「――だから…っ…これ以上されたらっ…オレもう…っ 」
半泣きの顔で、俺を見上げる涼センパイ。
「…もう…オマエ無しじゃダメになっちゃう…っ…だから…ダメ…っ…」
そう言いながらしがみついてくるセンパイが愛しくて、俺は何もいえなくなってしまう。
だから返事の変わりに、黙ったまま細い身体を力いっぱい抱きしめた。
■* Chap 24 ： Philter(媚薬)
仕事が終わって帰ってきたいつもの夜。夕食の後、涼センパイはポットからカップにお湯を注いでいた。
「あち！！」
手元が狂ったらしくどうも指にお湯がかかったらしい。夕食の片づけをしていた俺はセンパイの後ろに立って腰を引き寄せた。
「大丈夫？どこ？」
「いいのっ！平気だからさわんなっ！」
火傷した涼センパイの指を舐めようとした俺。でもセンパイの強烈な拒否に遭って、ちょっと凹む。
最近の涼センパイはちょっと冷たい。
俺がくっつこうとしても微妙に離れるし、店でもふいに触ろうもんなら恐ろしい勢いで反撃してくる。
―― 別に嫌がることなんかしてないと思うんだけど…
嫌われるような事をした心当たりはないし、関係はいたって良好だと思う。この前ちょっとするのを嫌がられたけど、それだってちゃんと解決した…ハズ…
センパイはふーっと紅茶を冷ましながらTVを眺めてる。でも視線がTVの方を見ているだけで、頭の中では別のコトを考えているみたいだ。
「―― センパイ…？何考えてるの…？」
静かにそばに寄っていって後ろから抱き寄せた。さすがに両手でカップを持ったままでは抵抗できないのか、そのままおとなしくされるままになってる。
「―― んだよ…」
「そんな怖い顔しないでよ…考え事してるみたいだから、どうしたのって…」
「別に……たいしたコトじゃねーよ」
「大したことじゃないならいいじゃん。教えてよ」
「やーだ。なんでオマエにんなコト教えなきゃなんねーんだよ。お断り」
そういうとセンパイは紅茶を飲み干して俺の腕を身体からはがす。代わりにぽっかり空いた俺の腕の中にはアヒルのぬいぐるみが放り込まれた。
「フロ入って寝る」
ボソッと言い捨てて、センパイはそのままリビングから出て行ってしまう。
「飲まないの？」
「今日はいい」
最近よくこういう事がある。いつもなら風呂に入ってそのあとビール…っていうのが定番なのに、センパイは飲まずにそのまま寝てしまう。
俺はそれがちょっと寂しいけど、きっと文句を言ったところで付き合ってくれないだろうから黙ってるんだけど…
―― っかしーな……何なんだろ…
嫌われてる…という感じはしない。どちらかというと、隠し事をされてるような感じ。
でも他に相手が出来たということは多分ない。朝から晩まで一緒に居て、そんな素振りがあれば俺だって気がつく。
―― じゃあ…なんだ？？
涼センパイがあそこまで俺を避ける理由。
それが全く思い当たらない。
それから２週間、センパイの俺避けはますますひどくなり、ここ４〜５日は一度もさせてもらえなくなっていた。
何回かセンパイの部屋に行ったけど、ものすっごく嫌がられてできないからだ。
「まるで倦怠期の夫婦だな」
清人はタバコの煙を吐き出しながら、呆れ気味にそう言った。
「ベタベタラブラブしすぎなんだよ、お前らは」
奴はしょーがねーなという顔で、俺を覗き込む。それからちょっと考えてからじゃあさ、と身体を乗り出してきた。
「―― はぁ？何で…そんな事…」
ぼそぼそと耳打ちされた清人の言葉に俺は耳を疑う。
「―― いーじゃん。だってオマエ不満なんだろ？だったらそれしか手がないじゃん？」
「…ないけど…それってさぁ…」
「大丈夫大丈夫…俺がいいの持ってきてやっから」
清人はニヤリと笑うと俺の肩をポンポンと叩いた。
俺はそんな清人の笑いにちょっと罪悪感を覚えながらも、その作戦を提案を受け入れる事にしたのだった。
+ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ ++ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ +
+
３日後。
俺はいつも後に入る風呂を先に入らせてもらった。
「どうぞ」
リビングで寝転がって新聞を読んでいたセンパイは面倒くさそうに起き上がると風呂へ歩く。
「あ、センパイ、今日はちょっと付き合ってくださいよ」
「―― あ…？」
「ビール。独りで飲むの飽きちゃったから。たまにはいいでしょ？」
「…ああ…うん…解った」
目を細めてこっちをちらっと見ながら低い声で答えると、センパイはそのまま風呂へ行ってしまった。
