしないと。あの様子じゃしっかりクスリが効いていて、目を覚ましそうにない。俺は迎えを呼ぼうかどうしようか考えながらセンパイのいる場所へ戻った。


「あーあ…ホントに世話の焼ける人だなぁ…」
センパイがこんな目に遭ったのは自分のせいだと知らない俺は、そんな事を呟きながら縛っているロープを解く。
ふっと床に目をやると、クスリの入った小さなビニール袋が落ちていた。俺はそれを拾って、しばらく眺める。それからセンパイが今日押さえるはずだったブツについて調べてみた。
「Ｈｉ−Ｔｒａｃｋ…ねぇ」
ケータイでそのクスリの効能を調べて、ちょっとビックリしてしまう。
「潜在的欲望を表面に出させる……？」
これが、センパイに打たれてたらどうなるんだろう？そもそも涼センパイにそんなものがあるのかどうか解らないけど、俺だったら絶対にヤバい。
そんなバカな事を考えながら俺はセンパイに視線を移した。
相変わらずクスリが効いていて、センパイは目を覚ます気配はない。助けに来たって言うのに頭の中には不埒な考えが沸いてきて、どうしようもなくなっていく。
「…センパイ…起きてください」
このままじゃまずいと思った俺はセンパイを起こそうとその頬に触れた。その時……

「…ぁ…あん…や…ぁっ…！」
センパイの唇から零れる甘い声に俺は身体が硬直してしまう。何でそんな事になっているのか解らないままその姿をただ眺めた。
ガクガクと揺れるセンパイの身体と声で、どんな幻覚をみてるのかは察しがつくけど…。
「ふぁ…あ…っ」
「り…涼センパ…イ？」
目の前で甘い声を上げて溶けていく涼センパイ。俺の声を聞くとセンパイはピクリと震えて身体をしならせる。
「…一琉…っ…好き…っ…」
名前を呼ばれた瞬間、自分の中で理性が消えてなくなっていく音が聞こえた気がした。


「や…ぁっ！あ！…も…ダメーーっ…！」
センパイはふるっと全身を痙攣させてカクンと落ちていく。俺はどうしていいか解らず、そんなセンパイを見ているしかない。
「…う…？」
ゆっくり腕を伸ばして髪に触れると、センパイはゆっくりとその目を開ける。定まらない視点で俺の顔をしばらく眺めてその後窓の外を見た。
「………オレ…何して…」
自分の置かれていた状況が飲み込めていない涼センパイは、辺りを見回し肩に手をやる。
「そーいや…なんか変なモン打たれた気が……」
そう言い掛けて、センパイはハッとした顔でオレを見上げた。

「ちょ…っと待った…今の…夢…じゃなかったの…か…？」
「夢？どんな夢？」
目の前で見ていたくせに、俺はしらばっくれて聞いてみる。センパイだって今日の目的のクスリの効能なんて解っているんだから、それが夢じゃなかった事くらい気がつくはずだ。
「いや何でもねぇ…っつーか…何でお前が居るの？」
「さぁ、どうしてでしょうね？愛の力かなぁ？」
「アホか」
呆れた顔でそういい捨てる涼センパイ。俺はクスッと笑って、そんなセンパイの首筋を撫でた。
撫でたと同時に、ビクンと反応するセンパイの身体。
「……まだ効いてるね…クスリ」
そう言いながら、手元にあったビニールの小袋を開ける。そして中の粉末を指ですくうとペロリと舐めてみた。
そんな俺の仕草を涼センパイは目を大きくして見上げる。


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