「いいじゃない。１人よか、２人の方が楽しいし」
−冗談じゃねぇ…。
オレはタバコをくわえると、ふーっと煙を吐いた。
■* Chap01 ： abruptly(不意)
「とまぁ、ざっとこんな感じなんだけど。何か質問は？」
オレの隣で未だに状況を飲み込めていない様子の有栖川ははぁ…と気の抜けた返事を返した。
「慶吾、こいつさなんも聞いてないんだって、本店で。だからそんないきなり仕事の内容を話したって解かんねーって」
「聞いてないって、何も？！こういう所だって、知らずに来たの？」
慶吾…氷上課長はびっくりした様に有栖川を見る。
本店っつーのは有栖川が居た本局の事で、オレ達外の奴らは本局の事を"本店"と呼ぶ。何でかは知らないが、昔からの風習みたいなもんだ。
「…聞いてきませんでした。っていうか、調べてこなかった俺も悪いんですけど」
ふぅ…と息をつくと、奴は出されたコーヒーを飲む。
「出向の話も、来る前日に聞いたし」
それを聞いて、オレと慶吾は顔を見合わせる。出向でも異動でも大概1ヶ月前には解かっているんだから、遅くても１週間前には本人に話せるはずだ。
―― …なるほどね…。本店っーのは、そういうトコだからな…昔から…。
それじゃ、何の準備もなしにここへ来ちまうよな。
ここ…”特殊捜査部”が裏仕事をやってる部署で、しかも表の顔はホストクラブなんて聞いたら普通の奴は辞表を出す。
よっぽど退屈してる奴か、とりあえず金がもらえりゃいいやって奴か、オレみたいに上司を殴って左遷されられたような奴でなきゃこんなトコには来ない。
オレは目を細めてふーっと煙を吐いて隣の有栖川を見た。奴もこっちをちらりとみて、エヘへと笑う。
―― 笑ってる場合か…。そんなんだから、飛ばされちまうんじゃねぇのか…。
思わず口から出そうになった言葉を抑えて、向かいで書類を睨んでいる慶吾を見た。
「うーん…そんなつもりじゃなかったんだけどさ…。いや悪かったね。ちゃんと稲村部長には話しておいたのに…」
「…部長から直接聞いたわけじゃなくて…。俺は三登木課長から聞いたんで…」
有栖川のその言葉に、慶吾は顔を歪めた。どうも、意図した事とは違う状態で話が進んでしまっていたらしい。
「俺は君の事を指名したけど、もし嫌なら代わりを立ててもらっていいって話しておいたよ」
参ったな…という顔をしながら、慶吾は資料を眺める。
「だって本店でも君は成績良かったからね。ここに来るにはもったいないかなって…思ってたんだけど」
「じゃあ何か？お前こいつが最初から断るかも知んねーって思いながら移動希望出したのかよ」
「ああ…まぁ…。だって、ちゃんと話聞いて決めるんだと思ってたからさー…」
「アホか！あのジジィどもがそんな親切な事する訳ねぇだろ。よしじゃあこいつ移動ね…でおしまいだって。それ位考えろよ」
呆れ帰ってそう言うオレを慶吾は情けなさそうな顔で見る。オレはそんな慶吾をムッとして見返した。
「返してやれば？そんな状態でここに来たって、本人の為になんねーよ」
その言葉に、隣の有栖川はハッと顔を上げる。
「あの…っ」
オレと慶吾を交互に見て、有栖川は何か決意したようにこう言った。
「大丈夫です。俺ここでやります。本店よりも…面白そうだし。平気です」
―― …オイ。
平気って本気で言ってんのか？
立ち上がって慶吾の横へ行くと、俺は有栖川の前に手をつく。
「やめとけば？お前の性格、ホストに向いてないよ。それに捜査だって本店よかキツいし、お前のいた４課とは全然環境違うぜ」
そういうオレを見上げて、有栖川は笑った。
「俺に抜かれるのがイヤなんですか？瑠璃沢センパイ」
「なっ…」
―― 人が心配してやってんのに！何だコイツはっっ！
「あのグラフ、確保率のグラフですよね？」
有栖川は慶吾の後ろにあるグラフを指す。
「俺、こう見えても本店でトップ獲った事もあるんです。だから、瑠璃沢センパイと張り合えるならおもしろいなーって」
