「――涼… センパイ・・・？」
部屋のドアの前にもたれている小さな影がこっちを向く。
「…おかえり」
赤くなった指先にはぁっと息をかけて、特上の笑顔でセンパイは笑った。
「―― 来ちゃった」
■ X'mas‐SS-2008- Snow Right's
クリスマスイブ。
この言葉に去年はどれほど浮かれていたか解らない。
今年の俺はそんな去年の自分を思い出せないほど、それとは無縁の人間になってしまっていた。
「―― で？今年は独りさみしくクリスマスイーブってか？」
週明けから４課に戻ってきてる俺のデスクにもたれかかって、戸倉先輩はニヤニヤ笑う。
「ってか、瑠璃沢ってクリスマスとか気にするのか？アイツってそういうの柄じゃねー気がするけど」
うーむ、と考え込む先輩に、俺は言った。
「しませんよ。涼センパイはそういうの"全く"気にしませんから」
「だよなぁ…さっき１課の奴とちょっと雑談してたら、なんか今日は有村の機嫌が悪いってたもんな」
「―― 有村先輩の…？」
書類をまとめていた手を止めた俺を見て、先輩はまたニヤリと笑う。
そういう所がなんとなく桐羽センパイと似たニオイがして、ちょっとイヤーな気がしないでもない。
そう思いながら、俺は戸倉先輩を見上げた。
「なんでも瑠璃沢にフラれたらしいぜ？今までは呼べば必ず来てたのに、今日は断ったみたいだって」
「―― へぇ・・・・・・」
―― なんだろ？？
この前の研修でちゃんとセンパイの気持ちを聞けたから、有村先輩と会う事だって気にはしないようにしていた。
きっと今日だって会う、というか呼び出されるんだろうと思っていたから、なんだか不思議な感じがする。
「お前のためじゃないの？俺はてっきりデートかと」
「―― …桐羽センパイみたいなこと言うのやめてくれます？っていうか、なんで２人ともそんな妄想好きなんですかっ」
「やだなー妄想なんて。俺は後輩の幸せをココロから願ってるのに」
両手を組んで思いっきり怪しげな笑顔を作る先輩。そんなところまで桐羽センパイにそっくりだ。
―― 嫌なシンクロだな・・・・
眉間にシワを寄せて自分をみる俺を、センパイは目を細めて見返した。
「―― おまえ…絶対オレの事疑ってるだろう」
「当たり前でしょ？…俺の幸せを願ってるんじゃなくて、先輩も桐羽センパイも面白がってるだけじゃないですか」
ズバリと言い返した俺を、先輩は目を大きくして見た。それからエヘヘと笑って猫なで声で答えた。
「やーん、バレちゃった？」
「ばれたっていうか、最初から解りきってますけど？」
ふーっとため息をつくと、俺はまた仕事を始める。
今夜は何の予定もないし、去年みたいに店で働くこともないから残業でもしようかと思っていた。
ちょうど仕事もいい具合に溜まってたし、帰っても何もしたい事もない。
―― 空っぽ…ってこういう事を言うんだなぁ・・・
胸に隙間が空いて、なんて良くウタの歌詞で聴くけど、そういうのを身をもって体験するなんて思ってなかった。
独りだから空っぽ、とはまた違う感覚。
涼センパイに会う前は独りだったから、べつにヒトリが堪えてるわけではない気がする。
そうじゃなくて・・・・・
『２人で居られない独りが身にしみる』
っていう感じ。
まるで演歌みたいだけど、ホントにそんな感覚・・・・。
「良かったら、先輩の分の資料も片付けますよ。なんだったら持ってきてください」
俺の言葉に、戸倉先輩はふふんと笑った。
「いいのか？ホントにそんな事言っちゃって」
「構いませんよ。ホントに今夜はなんもないんですから」
そう。本当に何にもない。
何にもないというか、何もできない。何もする気にならないから――
結局、俺は戸倉先輩の分の資料ももらって、０時前まで残業をした。
いつもみたいにロビーで缶コーヒーを買って、外に出たら・・・・
「―― マジで・・・・？雪・・・・？」
空からはちらちらと雪が舞い落ちてきていた。
独りのクリスマスイブに雪。
なんだか思いっきりトドメをさされた気分になって、俺は大きなため息をついて部屋に足を向けた。
通りを独りで歩きながら、俺は去年のこととかを思い出してみる。
先輩がくれた香水とか、２人で食べたケーキとか、それからその後のこととか・・・・・
「―― つーか…女々しいなー…俺・・・・・・」
そんな事思い出しても仕方ないのに。
そんなの一生懸命考えたって、涼センパイが戻ってくるわけじゃなし。
部屋に帰っても、誰もいない。
雪は道路にうっすらと積もって、その雪に街路樹のイルミネーションがほんのり色づいた影を作る。
―― センパイが居たらなぁ・・・・
今日は何を食べようとか、コンビニに寄ろうか、とか、いろんな事を考えるんだろうけど、今の俺はそれすら考えない。
とりあえず帰って寝るか。
それだけ。
そんな事をぐるぐる考えているうちに部屋について、いつもみたいに階段で６階まで上がる。
上がった階段から通路に出たら――
