予知夢なんて、当たらなきゃいい。
僕は今日ほどそう思った日はない。
玄関先でよいしょと座ってブーツを脱ぐ涼センパイを眺めて、
僕は泣きそうな気持ちになった。




　■　番外編　：　　Fake　‐フェイク‐　




「すげーよなー、こういう水槽、ウチにもほしー」
人のいない平日の静かな水族館。
僕の隣で、清人センパイはのん気に熱帯魚なんか眺めている。

「飼えばいいじゃないですか、熱帯魚」
ガラスにオデコをくっつけて僕も中をヒラヒラ泳ぐキレイな魚を眺めた。
「ほら、熱帯魚って癒し効果とかもあるっていうし。オンナノコと遊びまわって疲れたときとか、眺めてみたらどうです？」
ちょっとイヤミっぽくいう僕を、清人センパイは困った目でちらりと見た。

昨日は夕ご飯をおごってもらうハズだったのに、センパイの『浮気グセ』のせいでだいなしになった。
たまたま捜査の下見に行ったクラブで昔なじみのオンナノコに会ったとかなんとか。
それでふらふら飲み歩いて、連絡が来たのは１２時すぎ。
結局センパイは僕の部屋には来たものの、そのまま朝までグースカ。
怒るタイミングもなくって、そのまんま一緒に出かけてきた。
「別にいいんですけどね。後輩の僕がとやかく言うことじゃないですし？」
目を細めてさくっと言ってのける僕。センパイはちょっとムッとしながらもコホン、と咳払いだけして返す。

こんなんだから、未だに僕とセンパイは『ちょっとワケアリのセンパイと後輩』の域を出ない。
というか、センパイは一生懸命いろいろ考えてくれてるんだけど、僕はそれに対してうんと言えない。
『一緒に住もう』
って、言ってくれてる事にも、嬉しいんだけど素直になれない…

だって、もしかしたら今の調子で夜中にオンナノコとか連れてこられたら困るし。
それに。
一緒に住むようになっちゃったら、僕はもっと自分が嫉妬深くなりそうで、怖い。
いまなら見て見ぬ振りしていられる事も、出来なくなるかもしれない。
ずっと一緒にいたら、今よりもっともっと好きになってしまいそうで
もっともっとセンパイに甘えてしまいそうで…

だから、今のままでいい、ってずーっと言い聞かせてる。
こうやって休みに２人で出かけてても、僕は絶対に敬語を使う。それで、なんとか微妙な距離感を保ってるつもりでいる。
センパイはこんな僕の態度をどう思ってるのか、わかんないけど……

「次、行きましょうよ。ホラ向こうの、なんか違うのがいっぱいいますよ」
「いい、もうちょっとここで見てる」
「ええ？もういいじゃないですかっ、同じとこ見てたって―― …って…」
こっちを見もせずにずーっと水槽の方を見たまま、センパイは僕を自分の前に引き寄せた。
僕は、センパイから後ろから抱きしめられるみたいに水槽のまん前に引っ張られた。



「ちょ…や…セ…ンパイっ」


センパイは僕のコートのすそからするりと手を滑り込ませて、おなかを撫でる。
「くすぐった…ぃ…ぅ…うんっ…」
「しっ…声出しちゃダメ」
普通の状況からしたら、これじゃ変態も甚だしい。その証拠に、さっきから他のお客さんは反対側を通り抜けていく。

でも周りはたぶん、僕らのコトをただのバカップルくらいにしか見てないだろう。
だって、僕の今日のカッコは……

「…スカートだと興奮する。もーずーっと我慢してたし」
「んなっ…もーダメ！ふぁ・・・・っ！」


というわけで、お約束のひらりんスカートにくるりんカールで、誰が見ても僕はただの『女の子』にしか見えない。
この水族館だってただのデートってわけじゃなくて、捜査前の時間つぶしってヤツなのだ。

「…ぃ…や…ダメセンパ…イ…そんな…のっ・・・・」
センパイはほとんど人の居ない水槽の前のこの状況を逆手に、僕にカラダをぎゅっと押し付けてきた。
スカートのナカに入り込んできた指は、もう直接身体の中心の熱に触れてくる…・
「―― すご…もう濡れてるし…」
センパイはふふっと笑って、ガラス越しに僕の顔を見た。僕は耐えられないような恥ずかしさで顔を背ける。
ちゅくちゅくと音を立てながらセンパイの指は、スカートの中で膨らんだ僕の敏感な場所を上下する。
僕はおもわず声が出そうになるのを必死で堪えて、目の前のガラスにぎゅっと両手を押し当てた。