「バカかお前。俺は率になんか興味はねぇ。ターゲットが居るなら捕まえてくるだけだ」
「別にいいっす。センパイがやる気はなくても、俺はセンパイを抜いて見せますから」
ニコニコ笑って、とんでもない事を言い出した有栖川をオレは睨んでみる。でも全然効果ナシ。何考えてんだか。
「んな事言って。ホストの仕事はどーすんだよ。できんのか？！」
「うーん…やった事ないですけど…。俺にもできますか？」
有栖川はそう言って慶吾を見た。慶吾はニッコリ笑って有栖川に返事を返す。
「大丈夫。君のそのルックスなら、絶対にお客さんつくよ。だから呼んだんだしね」
「慶吾！こっちの話聞いてなかったのかよ！こいつの性格ホストに向いてねーって…」
オレが慶吾に噛み付きかけたその瞬間、後ろからコツンと何かで頭を叩かれた。
「ダメだよ涼。慶吾は一応上司なんだから。呼び捨てにしちゃ」
「―― 桐羽っ！」
同僚の陸前桐羽はオレがここでもっとも苦手としている奴だ。コイツには何でか解かんねーけどどうも逆らえない。
「お前だって呼び捨てにしてんだろ！じゃなくって！」
文句を言いかけたオレの口を塞いで、桐羽は有栖川に挨拶なんぞ始めた。
「初めまして。陸前桐羽です。僕はここのマネージャーと、課長の代理を任されてます。よろしく」
ニッコリ笑って有栖川に握手を求める桐羽を、オレは不満そうに睨んでみる。
「もー。涼は子供だね。いいじゃない。お店の仕事なんか適当にやってけばそのうち何とかなるし。それに、彼ぐらい手ごたえのある後輩が居た方が涼もやりがいあるじゃない？」
「そういう問題じゃねー！俺はコイツの事心配して―― …」
「ほほう」
フフンと笑う桐羽を見て、オレはハッと口を塞ぐ。
―― しまった…オレとしたことが…つい…。
「涼が他人を心配するなんて、めずらしーい」
「うるせーーー！」
ばたばたと暴れるオレを、有栖川はびっくりした顔で見ていた。
「別に俺はお前の心配なんかしてねーからな」
あわてて訂正してみたが、もう手遅れだった。
「解ってます」
ニコッと笑う、その顔が超ムカつく。
「俺も子供じゃありませんから。そういう事にしときます」
―― 一言多いんだよ！テメーはっ。
全く…。なんだか面倒くさそうな奴が来ちまった…。
オレはそう思いながらテーブルに腰掛けたまま、有栖川を見下ろした。
―― …でもな…。
確かに、ルックスはかなり良い。これなら店でもかなりイケる感じがする。
切れ長だけど、黒目がちでちょっとたれ目気味の目とか、通った鼻筋とか。それから細くて長い指とか。
雰囲気とかもお姉受けしそうだし、結構いいかもしれない。
―― はっ…。
オレも何まじまじ観察してんだ。どうだっていいじゃねーかこんな奴。
一瞬でも見入ってしまった自分を反省しながら、もう1本タバコを吸おうと箱から取り出して火をつけた。
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「ああそういえば、有栖川君の部屋、どうなりました？」
桐羽の言葉に、慶吾は持っていた書類をバサっと落とした。
「あーしまった！忘れてたー！」
がたんと椅子から立つと、慶吾は手元の書類をバサバサとめくる。
「準備しとかなきゃって思ってたのに、手配まだしてなかった！」
―― だー…。んとに使えねぇ…。
「やっぱり僕がやっておけばよかったかなぁ…？」
そう言ってファイルをテーブルに置く桐羽に、オレは嫌味のように言ってやった。
「お前がやってやるからだろ。そのうちボケんぜ、あいつ」
はき捨てるように言うオレを、桐羽は困ったように笑って見返す。
「高嶺！おい！湊？」
課長は奥の事務室に経理係兼お世話係の湊を呼びに行く。
「部屋、部屋探してくれ。先月頼んどいた件の部屋」
ドアのところで叫んでいる慶吾をうざったそうに見て、奥の部屋から湊が出てくる。
