「何でも聞くって言ったじゃん」
「…い…言ったけどっ」
「じゃあいいでしょ…いう事聞いてよ」
クスっと耳元で笑う声。
首筋をいつもみたいに滑ってく唇が気持ちいい…。

「…ん…ぅ…ヤ…ダ…っ」
「ホントにイヤなの…？」
もう…ダメ。逆らえない。
溶けそうに感じてしまう声を聞きながら、オレはぎゅっと目を閉じた。


　■*　　Chap　12　：　　Fondling （愛玩） 　　


同じ高さで並ぶグラフ。それを見上げながらオレはうーん、と考え込む。
「このまま行くとドローですかね」
「…おう…そんな感じだな…」
ふーっと息をつきタバコに火をつけるオレを見上げて、聖は心配そうに聞いてきた。
「大丈夫なんですか？何か心配なんですけど」
「何が」
「だって、これ…」
グラフに書き込まれた赤い線。聖はオレと一琉の線が同じ目盛りで止まっているのを指差して、泣きそうな顔で口をへの字にする。
「ま、一琉だって一応主任なんだし。頑張ってもらわなくちゃ困るじゃん？だからいーんだよ」
気にすんな、と笑うオレの言葉にコクコクと頷きながら、聖は持っていたメロンパンの袋をぱりぱりと開ける。
「そうですよねっ。涼センパイが一琉センパイに負けるわけないですもんね」
「ったりめーだろ」
ニッコリ笑ってメロンパンをかじる後輩の頭を撫でながら、オレは内心どうしたもんかと悩んでいた。
それは３日前の事…


「せっかくですから、何か賭けません？」
店の仕事が終わっていつものように休憩室でビールを飲み、まったりしていたオレに一琉は意味不明な提案をしてきた。が、賭けなんかに全く興味のなかったオレは、その提案を即効で却下した。
「せっかくって何だよ。お前が1番ならオレは2番。オレが１番ならお前は２番。それだけの事だろ？」
「それじゃつまんないでしょ？だから何か賭けましょって。あ、そうだいい事考えたっ」
極上の笑みを見せて、一琉はオレの前に座るとちょっと間をおいてから小声で言った。
「負けた方が勝った方のいう事を何でも聞く。って良くないですか？」
「良くない。勝とうが負けようがオレはお前のいう事なんか絶対聞くのヤダ」
つーんとしてビールを飲み続けるオレをじっと見て、一琉はふーん、と口元をゆるめた。
「なーんだ…涼センパイが勝ったら、何でもいう事聞いてあげるのに…」
「…勝たなくったって、お前はオレのいう事何でも聞いてるだろーが。いつも。アホか」
オレが負けたって、一琉はオレのいう事を聞く。多分、っていうか今だってそうなんだから、そんな賭けに意味はない。と思っていたオレに向かって、一琉が言った言葉は―― …
「して欲しい事、何でもしてあげるのになー…」
妙に甘いような声でそう耳打ちされて、ピクリと反応する自分が嫌だ。
「…何を…。別にオレは、して欲しい事なんて……」
「ないの？ホントに？」
「…ねぇよ……多分…」
「…へぇ…」
ニヤリと笑う一琉の顔をチッと睨んで、オレはふぃっと顔を逸らした。これ以上見ていたらまたいつものように一琉のペースに巻き込まれてしまう。
「やるよ。やりゃぁいいんだろっ」
「ふふ。そうこなくっちゃ」
―― ったく。バカ一琉っ…
勝ったら酷い目遭わせてやるからな…覚えとけよ、と心の中で呟きながら、オレは上機嫌な一琉をチッと睨むのだった。


+　＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋　+


「聖っ！」
金網からずるりと滑り落ちる聖を見て、俺は目を覆いたくなった。
―― ウソだろ…ヤバいじゃん…
月末最終日。裏でドラッグを売りさばいている露天商の確保。今日のターゲットは余裕で確保できる。と思っていたのが甘かった。
計算違いなのか何なのか。露天商は俺たちの姿が眼に入った途端、裏通りへの道へ一気に走り出した。しかも逃げ慣れているのか、障害物たっぷりの路地へ逃げ込み、金網をガンガンよじ登った。
聖も負けずに途中までは上って、頑張ればイケる！と期待したけど…。
「…マジで？」
よじ登って、天辺から見事に滑った聖の身体は金網の手前にポトリと落ちた。
―― サイアク…
聖は転んだ子供のように泣きべそをかきながら見上げた。
悪魔のようにニンマリ笑う一琉の顔が浮かんできて、オレは額に手をやりため息をつくのだった。