「…ぁ…あ…イヤ…っ…だめ・・・ダメっ……んふぅっ・・・」
胸のつぼみをクリクリと撫で回されて、思わず腰が・・・・
センパイはクスッと笑って、僕の耳元に軽くキスする。
「…ぁ…はっ…あぁ…んっ・・・・やぁ…っ・・イ・・・・く…ぅっ・・・！！！」


こんな場所で他に人がいる中でこんな風にされちゃうなんて・・・・
僕は恥ずかしさと気持ちよさが入り混じった変な感覚にクラクラしてしまう。
「や…ん！セ…ンパイ…そこダメ・・・・！」
調子に乗ったセンパイはそのまま僕の一番感じる場所へ指を滑らせた。
一度達してしまったせいで絆されたその場所に、センパイの指はいともたやすく吸い込まれていく…

「ぁ…ん！イイ…よ…ぉ…っ・・・・・・」
あまりの気持ちよさに、小さい声ながらも僕は悦び声を上げる。
昨日の夜、こうやってしてもらえるのを期待してたせいもあって、もう我慢が効かない・・・・
「・・・はぁ…ん！ぁんっぁあんっ・・・・・」
センパイの指が奥の一番気持ちいい場所をかき回すたびに、カラダがビクンと震える。
周りに聞こえないように服の襟に口を埋めるようにして、僕はエッチな声を零す。
センパイにはその声は聞こえてて、僕の声が聞こえるたびに指が激しく動く…

「・・・・ぁ…だめ・・・・も…イキ…そう・・・んんーーーーっ…またイク…っ…ん…ぁ…あ！イッちゃ……ぅ・・・！！」



センパイはクスッとまた笑うと軽く僕を抱きしめる。
「別のトコ、行く？」
そこがどこなのか、解ってるけどイヤとも言えない。
僕は声は出さずにコクリと頷いて目を伏せた。







結局、そのまま夕方になるまでホテルで２人でずーっとイチャイチャ。
この状態で『付き合ってません』なんて言える筈もなく。

それがただの拘りなのか、それとも猜疑心なのか解らない。

だけど僕はセンパイの『恋人』じゃない。




だってセンパイは、今でも僕だけって思ってる訳じゃないかもしれないから――







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予知夢なんて、当たらなきゃいい。僕は今日ほどそう思った日はない。
玄関先で座ってブーツを脱ぐ涼センパイを眺めて、僕は泣きそうな気持ちになった。

「ダイジョーブ、２〜３日したら帰るから」
涼センパイはよいしょ、と荷物を置くとふーっと息を吐く。
「桐羽んトコ行こうと思ったんだけど、あいつ『うちは一時宿泊所じゃないから』とか言っちゃってさぁー」
んとに頭くるわ、とかボヤキながらソファに座った。





昨日の晩、僕はものすごく不吉な夢を見た。

ベッドに座って、なんか言い争ってる涼センパイと一琉センパイ。
しばらくぼーっと眺めてたら、涼センパイがいきなりベッドから降りて、床のスリッパを一琉センパイに投げつけた。
一琉センパイは投げつけられたスリッパを持ってボーゼン。
で、涼センパイはそのまま部屋を出てってしまう――

……っていう夢。



そんな夢見の悪い眠りから覚めた直後、いきなり鳴り出したケータイ。
その画面には、『瑠璃沢涼』ってしっかり名前が……
恐る恐る電話に出る僕に、涼センパイはいきなりこう言った。

『あのさ、悪ぃんだけど、オマエんちにしばらく泊めてくんない？』
あまりにいきなりすぎて、そして寝ぼけていて、僕は『ハイ』しか返せなかった。

で、この状態………

予知夢っていうより、現在起こってることを受信してたんじゃないかって思うくらいのタイミングで、僕は自分の六感の鋭さを恨んでみたりもする。


「あっ、居座らせてもらう間の食事代とかはオレ、全部出すからさ。なんか食いたいもんあったら言えよ」
センパイはソファから立ち上がると、そう言って僕の頭をぐりぐり撫でる。
「てか、オマエちゃんとメシ食ってる？」
リビングにくっついたキッチンへ目を向けたセンパイは、さっそく冷蔵庫へ足を向けた。

