「こーゆーの嫌い？」
甘えてる時にしか出さない可愛い声でセンパイは俺に聞く。
「や…あの…え…っていうか…いいの？」
「…イヤだったらしないけど」
「嫌なワケない…じゃん…」
「…じゃあしてあげる」
お客にも滅多に見せない綺麗な笑い顔を見せると、センパイはソコへキスする。
―― ウソ…だろ…
俺はそれが始まるともう何も言えなくなってしまった。
■* Chap 13 ： Flow （流）
「悪ぃ、マヨネーズとって」
「はい」
"ペットの夜"から1週間、俺とセンパイは今までどおり何事もなく毎日過ごしていた。
いつも通りに朝ごはんを食べて、仕事に行って。夕方までは確保に駆けずり回り、夜は店でお客の相手をしつつ情報収集。それから帰って夕飯を食べ、そして寝る。
涼センパイは相変わらずマイペースで、ワガママだ。あの夜の事なんか、すっかり忘れたみたいにフツーにしてる。
俺だって別に、一度あんなことしたからってセンパイを自分のモノに出来たなんて思っちゃいないけど、でも、なんかさみしい。
―― ちょっとくらい、今までとは違う態度してくれたっていいのに…
風呂上りとか、俺がちょっかいかけようとすると前と同じで足が出たり手が出たり。甘えるとか、くっつくとか、そういうのはゼロに等しい。
あんなに可愛いコエ出して、上り詰めた所を見せてくれたのはやっぱり賭けに負けたから、ただそれだけだったのかも知れない。それはそれでいいんだけどさ…
「―― ねー…たまには、いいじゃん…」
夕飯を作り中のセンパイの小さな背中を後ろから抱くと、俺は甘えるようにセンパイに聞いてみる。
「…なんか、センパイつれないんだもん…ちょっとさびしい」
「はぁ？何アホな事抜かしてやがる。今までと同じだろ？朝から晩まで顔つき合わせて一緒に居るんだから、そうしょっちゅうベタベタしてられるか」
「ベタベタって…全然してないじゃん」
「もーうっとーしい！あっち行けよホラっ！」
包丁を持った手で、俺をシッシッと追い払うとセンパイはまた調理を始める。
―― ちぇー…つまんないの…
ちょっとくらいは動揺するかと思ったのに、全然無反応。
「出来たぞ。運べ」
あの夜のセンパイとは１８０度違う、俺様な涼センパイ。まぁ、それがいつも通りなんだから仕方ない…。
ないんだけど…なぁ…
―― センパイは、何とも思ってないのかな…
あんな事させて、何でこんなに普通の態度でいられるんだろ。
俺は毎晩あの夜の事を思い出してしょうもない誘惑に負けそうになってるってのに、センパイはまるで修行僧のように無欲そのものだ。
ぐじぐじとお得意の無限ループを繰り返しながら、俺は箸を持って考え込んでしまうのだった。
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「それは単に、意地っ張りってだけじゃねぇの」
夕暮れ。ターゲットを確保して店へ帰る途中に、涼センパイがつれないとこぼした俺に清人はそう言った。
「涼センパイはプライド高いし。"ペットにされて、やられちゃった"んじゃ、そりゃお前、素直になんてなれるワケないじゃん？」
「…そりゃ…そうかもしれないけど…。でもさぁ…」
「案外、ホントは無理やりして欲しくてジレジレしちゃってるかもしれねーぞ？」
「―― え…」
ニヤリと笑う清人の顔を眺めたまま、俺は言葉が出ない。まさか、涼センパイがそんな事…
―― 考えてる訳ないよなぁ…
無理やりそんなことしたら、俺は絶対に全治３ヶ月ぐらいの入院をさせられる羽目になるような気がする。
「昨日の晩だって、包丁振り回してたし。ジレジレなんて…全然感じないけど」
「そこが涼センパイなんだって。いいからしばらく待ってみろって。ぜーったい何かしてくっから」
くくく、と笑いながら、清人はタバコを取り出してくわえる。それに火をつけて美味しそうに吸うと俺にこう言った。
「俺の予想当たったら、メシおごってくれよ。はずれたら、俺がお前の食いたいもん何でもおごってやるから。なっ」
一体どこからそんな自信が来るのか解らないが、清人はどうやら涼センパイの裏のキモチを読んでいるらしい。
「しばらく…ねぇ…お前がそんなに言うなら待ってみるけどさ…」
はーっと自信なさそうに返事を返して、俺はオレンジ色の空を見上げたのだった。
その後、店で営業中も清人に言われた"ジレジレしている"発言が気になってしまい、俺は思わず涼センパイを観察してしまう。
―― そんな風にみえねーし…全然
ジレジレなんて、涼センパイにはとうてい似合わない。と思う。相変わらず次から次へとお客から入る指名をこなしていく涼センパイを見ながら、俺は今日１０回目のため息をついた。
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事件が起こったのはそれから１０日経ったある夜だった。
「いただきます」
箸を持って夕飯のメニューを眺めた俺は、あれ？と一瞬首を傾げる。
―― なんだろ？偶然？
何故か俺の好きなものばかりが並んでいる食卓。涼センパイは食べ始めない俺を不審そうな目で見た。
「何だ？食わねーのか？」
いらないならオレが食べる、と皿に伸びてくる箸。その攻撃をかわす為、俺は皿をひょいっと持ち上げた。
「あ！ちょっとダメですって。そうじゃなくって―― 」
何で、俺の好きなものばっかりなの？と聞きそうになって慌てて口を押さえる。また殴られるのもイヤだし、そんな事聞いたら絶対にご機嫌ナナメになってしまうに決まってる。
何も言わずにニコニコ笑って食べ始める俺を見て、センパイはよし、という顔をした。…ような気がした。
それからいつものように風呂に入り、ビールを飲みながらまったりしていた俺。涼センパイはフロから出て来て冷蔵庫をのぞいていた。
「もうビールがあんまねぇな。明日の帰りに買うから覚えといて」
「はーい了解」
くぴっとビールを飲みながら返事をする俺の前に、ちょこんと座るセンパイ。カシュっと開けたビールを一口飲んで、テーブルに置く。それから俺を見上げて笑った。
それは良かったんだけど、その笑顔が滅多に見せない”超可愛いスマイル”だったので俺は一瞬戸惑ってしまう。センパイがその顔で笑うときは、必ず何かある。すげー嫌な事を頼みたいときとか、とんでもないイジワルを考えてる時とか…
俺はいつもの条件反射で、ちょっと怯えた声で恐々センパイに聞いてみる。
「…何ですか…何かまた企んでるでしょう……」
「えへへー」
その笑いが怪しいんだっつーのに。でも可愛くて何をされても許してしまう。だけど、今回はちょっと違った。
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