「何言ってるんですか。予算がもったいないから要らないって、この前課長が言ったんですよ？だから準備してません」
「えーーーっ。マジで？！俺そんな事言ったっけ？」
「言いました。」
「ウソ。言ってないよ。言ってないって。」
「い・い・ま・し・た！どうしてもって言うなら手配できますけど、1ヶ月は掛かりますよ。最近本店の経理部厳しいですから」
突然起こった騒動を有栖川はしばらく傍観していたけれど、すこし落ち着いて来た所でポツリと言った。
「あの…別にいいですけど。今の部屋からでも通えるし」
「じゃあいいじゃん。部屋いらないってよ」
オレが慌てふためいている慶吾に教えてやると、慶吾はものすごい困った顔で有栖川を見た。
「ダメなんだよ。あの部屋、本店の予算の部屋だから。こっちに移ったら２週間以内に返さないと」
「ええええええーー？！」
そう叫んだのは、有栖川だった。まぁ、気持ちは解らんでもない。多分、前の職場でそれも聞いてなかったのだろう。
「２週間…ですか？その後はじゃあ…ホテル…とか？でも荷物けっこうあるし…」
ざーっと血の気の引いた顔で有栖川は慶吾を見る。
慶吾は泣きそうな顔で桐羽を見た。
「大丈夫、平気ですよ」
極上の微笑みを見せて、桐羽はオレを見た。
―― オイ…。何でそんな笑顔で俺を見る…。
ものすごいイヤな感じがする。
オレはその後の桐羽の言葉に開いた口が塞がらなかった。
「涼と同居しなよ。部屋広いし、どうせ荷物もそうないから、一人増えても大丈夫だと思うよ」
「―― …はい？」
それは、有栖川とオレのハモった聞き返しで。それからオレたちは顔を見合わせた。
「いいじゃない。１人よか、２人の方が楽しいし」
ニコニコ笑いながら意味の解らない説得をしてくる桐羽を、有栖川はびっくりした顔で見ていた。
―― 冗談じゃねぇ…。
オレはタバコをくわえると、ふーっと煙を吐いた。
「絶対ヤダね。他人と住むなんてお断り」
「ダメですよ瑠璃沢センパイ」
それは湊の声だった。湊はファイルで肩をトントンと叩きながら、目を細めてオレを見た。
「センパイの部屋はもともと２人用なんですから。拒否する権利はセンパイにはないんです」
「はぁ？待てよ。んな事俺は知らねぇし。それに」
「それになんです？」
「それにっ…」
何か言いたいが、正当な理由はない。
ここで他人との生活は面倒だとかいっても、そんなの即却下に決まってる。
「じゃあ決まりだ。時間のある時に、涼の部屋に引っ越すといいよ。何なら人も貸すから」
困りごとが上手い事片付いた慶吾は、上機嫌で有栖川に言う。納得いかないオレは、腕組をしてテーブルに座ったままで居た。
「涼、店の中とオフィスの中の事、教えてあげて」
桐羽は有栖川に店とオフィスの案内をするように言ってきた。オレはムッとしながらもテーブルから飛び降りる。
「来いよ」
あごをしゃくると、有栖川はちょっと困った顔でついてきた。
「…あの…瑠璃沢センパイ…」
「何だ」
「部屋…なんですけど…」
「ああ？気にすんな。別にお前が遠慮する事じゃねぇし」
「…いや…でも。いいです…俺、どっかに自分で借りますから…」
やけに遠慮がちに言う有栖川をオレは見上げた。背が高いから、見上げないと話せない。
「桐羽が言ってただろ。１人よか２人のが楽しいって」
「…センパイはそう思ってるんですか？」
「俺は１人のが好き」
「…じゃあダメじゃないですかー…」
もーっ、と小さく呟く有栖川に、小声で言ってやる。
「１人でしか住んだ事ねーから解んねーよ。だから２人で住んでもいいって」
「―― ホントですか？！」
やけにうきうきした声に変わる有栖川の返事にちょっと違和感を感じつつも、一応営業スマイルを見せて笑ってやる。
「おう。お前となら住んでやってもいいよ」
その時は、別にそう深い意味があった訳じゃなかった。
なかったのに。
オレはこの後自分が大変な事になるなんて、まだ全然知らずにいた…。
abruptly
END