「―― お？」
冷蔵庫の前でセンパイはちょっと不可解な顔をした。それを見て僕はハッとする。
―― しまったーーー！清人センパイのブランデーがーーー
冷蔵庫の脇には、清人センパイがどっかのアゲ嬢からもらってきた、『すっごく高いブランデー』が置いてある。
僕は普段ビールをちょこちょこ飲むくらいで、家で洋酒は飲まない。店でもよっぽど勧められなきゃ、自分から手を出すことはない。
涼センパイもそういうの見てるから、僕が『すっごく高いブランデー』を飲まないことは解ってるハズだ。
というより、僕は涼センパイに清人センパイとのコトを話してない。
別に隠してるわけじゃないんだけど、話したら心配されそうな気がして言い出せなかった。

「……ふーん？」
センパイはビンをゆらゆら揺らして、こっちを見た。
しかも、ものすごーくイジワルなカオで・・・・・・・・

「これ、誰が飲んでるのか聞いたりしたらセクハラか？」
「あの、それは、えっと……ですね」
しどろもどろになる僕を見て、センパイはクスッと笑う。
それからビンを置いて立ち上がると、またソファに戻ってきた。どうも、銘柄を見てそれが誰のお酒なのか解ったらしい。

「しょっちゅう来てんのか？」
「……ええ…まぁ……ホンの時々・・・・・」
「そっか」
バフっと音を立ててソファに座ると涼センパイは、んーといいながらちょっと目じりを下げて僕を見る。
「…で？上手くいってんのか？」
「どうなんでしょうね…よく解りませんけど…」
「なんだそりゃ。自分のコトだろ」
「そう言われても…センパイは別に僕のモノってわけでもないですし」
「―― はぁ？じゃあどういう状態なんだよ？ここに寝るだけで来てるわけじゃねーだろ」
「ええまぁ…ですねぇ・・・・」
ハッキリしない返事を続ける僕を、センパイは目を細めて眺めた。
しばらくじーっとセンパイは僕の顔を見ていたが、よしっ、と小さく呟くと立ち上がった。
「とりあえず買い物いこーぜ。な、オレが夕飯作ってやるよ」
「え、あ、でもっ、そんなの悪いです。何か頼めば…」
「いーって。せっかくだから食え。オレの作る飯は上手いぞ」
「…じゃあ…お言葉に甘えて・・・・」

という訳で、センパイの提案で、僕たちは夕飯のおかずを買いにいく事になった。
スーパーでの涼センパイはまるで主婦のように手際よく買い物し、僕はそれを眺めていた。
あっという間に買い物は終わり、また家に戻る。
「よし、じゃー始めっか」
適当な道具を探して、センパイはこれまた手際よく料理を作り始めた。



「わぁ！！！すごいですねっ！」
テーブルに並べられた料理は、お店で食べるみたいな出来栄えだ。
「センパイ、料理上手ですねぇ〜」
感心する僕に、センパイはふふんと笑って言った。
「まぁな。でも一琉はこんなの朝飯前で作るぜ」
「ああー…一琉センパイは器用そうですもんね…お店でも料理作ってるときあるし・・・・・」

そんな話をしながら、僕とセンパイはご飯を食べ始める。
「あいつ凝り性だからなー、こり始めると自分の納得する味が出来るまで同じもん作るときとかもあるぜ」
「んー、それはちょっといいのか悪いのか、微妙ですねぇ」
箸をくわえてフフフと笑う僕をセンパイはしばらく黙ってみていた。それから。


「いつから付き合ってんだ」
「―― へ…？」
「香流と。もうだいぶ経つのか？」
「…えと…一琉センパイが本店に戻ったり何か、いろいろ起こってたときなので…１年くらい…ですかね」
「１年？！１年この、中途ハンパな状態なのか？」
涼センパイは目をきゅーっと大きくして、僕を見た。それからむーっと考え込むと、無造作にタバコを取り出す。
「…あ、わりぃ、ココ禁煙か？お前吸わないよな」
「あ、いえ、いいですよ…ちょっと待ってください」