―― さてと…
俺はセンパイのいない隙に、清人からもらった”あるもの”をセンパイに手渡すビールに仕込む事にする。
ホントはこんなコトしたくないけど、このまんまじゃ何とも出来ない。こういう時の涼センパイはダイヤより頑なで、どうにもできない。
だったら……
『口じゃ聞けないなら、カラダに聞きゃあいいんだよ』
清人のその言葉は、なんでソコまで、と思う反面、それしかないよなぁとも思えた。
会話は普通にできるのに、その部分だけがどうも上手く行ってないなら、実際に確かめるしか手はない。
―― センパイごめんね……
ちょこっと空けたビールの缶のフタの隙間から、俺はそれを流し込んだ。
「こんなの効くのかなー…」
泡立たない程度に振っていたら、後ろからセンパイの声がした。
「何が効かないって？」
俺はびくっとしながら振り返り、ばれないようにそのままその缶のフタを開けた。
「はいこれ」
まるで待ち構えていたようにビールを差し出す俺を怪訝な顔で眺める涼センパイ。
「やけに準備がいいじゃねぇか…」
「そりゃもう……だってセンパイが久しぶりに付き合ってくれるって言うから…」
「……ほー…」
そんなんでホントにうれしいのか…？という顔で、センパイは俺の前に座った。それから俺の手渡したビールを一気にグビグビと飲み干した。
「―― ふー……っ」
カン！と置かれるビールの空き缶。センパイは首をコキコキと鳴らすと俺を見上げた。
「よし。一緒に飲んでやったぞ。もういいだろ」
「え？いや、もうちょっと一緒に飲んで下さいよー…」
「面倒くせぇしもう眠い。俺は寝る」
言いたい事だけさっさと言うと、センパイは俺の話も聞かずに部屋から出て行ってしまった。
―― っていうか…あの薬は…効くのかな…
センパイのビールに俺は薬を入れた。清人がこっそりくれたその薬は、『倦怠期の夫婦』がよく使うものらしい。
でも、センパイはのんでもどーってことなさそうだ。
まあ、即効性ではないだろうからそのうち効くのかもしれないけど、熟睡されたらそれはそれで無意味だ。
「うー……」
頃合を見て部屋へ行ってみるのもいいけど、それじゃなんかバツが悪い。
センパイを陥れるような事をしたのは事実だし、俺が部屋に行ったら飲ませた事に気がつくかもしれない。
―― どーしよ…これでマジに嫌われたら困るし……
俺はぐるぐる考えるうちに、自分がそこで寝込んでしまった。
+ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ ++ ＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ +
「―― 琉…一琉っ…」
ゆさゆさとゆすられて、俺ははっと目を覚ます。
気がつくとリビングの天井と涼センパイの顔が見えた。
「どうしたの……？」
俺が起き上がると、涼センパイは何も言わずに俺に抱きついてきた。
―― つーか…やっぱ効いてんだ……
心なしか身体が熱っぽい。
いつも甘えモードの時に見せるウルウル目で俺を見上げて、センパイは小さな声で言う。
「……身体がヘン……」
「へん…って？」
「………すごいしたい……しないとおかしくなる……」
して……と甘えた声で囁いて、センパイは俺にキスしてきた。そのままぎゅうっと抱きつかれて、俺のモードも一気に切り替わってしまう。
いままで我慢していたのも手伝って、いつもならちょっとづつしてる準備も今日はしてる余裕がない。
「―― ぁ…あっ！一琉…っ…や…ぁっ！そんないっぺんにしちゃダメ…ぇ！」
前と後ろを一気に責めると、センパイは涙をボロボロ零しながら俺にしがみつく。ハチミツみたいな声をあげて、何度も自分からキスしてきた。
「やっやっやっ…あぁん！…イ…ィよぉ…っ…も…っとぉ！もっとしてぇっ！」
薬の効き目なのかなんなのか。いつもだったらそんなに口にしない事を、何度も口走る涼センパイ。
「は…ぁん！気持ちいぃ…っ！……こっちも…舐め…てぇっ…」
俺はねだられるまま、胸の突起に舌を這わした。舐めながら吸うと、センパイはあられもない声を上げて首をふる。
「やぁぁん！も、いいっ…イ…きそう！…ダメ！…イく…っイクっ…イッちゃうよぉっ…」
腕の中で壊れるくらいに揺れる涼センパイの身体は、何度も限界まで達しては墜ちる事を繰り返す。
でも、それがいつもみたいに何回かでは止まらなくて、おかしくなってしまったんじゃないかと思うほど激しい。
「あ…あぁぁぁぁ！も…ダメ！…ダメぇ！やっやっ！も、壊れちゃ…う！」
