「桐羽っ！てめー何しやがる！」
目に飛び込んできた光景に、オレは思わず叫んでしまう。
「人のものに勝手に触んな！」
一琉は、めちゃビックリした顔でこっちを見た。
でも何より驚いたのは、そう叫んだオレ自身だった。
■* Chap 10 ： Interference(干渉）
「あ、涼これもお願い」
桐羽はそう言うとニッコリ笑って、オレの前に追加の報告書を置いた。
月末の報告書とは別に”業務改善報告書”を書かされる羽目になって、もう２時間書類と睨めっこ状態だってのに”これもお願い”って軽く言うなよな。
オレはそう思いながら、桐羽をチッと睨む。
「ダメダメ、そんな顔したら可愛い顔が台無しでしょ」
「何寝ぼけた事言ってやがる。睨まれるような仕事を頼むテメェが悪ぃんだろーが」
超フキゲン声で返すオレの前に座ると、桐羽は追加の報告書をパラパラとめくって鼻歌なんか歌い始める。
「お前っ、ヒトの話聞いてんのか？！」
「聞いてるよ。僕だってそんな事したくないけど、慶吾が涼に書かせろって言うから仕方ないでしょ？」
「仕方ないでしょ？って。お前が書きゃいいじゃん」
「無理。だってそれ、確保率達成85％以上の捜査官の行動調査票だもん」
「じゃあ一琉に書かせろ。オレはもうこれ以上なんか書くのはお断り」
ついっとその書類を押し返すオレに向かって、桐羽はいやーな感じの笑いを見せる。その顔で笑う時の奴は大抵ロクでもないことを言う。
「涼から頼んでよ。一琉クン、涼のお願いだったら何でも聞いてくれるでしょ？」
「はぁ？なんでオレが。一琉の上司はお前だろ。お前が頼め」
思ったとおりに訳のわからん事を言い出した桐羽を目を細めて見返すと、さっさと続きに取り掛かる。
「今真剣なんだから話しかけんな」
ボールペンをクルクル回して、何を書こうか考えあぐねているオレに桐羽はしつこく話しかけてきた。
「ねー涼。一琉クンとはどーなの？上手くいってる？」
「うっさいなぁ。うまくもなにも、普通にやってるって。ケンカもしてねぇし、いじめてもいないし」
「……そうじゃなくってさ」
「もーしつこい。何が言いたいっ」
邪魔してるのかと思うような桐羽の態度に、オレはイライラしながら返事を返す。
こんなにこっちがイライラしてるってのに、当の本人はどこ吹く風でのほほんとしてるから余計に頭にくる。
「オレと一琉がどうだっつーんだよ」
「隠さなくてもいいじゃない。涼は一琉クンみたいなのタイプでしょ？」
「なっ…何の話してんだバカ！だから何だよっ。オレは別に一琉の事なんか――」
”好きでも嫌いでもない”
そう言い掛けて、言葉に詰まってしまう。
「一琉クンの事なんか、なに？」
「もーどうだっていいだろ！今仕事中なんだから、んな話してるヒマないっつーの」
「ふふふ。図星？」
「るっさい！あっち行けよっ！」
そんなの知らないと軽く突っぱねれば済んでしまう所なのに、どうも思考が上手く働かない。
ムカムカしてるのかドキドキしてるのか良く解らない自分を落ち着かせながら、定まらない視点でしばらく書類を眺めた。
+ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ +
夜。仕事が終わって部屋に帰ってから、オレは仕方なく一琉に書類を書いてくれるようにお願いした。
「いいですよ」
さっと差し出した書類を一琉は文句も言わずに受けとると、テーブルの上にそれを広げる。
「いつまでに出すんですか？」
「…明日」
「げ？じゃあ今から書かなくちゃ間に合わないじゃないですかっ」
「おう…」
バツが悪そうに見上げたオレに、一琉は困った顔をしてみせる。だけど、すぐにクスッと笑ってこう言った。
「しょーがないなぁ……涼センパイのお願いじゃ、聞かないわけにもいかないし」
桐羽の言った通りの行動を取る一琉がおかしくて、オレはくくく、と笑ってしまう。
「なに？何か俺変な事言った？」
「言ってねーよ。気にすんな」
アヒルを抱きかかえていつまでも笑っているオレを一琉はしばらく変な顔で眺めていたけど、ふーっと息をつくと書類に取り掛かりはじめた。
そんなこんなで、桐羽に観察されながらもまぁ何事もなく過ぎていっていたある日の事。
「休日出勤？なんで？」
「さぁ…。何か桐羽センパイが頼みたい事があるっていうから…」
朝、トーストをかじりながらのんびりしているオレの向かいで、仕事スタイルの一琉はコーヒーを飲みながらはーっとため息をつく。
「よく解んないですけど、とりあえず行ってきます。」
飲み干したコーヒーカップをカチャリと置くと、一琉は新聞を畳んで立ち上がる。オレはそんな一琉の背中を見送りながら、短くなったタバコを灰皿に押し付けた。
――休日出勤なんて、何か変なの…
普段の桐羽はそんなに忙しそうには見えなかったし、一琉にわざわざ頼むような事なんてないような気がする。しかも休みに呼び出してまでなんて何だか怪しい。あの桐羽の事だから、きっと何か企んでいるに違いない。
オレはちょっと時間をおいて、店をこっそりのぞきに行く事にした。
+ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ +
「―― …じゃない」
少しだけ開けたドアの向こうから聞こえる声。
気づかれないようにそーっと中へ入ると、奥の方でぼそぼそと２人がなにやら話しているのが解る。オレはフロアの上に静かに足を降ろしながら話し声の方へ近づいてみた。
―― あーあ…俺なにやってんだか…
なんでこんなこっそり２人の様子を窺わなくちゃならないんだろ。別に普通に入っていきゃいいのに。
そう思いながらも、気配を消しながら奥の部屋の前まで歩くオレ…。
「んなっ…できませんって…ちょ！桐羽センパ…」
「いいじゃない。練習練習。ホラ、初めてのときは緊張しちゃって出来なくなるって言うじゃない？だから、一回やっとけば安心でしょ」
「意味解んない事言わないで下さいよっっ！練習て何ですかっ。」
「んもー細かいなぁ一琉クンは。ほらじっとして」
「ひぇ！わ！桐羽センパイ！何すんですかーーー！」
一琉の上に馬乗りになって、シャツのボタンをはずしにかかる桐羽。一琉はソファの上で半泣きになって、桐羽の横暴にされるままになってる。
その現場を目の当たりにしたオレは、かーっと頭に血が上ってしまった。
「桐羽っ！てめー何しやがる！」
目に飛び込んできた光景に、オレは思わず叫んでしまう。
「人のものに勝手に触んな！」
「…り…涼センパ…イ…？」
一琉は、めちゃビックリした顔でこっちを見た。
でも何より驚いたのは、そう叫んだオレ自身だった。
「―― 帰るぞっ！」
ソファの肘掛に腰掛けてふふふと笑う桐羽に目もくれず、オレは一琉の腕を掴んで連行する。
「…え？ちょ…涼センパイ…なんでココに？」
「うっさい！んなことどーでもいいだろ！」
「いや、でも、あの」
おろおろする一琉をそのまま部屋の入り口まで引っ張ってくると、オレはチラッと桐羽を見やる。桐羽はそんなオレの気持ちを読むように、飄々とした声で一言言った。
「お迎えご苦労様」
たぶんこうやって休日に一琉を呼び出せば、オレが気にして見に来ると計算したんだろう。
そんな奴の計算どおりに来てしまったオレもオレだけど…。
「桐羽に何されたんだよ」
低い声で質問するオレの顔色を窺いながら、一琉は小声で答える。
「いえあの、何も…」
「あの状態で、何もってこたぁねーだろ。ここまでされて」
すっかりボタンのはずされた一琉のシャツをぐいっと引っ張ると、オレは一琉をキロっと睨んで見上げた。
「…ホントになんにもされてないし」
ドアの前でオレの方へ向き直って、一琉はクスッと笑う。
「それより涼センパイこそ、なんでここに居るの？」
―― 何でって。
そんなの、聞かなくても解ってるクセに。オレは答えたくなくて、ふぃっと顔をそむけた。
「別に居たっておかしくねぇだろ」
無愛想に答えると、一琉はへぇといいながらオレの腰に腕を回す。
「そりゃ、おかしくはないけど」
目の前にある一琉の胸に心臓が跳ねる。耳に掛かる息がくすぐったくて変な声が出てしまいそうになるのを堪えながら、オレは怒ったように言い返す。
「何だよ。いーだろ。気になったから見にきただけじゃん。何か悪ぃかよ」
「ううん…悪くないよ？でも…」
「でも？」
頬に、ゆっくり落ちてくる一琉の体温。首筋を滑る指の動きが気持ちよくて力が抜けてしまいそう。
「…ヒトのものって…どーゆーイミなのかなぁ…？」
半分からかっている様な、でもすごく甘い一琉の声…。
頬と首筋にキスを繰り返されて立っていられなくなって、オレは一琉の肩にしがみつく。
「…んなの…知るかバカ…」
「…ふーん…」
素直じゃないオレの答えに、意地っ張り…と笑う声。ぎゅっと抱きしめられて息が止まりそう。
「帰りましょ…」
オレを腕から開放すると、一琉はいつもの笑顔でニッコリ笑う。そんな一琉の顔を見上げて、オレは何も言えずにムッとしたまま。
何だか、桐羽にも一琉にも騙されたような気がする…。
こんなんでいいのか？俺。
何だか自分に納得がいかないまま、オレはおもむろに目の前の一琉のシャツのボタンを留め始めた。
「部屋に帰ったら、また脱がしてもいいよ？」
「誰がんなコトするかっつーの」
アホな事を言い始める一琉をいつものように受け流して、ボタンを留めてやった。
「あー、もう昼じゃんよ…なんかおごれ」
「はいはい」
外へ出てすたすた歩き始めるオレの隣で、一琉は笑いながらまだ何か言いたそうにこっちを見てる。
でも、答えてなんかやるもんか。
お前のコトが心配で見に来たなんて。その上、ヤキモチ焼いて怒鳴り込んだなんて。
絶っ対に教えてやらない。
オレはそんな事を思いながら、じーっと一琉を見上げた。
一琉もそんなオレの考えが読めたようにニコッと笑う。
「何食いにいきましょーか」
「そーだな…」
桐羽の余計なお世話のせいで、一琉はオレの気持ちを読めてしまったようだ。
でも…。
それはそれでイヤではないけど…。
オレは隣を歩く一琉を見上げて、そんな事を思ったりした。
Interference
END