部屋の前に、誰か居た。
誰か、というか、それが誰かは見た瞬間にわかったんだけど、何でそこに居るのかがわからなくて、自分の頭の中で整理がつかない。
「――涼… センパイ・・・？」
部屋のドアの前にもたれている小さな影がこっちを向く。
「…おかえり」
赤くなった指先にはぁっと息をかけて、特上の笑顔でセンパイは笑った。
「―― 来ちゃった」
呆然として突っ立っている俺のほうに歩いてきたセンパイは、何事もなかったかのように俺の腕を取った。
「―― 行こ？」
「―― 行こ…って。どこへ？」
「だってクリスマスじゃん。今日ちょっと早く上がれたから、一琉とちょっとデートもいいかなぁ…って」
「―― え・・・・・・」
涼センパイが有村先輩の呼び出しを断った理由。
それが本当に俺に会うためだなんて、思うのはおこがましい気がした。
でも・・・・・・
「結構待ってたから、寒い。何か食いに行こ」
センパイはちょっと拗ねたような顔で俺を見上げた。何気なしに俺の手を握って――
「結構って…？いつから居たの？」
「んー・・・・１時間は待ってなかったと思うけど…今日鍵置いてきちゃったからさー、中に入れなくって」
「電話、くれたらよかったのに」
「うん…でも仕事してるかなと思って。とりあえず待ってみた」
「・・・・・」
何て言ったらいいのか解らない。解らないけど、ものすごく嬉しくて、もう――
「ちょ・・・一琉っ…近所に見られたらこまるから・・・・」
センパイの身体をぎゅっと抱きしめて、そのままその唇にキスする。
「…ぁ・・・・・ん…」
そのまま絡みつくみたいにキスしたら、センパイは戸惑いながらも同じように返してくれた。
「―― ……したくなっちゃう・・・・・ダメ―― ・・・・」
目を潤ませて睫を伏せながら、センパイは俺のコートの胸元をきゅうっと掴む。
「いいじゃん…じゃあ中に行こうよ」
「―― でも・・・・」
「帰りたくなくなるから…イヤ？」
俺の言葉に、センパイは図星をつかれたような顔を見せた。それから肩におでこをくっつけて、小声で言った。
「……だから部屋に入らなかったのに・・・・・」
聞こえないくらいの声でそういうセンパイが可愛くて、俺はまたその身体を抱きしめた。
「風邪引くと困るし。ね、何か作ってあげるから」
俺の説得？にセンパイはコクリと頷く。
部屋へ入ってしまったら、もうガマンなんて効かなかった。
食べるのもそこそこに、俺はセンパイにキスを浴びせてそのままソファで・・・・
「い…ちる…ぅ・・・・」
甘くて溶けそうなセンパイの声。
それを聞いていたら、さっきまでの孤独感なんてどこかに消えてなくなっていく。
「や…ぁん！ダメぇ・・・・・っ・・・・あ・あ・あっ…気持ちィイ・・・・・」
センパイの一番弱いところにキスを落とすと、泣きそうな声を上げて身体を捩る。
去年は当たり前みたいにしてた事が、今年はものすごく貴重な時間に感じて、身体だけじゃなくて気持ちも満たされていく――
・・・
「―― なんで―― 会いに来てくれたの？」
ちょっと落ち着いて、ゆるゆると抱き合ったソファの上で俺はセンパイに聞いてみた。
そしたらセンパイはくすっと笑っていたずらっぽい目で俺を見た。
「一琉がビックリした顔、見ようと思って」
「―― はぁ・・・・？」
なんか、去年プレゼントをくれた時もそんな事言ってなかったっけ・・・。俺はそう思いながらセンパイのオデコにキスする。
「期待通り、驚いてたでしょ？」
「―― うん、とっても」
ニコニコ笑って、満足そうに涼センパイは俺の前髪を引っ張っている。
「―― …ありがと」
「―― え…？」
急にそう言った俺に、涼センパイは首をかしげる。
「なんで？」
「―― 来てくれて、嬉しかったから…有村先輩の呼び出し、断ってくれたんだよね？」
センパイはちょっと赤くなって、俺から目を逸らした。それからボソッと言った。
「―― 当たり前じゃん・・・・・だって―― ・・・・」
「…だって・・・・？」
「…俺は…一琉のものなんだから…こういうトキは・・・・」
「―― うん…こういう時は…？」
くすっと笑って見つめる俺を恨めしそうににらんで、センパイはきゅうっと抱きついてきた。
「すっごく会いたかった―― だから来ちゃった。これでいい？」
「―― ん…俺も・・・・すごく会いたかった―― ・・・・」
結局なんだかんだ言って意地を張っても、ソコに落ち着いてしまう。
それがなくちゃ居られないし、多分それは涼センパイも同じなんだと思う。
―― こういうの、バカップルっていうんだよなぁ・・・・・
俺は自分でも呆れながら、涼センパイの頬にキスした。
そっからはもう、どうなったか覚えてない。
部屋でもバスルームでも、キッチンでも抱き合って、求め合って・・・・・
結局俺たちは去年よりももっと甘いクリスマスの夜を過ごしたのだった。
Snow Right's
END