「…ん…俺ももうヤバ…そう……イク……よ…」
自分の限界を感じた俺は、センパイの背中を抱き寄せると一気にその中へ溶けていく。
しばらく気だるく抱き合ってから、センパイは小さくため息をついて俺を見つめてきた。
「―― なんか…入れただろ……」
「 …へ…？」
「ビール……」
「…え…」
「変な味がしたから……すぐ解った……」
どうやらバレバレだったらしい。でもセンパイはそれを解ってて飲んだ。それって――
…
「……飲まなきゃよかった…のに……怒ってもよかったじゃない……」
「…なんで……んなこと…できるワケない…」
センパイは俺にキスして、首に抱きついた。
「ダメなんだってば」
「―― 何が……？」
「しちゃうと止まらなくなる。されたら、次の日もしたくなる。そうなったら毎晩したくなる」
「……うん…解ってる…けど…」
「そのうち、夜だけじゃ足りなくなって、朝もしたくなっちゃう……今日の朝だって――
…」
毎朝、食事前にしていたキスを今日はさせてくれなかった。
センパイはその理由を俺を見上げてこう言った。
「オマエはキスだけで満足かも知れないけど、オレはそれだけじゃダメ…キスされたら、抱かれたくなる…」
声がだんだん泣き声になってきて、小さくなっていく。こんな涼センパイを見たのは初めてで、どうしていいか解らない。
「――だから…っ…これ以上されたらっ…オレもう…っ 」
半泣きの顔で、俺を見上げる涼センパイ。
「…もう…オマエ無しじゃダメになっちゃう…っ…だから…ダメ…っ…」
そう言いながらしがみついてくるセンパイが愛しくて、俺は何もいえなくなってしまう。
だから返事の変わりに、黙ったまま細い身体を力いっぱい抱きしめた。
「一琉に嫌われたくない………媚薬だって解ってて飲んじゃうような…こんないやらしい身体だなんて解ったら、絶対嫌われる…だから……」
コドモみたいにしゃくり上げて、涼センパイは俺にしがみついた。
「―― …おねがい……嫌いにならないで……」
「……嫌いになんて……なるわけないじゃん……」
「…だって……」
「―― …どうして俺がセンパイのこと、嫌いになるの？センパイは、俺がそんな事で嫌いになるような男だって思ってるの？」
俺のその質問にセンパイは答えなかった。というか、答えられないのだろう。
「…どんなセンパイでも、俺は大好きって言えるよ。そんな事、言わなくても解ってるでしょ？」
「……う…ん…」
首にしがみついているセンパイをちゃんとこっちに向かせて、俺は言った。
「…俺には何も隠さないで。我慢しなくっていいんだよ…ワガママだって何だって、聞いてあげるから」
「……一…琉」
センパイの大きな茶色い瞳から、ボロボロと涙が零れる。まさか泣くとは思わなかった俺はちょっとビックリした。でも。
「俺にとっては、センパイがもう媚薬だよ……」
そう言って髪を撫でると、センパイはまた俺にキスを落とす。
「―― 名前……呼んで」
長い睫毛が涙で濡れてる。それが上下するたびにおかしな劣情に駆られてきて、俺は必死にそれを堪えた。
「 …涼……」
唇を塞いで髪を撫でると、センパイは身体を摺り寄せてきた。もしかして、俺の考えてる事がバレたのか…？
「…抱いて……」
半分誘うようなセンパイの声。さっきまであんなに泣いてたのにその声にはすごく色気があって、俺は拒む事ができない。
「―― …したい…でしょ……？」
耳元でふざけるように囁かれて、もうどうしようもなくなった。
「…したいよ……朝も昼も夜も、目の前に居たら、いつだってしたい…」
我ながらバカだと思う。
自分で媚薬を飲ませておいて、逆に自分がやられた。
タダでさえこういう時は色っぽい涼センパイが、媚薬のせいでいつもの倍色っぽくなっている事に俺は今気がついた。
―― ヤバ…い…止まんないかも……
そんな事を考えながら身体を抱くと、耳元でとどめの様な声が聞こえた。
「明日……休んでもいいよ……？」
ため息のような甘い囁きの後、俺の理性は遠い所へ消えてなくなっていった…
結局次の日は２人して仕事を休んで、朝から晩まで、病気みたいにお互いを貪った。
周りなんてどうでもいい。そんな感覚が初めて解った気がした。
誰かを好きになるのが、こんなにも何もかもを変えてみせるんだと俺は初めて知った。
そして、涼センパイが『あの人』に愛された理由も。
『あの人』が涼センパイを今でも忘れられない理由も、解ってしまった。
―― 媚薬を通り越して…麻薬かも……
腕の中の涼センパイを見つめて、俺はそんな事を思ったりした。
Philter
END