僕はちょっと身体を伸ばすと、後ろにあるチェストから灰皿を取り出す。
「どうぞ」

カタンとテーブルに灰皿を置く僕を観察するように見て、涼センパイは何も言わずに目を細めた。
タバコに火をつけ、それを燻らせながらセンパイはじっと何か考えてる。それから、ふーっと煙を吐くと僕にこう言った。

「ちょっとお前のケータイ貸せ」
「―― あ？ハイ」
センパイは僕のケータイを受け取ると、なにやら操作し始める。
「ちょ…あの、センパイ？？」


センパイは僕の方を見もせず、ひたすら画面を眺めてなんかやってる。
そして……
「これでよし」
うんうん頷きながらセンパイはなにやらボタンを押す。
「ほらよ」
操作し終わったケータイを僕に渡すセンパイ。僕は返してもらったケータイの画面を何気なく見た。
そしたら――


「えええええーーーーー？！ちょ、センパイっっ！何で勝手にっ？？！！」
センパイは僕のケータイを使って、清人センパイに勝手にメールを送っていた。
まぁ、貸しちゃった僕も悪いけど、こんなのあんまりだ。
しかも。

「彼女紹介してもらったなんて、そんな覚えありませんけどっっ？？」
「あるワケねーじゃん。ウソだもん」
慌てふためく僕を眺めて、センパイは目を細めながらふーっとタバコの煙を吐いてみせる。
「これ見て香流がなんつってくるか。お前だってそれが聞けないから、こうやってずーーーっと中途半端でいるんじゃないの？」


―― スゴイ。なんで涼センパイは僕のこの状況が解ってるんだろ
清人センパイが僕だけ見てくれてる確証もないし、僕もそんな自信はない。
しかも、清人センパイは『僕を安心させてくれる』言葉を言ってくれない。

言えない性格なのか、言いたくないのか、はたまた、そんなセリフを口にするタイプじゃないのか。

『俺が好きなのはお前だけ』
そう思わせてくれる言葉を一度でもセンパイが言ってくれたら、僕はいつだってセンパイだけのものになれるのに。


「でもだからって！僕彼女なんか出来てないし、同棲するかもなんてそんなウソ―― 」
泣きそうな顔で抗議する僕に、センパイはフフンと笑っていった。
「ウソじゃねーよ。ただの脅し」
「脅しってなんですか、脅しって」
ホントに泣きそうになってきた。涼センパイは時々こうやってビックリするようなコトするけど、これは過去最高だとおもう。
「でもっ…これで清人センパイが僕のコト―― 」
「キライになったらどーしよーってか？んなワケねーよ」

センパイは吸い終わったタバコを灰皿でもみ消す。それから僕を見て、ニヤリと笑った。
「だってアイツ、お前に絶対惚れてるもん」
そう言うとセンパイはクククと笑う。
センパイは僕と清人センパイが付き合ってること今まで知らなかったのに、なんでそんな事わかるんだろう…

「アイツさ、彼女のうちじゃ呑まねー主義だっつってたぜ？なのに、ココじゃ酒飲んでんだって思って」
「…はぁ。でもそれがなんで？」
話の脈略がよく解らない僕は、ひたすら首を傾げる。そんな僕に、涼センパイはその理由を説明する。
「ここなら飲める、つまりはお前のことは特別ってコトだろ。香流ってあー見えてすっごく用心深いからな」
「用心深い？？」
「酒飲んだら、そこで寝ちまってその間になんかされたら困るだろ？だから、例え自分の彼女の部屋でも、絶対に酒は飲まないんだとよ」
「はぁ」
”彼女”という存在を持ったことがない僕にはどうも解らない話なんだけど、そんなもんなんだろうか。
「お前にゃよっぽど心許してんだろーな」
涼センパイはそういうと、食事の続きを始める。僕はしばらく箸を持ったまま考え込んでしまう。

―― 心を許す…かぁ…
確かに、そう言われればそうなのかも知れないけど、でもホントなんだろうか。
涼センパイがウソを言うはずはないから、『彼女の家でも酒は飲まない』っていうのはホントなんだろうけど。
―― でも、ウチじゃあったりまえに飲んでるし……
僕の部屋では、何事もないように飲んでるし、第一当人の僕はそんな話聞いたことなかった。