「ほぉ…で、その結果がこのグラフに現れてるって事か」
清人はハハハと笑って、半泣きの聖の頭をぐりぐり撫でている。そんな２人の横で、オレはふーっとタバコの煙を吐いた。
―― ったく…失敗したぜ…
つまらない賭けなんかに乗るんじゃなかったと後悔しながら、グラフを眺める。
「―― あーあ、負けちゃいましたね」
クスッと笑って一琉はオレの隣に座る。手にはいつもの缶コーヒー…ではなくて、よく冷えてる感じのビール。
「飲みます？」
一口飲んだだけですから、と一琉はそれをオレの前に置く。
「…」
飲みかけなんかじゃなく新しいのもってこい、と言いかけたけど、それを言うのをやめてそのままもらったビールを飲む。
「もう1本あるんだ、えへへ」
賭けに勝ったからなのか、今日の一琉は妙に上機嫌で変な感じがする。オレが不審そうにじーっと見ているのに気がつくと、ふっといつもみたいな笑顔を見せた。
「大丈夫。そんな変なコトさせるつもりないし。ね？」
「ね？じゃねーよ。あーうぜぇ…俺今日ココに泊まろっかな。帰るの面倒くせぇし」
くぴっとビールを飲んではーっと息をつきながら呟くオレに、一琉はニコッと笑っていった。
「ダメですよ。負けた方が勝った方のいう事何でも聞くって言ったでしょ？」
「わーってるよ！帰ったら何でもきーてやるよ」
嫌そうな顔でそう言ってやると、一琉はふふふ、と笑って小声でオレに囁く。
「ホントはちょっと楽しみ？」
「―― 」
ムッとした顔で見返すオレを一琉は面白そうに笑ってみてる。ムカついて腹が立ってんのに、一琉の笑い顔を見ていると何だか心臓がドキドキしてきて自分でも何だか良く解らない。
「もう帰るっ」
ちょっと怒鳴り気味にそう言って、がたんと立ち上がるオレの方を聖と清人はハッとして振り返った。
「り…涼センパ…イ？」
「一琉、お前また涼センパイに何か言ったんだろ…」
賭けのことなど知らない２人はオレ達がケンカでもしてると思ったのか、訝しげな顔でこっちを窺っている。
「平気平気。じゃ、俺たち帰るから」
よいしょと立ち上がると、オレの背中を押しながら一琉は２人にひらひらと手を振る。

「押すなよっ」
「いーから。早く帰ろ？」
「さわんなバカ！」
「可愛くないなぁ」
もーっとため息をつきながら、一琉は後ろからオレの腰に手を回す。
「―― っ！コラ！」
裏口のドアの前で、一琉はぎゅっとオレを抱きしめて耳朶を噛んでくる。
「離せって！誰かに見られたらどーすんだよ」
こんな所、他の奴に見られたら――
そう思うと、余計にドキドキしてくる。きっと、それはオレの背中から一琉にも絶対に伝わってる。
「熱くなってる…カワイイ…」
火照っている耳朶をペロリと舐めると、一琉はするりとオレを離す。オレはふーっと息をついてドアノブを回した。


+　＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋　+


「…で？どーすりゃいいんだよ」
風呂上り。ビール片手にオレは一琉の前に仁王立ちになった。何でも来いって覚悟で、奴を睨んでみる。一琉はそんなオレをちらりと見るとふふん、と笑った。
「とりあえず座ったら？」
テーブルの上のビールをプシュっと開けながら、一琉は自分の隣に座るように言う。子供をあやすような喋り方にちょっとムッとしながらも言われるまま座るオレ。
「座ったぞ。ホラ。次は？」
「んなに怖い顔しなくても」
「別に。いつもこんな顔だろーが」
不機嫌オーラを全身から発して低い声で返事を返すオレを見て、一琉は参ったなという顔をする。テーブルの上の柿ピーをつまんでポリポリ食べながら、オレに何をさせようか考えているようだ。
「早く言わねーと寝るぞ」
「…うん…」
ゴクリとビールを飲み干す喉元を眺めて、一琉が何を言い出すのかをじっと待った。でも、奴はうーん、と考えていてなかなか言おうとしない。
「…ま、いいか…」
何がいいのか解らないが、どうやら決まったらしい。小さく笑ってオレの髪を撫でながら、一琉は甘えたような声でこう言った。

>>　続きへ