とりあえず食事が終わって、涼センパイは丁寧に後片付けまでしてくれた。
「トイレどこだっけ」
「あ、このドアの向かいです」

センパイは僕におトイレの場所を聞くと、リビングから出て行く。
一人部屋に残された僕は、そばにあったケータイを手に取って見て開いてみた。でも、そこには何の着信もない。
「―― てか…無視・・・・？」
あんな突拍子もないメールだったから、イタズラと思ったのかなんなのか。
清人センパイからの返信は全くない。
「それはそれで…ムカつくかも……」
たとえイタズラだとしても、なんかしら反応くらいしてくれたっていいのに。
そう考えると、やっぱり僕は何人かのうちの１名ってことなんだろうか、とか思ってしまう。

そんな風に考えていたら、玄関のドアがガチャガチャッと音を立てた。






「――清人…センパイ？？」
音の先には、すっごく真剣な顔の清人センパイが居た。
というか、何故そこに清人センパイが居るのか、それにもちょっとビックリなんだけど……
―― もしや…メール見て直接ココに来た…のかな……
僕はいろいろ考えをめぐらせながら、しばらく清人センパイを見つめていた。


ドアも閉めずに、清人センパイは部屋に入ってくるとそのまんま真っ直ぐ、僕の目の前に来る。
それから、何か言うかと思いきや、いきなりそのまま僕をソファに押し倒した。

「ちょっ…！センパ…イ！ダメ！ドア開いてるしっ！！ん…あっ！！やーーっ」
組み敷かれた状態で必死にもがく僕。ていうか、涼センパイがいるのにぃーーーー！
そんなことも言うヒマなく、僕の服のボタンはもれなくはずされていく。




「―― お前がオンナノコだったら良かったのに」
いきなり意味不明な事を言い出す清人センパイ。
いやそんな事言われても。僕は男だし、女の子だった場合、今よりももっと不利な立場になるような気がする。
それもどーかと思うんだけど。。。

ところが…

「そしたら、今すぐにでも結婚して、子ども作って―― 」


―― はい？？？？

結婚？子ども？？？
それは、ちょっとムリなんだけど。
清人センパイの突拍子もない言葉に、僕はポカーンとしてしまう。

「なぁ聖」

こんな状況で、色気のある声で名前を呼ばれ、おまけにじーっと見つめられて、ドキドキしてしまう。
ドキドキがすごくて、返事もできない僕に清人センパイはこう言った。


「俺と結婚しよ。絶対一生幸せにするから」


「―― …」
僕は、何て答えていいか解らなくて、言葉が出ない。
ものすごく嬉しいのと、ものすごく複雑なのと、そして、絶対それに頷いちゃいけないっていう常識的なココロと。
その３つが混ざって頭の中をぐるぐる廻る。










返事が出来ない僕と、黙って僕を見つめる清人センパイ。
僕たちのそんな膠着状態を破るかのように、ガラリ、と開き戸の音がした。




「だーったら最初っからそう言えっつーの。このアホが」





「―― え゛…」
後ろから聞こえた声に、清人センパイはハッと振り返る。
「りっ…涼センパ……イ…何でココに…？」

タバコ片手に呆れ顔の涼センパイは、固まった状態の清人センパイを眺めた。
「お前さー、聖がこういう性格だって解っててクラブで遊び歩いてるワケ？」
一息つくと、一度タバコを吸う。それから、いつも仕事で僕に説教するときと同じ、ニラミを効かせた顔で言った。
「それとも何か？口で言わなくても解ってくれてるとかそんなイマドキありえない事、本気で思ってたりしてねーよな？」

睨まれてる清人センパイは、顔面蒼白で涼センパイをじーっと見ていた。
「あの…涼センパイ…今の……聞いてました…？」
「ったりめーだろ。全部聞いたぜ。『絶対一生幸せにするから』の所までしっかりと」
おどおどと聞く清人センパイに、涼センパイはフフンと笑って答えた。
「てか、あの一琉でもそこまで道外れた事は言ったことないけどな」

それを聞いて、清人センパイは真っ赤になってゴホゴホと咳き込んだ。
「ち―― 違いますよ！別に俺は本気でそう思ってるわけじゃなくて―― 」
一生懸命言い訳しながら、清人センパイは僕をじろりと見た。
「お前がこんなメール送って来るから！ビックリして―― 」
そう言ってセンパイは自分のケータイを取り出して僕に見せる。
「いきなりこんなコト送ってきたらフツービックリするだろ！」


そんなセンパイを見て、涼センパイはくっくっくっと肩を震わせた。

「―― 笑い事じゃねーけど…それ、送ったのオレだぜ」
「―― え゛…え゛え゛え゛え゛ーーーー？！！」
清人センパイの顔は、見たことないような情けない顔になった。そして反対側の涼センパイの顔はとてつもなくイジワルく見える。


「ま、お前がすっ飛んできたから、オレも安心した。送った甲斐があったぜ」
ニヤリと笑うと、涼センパイは伸びをする。
「さーてと、んじゃオレはお邪魔だから部屋にかえるわ。そろそろ迎えもくるだろうし」
んーとドアのほうを涼センパイが見た瞬間、開けっ放しのドアの向こうから一琉センパイの声がした。


「あれー、ドア開きっぱなしだし……」

一琉センパイはそう言って中を覗く。そして僕らのこの状態を見て、はぁ？？という顔をした。


服が脱がせられかけの僕に、そんな僕の肩を掴んだままの清人センパイ。
そして、そんな僕らを離れた場所で見て、ニヤニヤ笑ってる涼センパイ。

「―― えーっと、何か取り込み中でした？？」
一琉センパイには、この状況がサッパリ飲み込めてないようだった。
まぁ、それは当然なんだけれども。




「気にすんな。行くぞ」
涼センパイは一琉センパイに荷物を持たすと、じゃーなーと言って部屋を出る。
ワケの解らない状態の一琉センパイは、しばらく僕らと涼センパイを交互に見ていた。それから。

「んー。何か状況がつかめないけど、ま、とりあえず連れて帰るから。２人でごゆっくり」
部屋を出ようとした一琉センパイを僕は慌てて呼び止めた。
「あのっ一琉センパイ！」
「ん？」
僕の声に、一琉センパイは閉めようとしたドアから顔だけ出してこっちを覗いた。

「涼センパイにっ、ありがとうございましたって…伝えてください…」
ありがとうございました、の意味が解らない一琉センパイは頭の上に？マークを載せながらも頷いてくれた。
「―― ああ…解った伝えとく。じゃあな」
ニッコリ笑って一琉センパイはドアから消える。





+　＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋　++　＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋　+





そして部屋に残された僕と清人センパイ。
清人センパイは僕の両肩を掴んだまま、ふぅ、と自分の肩を落とす。
「―― っとにもう…俺はまたお前がムリヤリ押し切られちゃうんじゃないかと思って―― 」
そこまで言うと、そのままキスしてくる。
「あんま心配させんな。ただでさえ一緒に居れなくて気になりっぱなしだってのに…」
「―― ……」
あれ……
なんだろ、もしかして、安心させてくれてないのは清人センパイ、じゃないのかな。。。
もしかしたら、センパイは僕が想う以上に僕のコト……


「僕が―― ずっと一緒に居てほしいって…他に誰とも付き合わないで…ってお願いしたら―― センパイ聞いてくれますか…？」
そう言ってじっと見上げる僕に、清人センパイは今までで一番優しい顔で笑った。
「そんなの、お願いされなくてももうしてるって―― だいだい俺は―― 」
そこまで言って、センパイは一回黙った。
それから…

「一番最初にココでお前抱いたときから、もう誰とも付き合ってないし。ていうかさ―― 」
センパイは僕をぎゅうっと抱きしめて、さっきよりも長くて深いキスをしてくれる。
「お願いだから、俺だけのものになってよ―― …」
「セ…ンパ…イ」
それは、本当は僕が言いたいことだったのに、センパイからそれを聞くなんて――
僕はもう、何か言うとか、そういうのもできなくて、センパイに自分からキスして返す。
「―― だいすき……」
そんな単純な言葉しか、もう口に出せない。
ぎゅうっとセンパイに抱きついたら、センパイも同じように抱き返してくれた。

その後は、恥ずかしくて、なんかあんまり覚えてない…
自分でもビックリするくらいに、いろいろ口走った気がするけど、思い出せない。
でも…キモチだけでこんなに身体も良くなっちゃう…っていうのが初めて解った気がした……


部屋…片付けなきゃ……


隣で寝込むセンパイを眺めて、僕は一人で先のコト、考えてみたりしたのだった…

*

*